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サムライ異世界に往く ~死に場所を求める最強の剣神、うっかり規格外の無自覚無双をしてしまう~  作者: 戯言の遊び
②ファルサ辺境都市ギルド 編

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第14話 東の鉱山と、フードの案内役

「最近、東の街道沿いにあるミスリル鉱山に、ひどく厄介な魔物が住み着きやがってな」


 タバコの煙がくすぶるギルド長室。

 執務机の上に叩きつけられた血の滲む羊皮紙の依頼書には、丸太のように太い腕を持ち、頭にねじれた角を生やした、醜悪で筋骨隆々の巨人の姿が荒々しい筆致で描かれていた。


「オーガの群れだ。凶暴で桁違いの怪力を持つ上に、皮膚は鋼鉄のように硬く、傷の治りも異常に早い。並の剣士じゃ、その分厚い皮に傷一つつけられねぇぞ。すでに腕利きのCランクパーティーが二組、討伐に向かって返り討ちに遭い、全滅しちまってる」

「ほう、鬼か。日ノ本の御伽噺(おとぎばなし)のようじゃの。任せておけ、まとめて相手をしてやろう」


 並の冒険者であれば震え上がり、顔面を蒼白にするような凄惨な被害報告を聞いても、千代女(ちよめ)はウキウキとした様子で依頼書をひったくった。

 恐怖など微塵も感じていない、そのブレない様子を見て、ギルド長グレンは呆れたように大きなため息を吐く。


「……ったく、頼もしいこって。だが、いくらお前が強くても、この辺りの地理は分からんだろう。案内役を一人つけてやる。おい、ソフィア、入ってこい」


 グレンが声をかけると、コンコン、とひどく遠慮がちなノックの音と共に、執務室の重い扉がギィと開いた。


 入ってきたのは、目深にすっぽりとフードを被り、体型を隠すようなゆったりとしたローブに身を包んだ、小柄な少女だった。

 フードの隙間からは、わずかに尖った耳の先と、小動物のように警戒心に満ちた大きな瞳が覗いている。


「紹介しよう。この街で一番、東の鉱山周辺の道や地形に詳しいソフィアだ。わけあって素顔は隠してるが、案内役としての腕は確かだぞ」


 ソフィアは、人間とエルフの間に生まれた『ハーフエルフ』であった。

 この世界において、混血であるハーフエルフは「どちらの種族でもない不浄な存在」として双方から忌み嫌われ、迫害されがちな過酷な境遇にある。彼女が深くフードを被り、極力人目を避けるようにしているのもそのためだ。


「……ソフィア、です。その、案内の依頼、お受けします」


 今にも消え入りそうな細い声で自己紹介をするソフィア。

 しかし、千代女はそんな彼女の複雑な事情など知る由もなく、また気にする性格でもない。パッと太陽のように明るい笑顔を浮かべて、豪快に歩み寄った。


「うむ! 道案内、よろしく頼むぞ、ソフィア!」

「ひゃっ……!? あ、はいっ、よろしくお願いします……」


 有無を言わさぬ物理的な圧と、底抜けの陽気さに、ソフィアはビクッと肩を大きく揺らしながらも、こくこくと何度も頷いた。


     ◆


 ファルサの街を出て、東へ。

 青々としたのどかな平原は次第に姿を消し、ゴツゴツとした赤茶色の岩肌がむき出しの、荒涼とした山岳地帯へと景色が変わっていく。


「あの、千代女さん……本当にその格好で、武器もその薄い剣一本で行くんですか?」


 足場の悪い険しい山道を歩きながら、前を歩く千代女の無防備な背中を見て、ソフィアはたまらず不安げに尋ねた。

 重装の戦士ですら命を落としたオーガの討伐。

 それなのに、千代女は鉄の鎧一つ着けず、まるで近所を散歩するようなひらひらとした軽装の異国服に、奇妙な片刃の剣を一振り下げているだけなのだ。

 ソフィアには、千代女が自ら死に急いでいるようにしか見えなかった。


「案ずるな。鬼の群れであろうと、まとめて斬り伏せるまで」

「斬り伏せるって……オーガの皮膚は、分厚い革鎧よりも硬いんですよ!? それに、あいつらは知能があり、群れで動きます。鉱山に入ったら、絶対に音を立てないでくださいね。見つかったら最後、怒り狂ったオーガの数の暴力で押し潰されてしまいますから……!」


 必死に異世界の常識と、魔物の恐ろしさを説くソフィアだったが、当の千代女は、


「ふむ、数の暴力か。それはそれで骨が折れそうで面白いのう」


 と、まったく危機感のない、要領を得ない返事をするばかりであった。

 やがて、二人は山の中腹にある巨大な洞窟――ポッカリと開いた大穴の入り口に辿り着いた。


 そこが、目的のミスリル鉱山だ。


 太陽の光すら届かない、漆黒の闇が広がる坑道の奥からは、むせ返るような濃密な血と獣の臭い、そして得体の知れない重苦しい瘴気が、冷たい風と共に吐き出されてきている。


「着きました……。ここからは、文字通り息を殺して進みます。私の足跡から絶対に外れないでくださいね……」


 ソフィアが極度の緊張からゴクリと唾を飲み込み、隠密行動に移ろうと姿勢を低くした、その瞬間だった。

 千代女が、スタスタと無警戒にソフィアを追い抜き、洞窟の真正面へと堂々と立ったのだ。


「えっ……ちょ、千代女さん!?」


 止める間もなかった。

 千代女は肺いっぱいに大きく空気を吸い込むと、腹の底から響くような、特大の声を洞窟の奥深くへと響き渡らせたのだ。


「たのもう!! この山の主はおるか!! 某は千代女! いざ尋常に、立ち合いを所望する!!」


 ビーンッ! と。

 不気味に静まり返っていた鉱山の中に、千代女の威勢のいい道場破りの宣宣布告が、幾重にも木霊(こだま)する。


「な、な、な、なにやってるんですかぁぁぁーーッ!?」


 ソフィアは顔面を紙のように蒼白にし、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

 隠密も奇襲もあったものではない。

 これでは「ここに新鮮な人間の獲物がいますよ! さあ食べてください!」と、わざわざ大声で宣伝しているようなものだ。


 直後。

 千代女の呼び声に呼応するように、真っ暗な坑道の奥深くから、明確な『殺意』が返ってきた。


 ――ズズン……。ズズン……。


 それは、硬い岩盤を揺るがす、地鳴りのような重い足音。

 しかも、一つや二つではない。

 暗闇の奥から、らんらんと飢えに血走った無数の瞳が、不気味に浮かび上がる。

 そして、丸太のように太い腕に、大岩を削り出したような巨大な棍棒を握りしめた、見上げるほど巨大なオーガたちが、腐臭のするヨダレを垂らしながらぞろぞろと姿を現したのだ。


 その数、ざっと———三十体以上。


「あ、ああ……終わった……。食べられる……」


 視界を埋め尽くすほどの、絶望的な数の暴力を前に、ソフィアはガタガタと震え、完全にへたり込んでしまった。

 だが、その隣で。

 千代女は、ついに目の前に現れた『死合の相手』を前に、最高に嬉しそうな、狂気を孕んだゾクッとするほどの美しい笑顔を浮かべていた。


「ほう……。なかなかどうして、立派な鬼どもではないか」


 チャキリ、と。

 静かな空間に、愛刀『無銘』の鯉口を切る澄んだ音が響く。


「さあ、死合の始まりじゃ!」


 絶望に涙を流す案内役の少女を背に。

 死に場所を求める最強の剣神が、嬉々として、三十体を超える鬼の群れへと単騎で駆け出していった。

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