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サムライ異世界に往く ~死に場所を求める最強の剣神、うっかり規格外の無自覚無双をしてしまう~  作者: 戯言の遊び
第一章 侍、異世界に転移する! ①獣人と侍 編

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第2話 間に合わなかった命と、奇妙な耳飾り

 先ほどの「動く大木(トレント)」を他愛もなく叩き斬ってから、どれほど歩いただろうか。

 分厚い樹冠に遮られ、一筋の木漏れ日すら落ちない薄闇の森の奥から、突如として、空気を切り裂くような人間の悲鳴が響き渡った。


「ば……化物……ッ! トレント、どうして森のこんな浅い場所に群れで……!」

「く……くるな!! ぐわあああぁぁぁぁ……ッ!」


 それは、ただの悲鳴ではない。

 硬い樹木の鞭が肉を打ち据え、骨を無残に砕く、おぞましい破砕音。

 血の臭いが、湿った風に乗って鼻腔を突く。


 千代女(ちよめ)が音のした方角へ素早く木々を抜けると、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 先ほど千代女(ちよめ)が「薪」にしたのと同じ、気味が悪い(こぶ)を持つ大木――トレントが、なんと三体。


 それらが大蛇のように太い蔦を荒れ狂うように振り回し、粗末な革鎧を纏った柄の悪い男たちを容赦なく打ち据え、宙に放り投げ、へし折っていたのだ。


 男たちの足元には、無骨な鉄の首輪や鎖が散乱している。彼らが「人を拐う非道な奴隷商」であることは明白だったが、この世界に落ちてきたばかりの千代女(ちよめ)が、そんな裏社会の事情を知るはずもない。


 そして男たちの背後、巨木の根元には、薄汚れたボロ布を纏い、顔を覆ってガタガタと激しく震えながら座り込んでいる、小柄な少女の姿があった。


「むむ……あれは、旅の者らが襲われておるのかの?」


 惨劇を前にしてなお、千代女は顎に手を当て、呑気に小首を傾げた。

 侍たるもの、理不尽な暴力を見過ごすわけにはいかない。

 とはいえ、相手がただの野生の獣(?)であって、彼らが森の縄張りを侵した結果だというのであれば、自然の摂理に介入するのも無粋か、などと一丁前の思案を巡らせる。


 しかし――あの小さく丸まり、絶望に震える影が目に入った瞬間、彼女の身体はすでに思考より早く動いていた。

 タァンッ!

 踏み込みの衝撃で腐葉土が爆ぜる音が響いたかと思うと、千代女の姿がふっと掻き消えた。


 三体のトレントが、男たちをあらかた片付け、次なる無抵抗な獲物である少女を肉塊に変えようと、棘だらけの無数の蔦を頭上から振り下ろした、まさにその刹那。


「――シッ」


 涼やかな、短い呼気。

 直後、白刃の軌跡が重なり合うように三度、森の闇を鋭い閃光となって切り裂いた。

 ドスゥンッ! ズズズンッ……!!

 少女の頭上に迫っていた太い蔦は、見えない壁に弾かれたかのように空中で細切れになり、どさどさと降り注ぐ。


 そして、三体の巨大なトレントはいずれも抵抗すら許されず、綺麗な斜め一文字に両断され、重々しい地響きを立てて崩れ落ちた。

 文字通りの、瞬殺である。

 葉擦れの音すら置き去りにする、神速の絶技。


「ふむ。三匹まとめてかかってきても、大した手応えはないな」


 刃に付着する間もなく対象を両断したため、血振るいすらせず、千代女(ちよめ)はチャキリと心地よい音を立てて『無銘』を鞘に収めた。


 そして、すでに息絶え、原形を留めぬほど無残な姿となっている男たちを一瞥し、ふう、と短く痛ましげなため息をつく。


「すまん……某の足が遅く、間に合わんかったの」


 彼らが少女を売り飛ばそうとしていた悪党だとは露知らず、千代女(ちよめ)は「助けられなかった不運な者たち」に対して、心底申し訳なさそうに合掌して呟いた。


 一拍の黙祷を捧げ、唯一無傷で生き残った少女へと向き直る。

 少女は、目の前で起きた現実がまったく理解できず、腰を抜かしたままポカンと口を開け、千代女(ちよめ)の顔を見上げていた。


 灰まみれの頭頂部には、恐怖にピンと強張った三角形の獣の耳。

 腰のあたりからは、怯えきって脚の間に丸め込まれた、細長い毛皮の尻尾が見える。

 彼女は、この異世界において愛玩奴隷として高値で取引される、希少な『猫獣人(ワーキャット)』であった。


「あ……あ、ありがとうございます……っ」


 少女は大粒の涙を浮かべ、震える声で目の前の美しき剣士に向かって深く頭を下げた。

 恐ろしい魔物と、憎き奴隷商から自分を救ってくれた、文字通りの命の恩人。

 どれほど強大な魔法使いか、あるいは王都の高名な騎士様だろうか。

 そんなふうに畏怖と敬意を抱く少女に対し、千代女は屈託のない柔らかな笑みを浮かべてしゃがみ込み、こう言った。


「いやいや、礼には及ばん。無事で何よりだ。……しかし、変わった形の耳飾りをしとるの? お主」

「……え?」


 千代女は、ピクピクと動く本物の猫耳を至近距離でじっと見つめながら、ひどく不思議そうに首を傾げていた。

 日ノ本には獣人などという種族は存在しない。


 彼女にとってそのフサフサした耳は、「えらく精巧に作られた、ちょっと変わった南蛮の装飾品」にしか見えていなかったのである。

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