第16話 討伐の証は首じゃない?
三十体以上のオーガと、ミスリルの皮膚を持つ巨大なオーガ・ロード。
それらが文字通り、ただの『物言わぬ肉塊の山』へと変わった血の池のミスリル鉱山の中で、千代女は一人満足げに息を吐き、チャキリと心地よい音を立てて刀を納めた。
「さて、戦も無事に終わったことだし、首級の回収をしようかの! 手早く首を落として回るぞ」
千代女が鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌な足取りで、再び『無銘』の柄に手をかけ、大惨事の肉山へ意気揚々と近づこうとした、その時。
腰を抜かして気絶寸前だった案内役のハーフエルフ、ソフィアが、最後の力を振り絞って慌てて立ち上がり、千代女の細い腰に涙目でしがみついた。
「違います!! 違います!! オーガの討伐の証は、首じゃなくてこの『角』なんです!」
ソフィアは首がちぎれんばかりに横に振りながら、オーガの頭から生えている鋭い角を指差した。
ギルドの受付に、血の滴るオーガの生首を三十個以上もゴロゴロと並べられたら、ファルサの街が阿鼻叫喚のパニックになってしまう。三十個の生首を蔓草か何かで数珠繋ぎにして平然と歩く女剣士など、もはや怪談の類である。
「む? 討ち取った証というに、首を丸ごと持ち帰らんでよいのか? 作法に反せぬか?」
「はい! 角だけでいいんです! 作法とかじゃなくて、生首なんて持ち歩いたら衛兵に捕まって牢屋行きですよ!」
「ほう……それは随分と身軽で楽で良いの~。日ノ本も見習うべきじゃな」
文化の違いに一人で感心してウンウンと頷く千代女をよそに、ソフィアは心底疲れたような深いため息をつきながら、荷物から持参していた解体用のナイフを取り出した。
そして、手慣れた様子でオーガたちの角を切り落とし、さらに胸のあたりを裂いて、泥血の中から淡く光る拳大の石を抉り出していく。
「それはなんじゃ? ただの石ころに見えるが」
「魔石です。魔物の体内で作られる魔力の結晶で、街の魔導具を動かす燃料になるんです。これだけの数、しかもオーガの魔石となれば、これだけでも結構な金額になりますよ」
そう言いながら、ソフィアは次に、千代女の『鉄斬り』によって真っ二つになったオーガ・ロードの巨大な死体へと近づいた。
その金属のような鈍い光沢を放つ分厚い皮膚と、粉砕された棍棒の破片を拾い上げ、ソフィアは興奮気味に声を上ずらせる。
「それに、これ! ただのミスリルじゃない、オーガの魔力を吸い込んだ純度の高いミスリル鉱石です! これだけの量があれば、王都に小さなお屋敷が建つくらいの大金になります……!」
「ふむ? 屋敷が建つとな。だが、某の刀を打つにはひどく軽すぎるし、鉄としての粘りも足りん。実戦で二、三度打ち合えばすぐに刃こぼれするであろうな。やはり、ただの金ピカの石ころではないか」
「い、石ころって……伝説の魔法金属ですよ!?」
一生遊んで暮らせるほどの一財産を前にしても、「己の刀の素材になるかどうか」でしか物の価値を判断しない千代女の徹底したズレっぷり。
ソフィアは(この人、強さも金銭感覚も、何から何まで本当におかしい……)と、ついに呆れを通り越してツッコミを放棄し、黙々と解体作業を続けるしかなかった。
◆
その日の、夕刻。
辺境都市ファルサの冒険者ギルド、二階のギルド長室。
山積みの書類仕事に追われ、目をショボつかせていたギルド長のグレンは、一息つこうと、淹れたての苦いコーヒーをマグカップでたっぷりと口に含んだ。
その瞬間。バンッ! と遠慮の欠片もないけたたましい音を立てて、執務室の扉が蹴り開けられた。
「ギルド長よ、戻ったぞ!」
ブフォォォォォッ!!
豪快に入ってきた千代女の姿を見たグレンは、口に含んだコーヒーを、決裁手前の重要書類の上に盛大に噴き出した。
「ゲホッ、ゴホッ……! あ、あぁ!? う、嘘だろ!? もう帰って来たのか!?」
グレンは慌てて袖で口元を拭い、壁に掛かった振り子時計と、まだ夕日が沈みきっていない窓の外の景色を二度見、三度見した。
「おいおいおい、お前ら、昼間に出たばかりだろ!? 東の鉱山までは片道で数時間はかかるんだぞ。オーガの群れを相手にして、その日のうちに帰ってこれるわけが……お前、さては敵の数にビビって逃げてきたな!?」
常識的に考えれば、それしかあり得ない。いくら腕が立とうと、あの距離を往復し、さらにCランクパーティーを全滅させる群れを相手にして、数時間で無傷で帰還するなど物理的に不可能だ。
だが、千代女の背後から、ズタボロに疲れ果て、魂が半分抜けかけたような顔をしたソフィアが、フラフラと幽霊のように歩いて入ってきた。
そして、ドサァッ! ドゴァッ!
血まみれの分厚い麻袋を二つ、グレンの机の前に重々しい音を立てて投げ出したのだ。
袋の口が開き、そこから、おびただしい数の血塗れのオーガの角と、淡く光る魔石、そして――明らかに規格外のサイズをした、鈍く光るミスリルの巨大な角の欠片が、ゴロゴロとこぼれ落ちる。
「……そ、ソフィア? おい、まさか……嘘だろ……?」
ワナワナと震えるグレンの問いかけに、ソフィアは虚ろな瞳のまま、ゆっくりと、しかし力強く首を縦に振った。
「本当です……。全部、終わりました。しかも、千代女さんがたった一人で……」
ソフィアは、鉱山での光景を思い出すようにブルッと身震いをした。
「……剣の舞でした。怒り狂った群れが三十匹以上束になって襲い掛かっても、千代女さんにはカスりもしないんです。ボスのオーガ・ロードのミスリル化した皮膚も、まるで普通の木の枝みたいに、一刀両断に……」
ソフィアの口から淡々と語られる、ミスリル鉱山での『理不尽極まりない一方的な蹂躙劇』。
それを聞いたグレンは、床にこぼれ落ちたオーガ・ロードの巨大な角と、誇らしげにふんすっと胸を張る千代女の顔を交互に見つめ。
「…………」
ぽっかりと口を開けたまま、理解の限界を超えた脳が活動を停止し、完全に石化してしまうのだった。




