第13話 特例のCランクと、ギルド長からの依頼
「先ほどの男は手応えがなかった。よし、次は長! お主が某の相手をせい!」
大歓声を上げる野次馬たちを背に、ビシッと木剣の切っ先を突きつける千代女。
しかし、名指しされたギルド長のグレンは、面倒くさそうに無精髭の生えた顎をポリポリと掻き、ヒラヒラと両手を振って完全な降参のポーズをとった。
「いやまてまて。俺はただのしがないおっさんだ。手合いなんて絶対やらねぇよ。毎日の書類仕事で腰も痛てぇしな」
死線などとうに退いたと言わんばかりの気の抜けた態度に、肩透かしを食らった千代女は、心底退屈そうにスッと木剣を下ろした。
「……なんじゃ、つまらん。強き者と聞いたが、腰抜けか」
不満げに唇を尖らせる千代女を見て、やれやれと命拾いした安堵の息を吐いたグレンは、傍らでバインダーを抱えて呆然と立ち尽くしている受付嬢へと視線を向けた。
「まぁそういうわけだ。とりあえずシア、俺の権限でこいつに『Cランク』からカードを作ってやってくれ」
「っえ!?」
シアと呼ばれた受付嬢は、素頓狂な声を上げて目を真ん丸にした。
「し、Cランクからですか!? でも、ギルドの厳格な規約では、どんなに腕が立っても初心者は一番下のFランクからと決まって……」
「馬鹿野郎。規約は規約だが、あんなバケモ……いや、あんな規格外の腕を持つ奴を、Fランクの薬草むしりやドブさらいに回してどうすんだ。お互い時間の無駄だろうが。いいから俺の責任で作ってこい」
「は、はいっ! ただいま!」
ギルド長の有無を言わせぬ鶴の一声に、シアは弾かれたように慌ててカウンターの方へと走っていった。
その背中を見送った後、グレンは千代女に向き直り、クイッと顎をしゃくった。
「んで、嬢ちゃんは……千代女、だったか。少しギルド長室に来てくれ。込み入った話がある」
「む? 立ち合いではないのだな。……まあよい、案内に乗ろう」
不満げに呟きながらも、自分を認めた(?)相手の言うことには素直に従い、千代女は大人しくグレンの後に続いて歩き出した。
◆
ギルドの二階の奥。軋む木の扉を開けた先にある、書類が山のように積まれたギルド長室。
タバコと古い羊皮紙の匂いが染み付いた、年季の入った革のソファに千代女が腰を下ろして待っていると、コンコン、と控えめなノックの音がして、先ほどの受付嬢、シアが銀色のプレートが乗ったベルベットの盆を持って入ってきた。
「お待たせいたしました。こちらが、特例発行となります千代女様の『ギルドカード』になります」
「ほう。これが身分証というやつか」
千代女が手に取ったのは、ひんやりとした重みのある金属製のカードだった。
表面には見たこともない異世界の文字で彼女の名前と、『ランク:C』という文字が深く刻まれている。
「はい。そのカードには微弱な魔法が付与されておりまして、千代女様の魔力……魔力が分からない場合は血液を少しだけ登録することで、ご本人しか使えない絶対の身分証となります。魔物の討伐履歴や、依頼の達成報酬の受け取りなどもすべてこのカードで行います」
「なるほど。妖術の類が組み込まれておるのか。便利なものだな」
千代女はチャッ、と腰の『無銘』の鯉口を親指でわずかに押し開け、その白刃に指先を押し当ててチクリと血を滲ませた。
そして、血の滴る指をカードの紋章部分に押し当てる。
淡い青色の光がカード全体を包み込み、ゆっくりと消えていく。
これで登録が完了したらしい。
シアが深く一礼して部屋を退室すると、執務机に深く腰掛けたグレンが、先ほどの気の抜けた態度とは打って変わった真剣な面持ちで口を開いた。
「さて、特例としてのCランク登録についてだがな。本来、冒険者は下積みを経て泥臭くランクを上げていくもんだ。だが、うちのベテラン試験官をあそこまで手も足も出させずに圧倒する実力者を一番下に置いとくと、実力に見合わない依頼ばかり受けることになってギルドの大きな損失になる」
グレンはそこで一度言葉を切り、引き出しから葉巻を取り出して火をつけた。
「それに……酒癖の悪い馬鹿な冒険者が新人の女だと舐めてかかって、お前に真っ二つにされちゃあ、ギルドの風紀的にも俺の胃袋的にも寝覚めが悪いからな。Cランクの肩書きがあれば、無駄な喧嘩も減るだろう」
「ふむ。某は売られた喧嘩は喜んで買う主義ゆえ、一向に構わんのだがな」
「……だろうな。それが一番怖ぇんだよ」
グレンは深く、ひどく疲れ切ったため息を吐き出した後、鋭い眼光を向けて本題へと切り込んだ。
「俺がわざわざお前をCランクで登録させたのには、もう一つ理由がある。……お前のその腕を見込んで、直々に『討伐依頼』を出したい」
その言葉を聞いた瞬間。
千代女の涼やかな瞳の奥で、カッと、剣神としての凄絶な光が燃え上がった。
「討伐依頼……。それは、某の剣を振るうに足る『強者』ということか?」
「強者? ……ああ、間違いない。最近、東の街道沿いにある鉱山に住み着いた、ひどく厄介で凶悪な魔物だ。すでに腕利きのCランクパーティーが二組、返り討ちに遭って全滅しちまってる」
バサッ、と。
グレンが分厚い執務机の上に、血の滲んだような生々しい一枚の依頼書を叩きつける。
そこには、筋骨隆々の悍ましい獣の姿――鉱山を占拠した凶悪な魔物の姿が、荒々しい筆致で描かれていた。
「どうだ、千代女。お前の初仕事として、こいつの首を獲ってきてくれねぇか?」
凄惨な被害を出している、死地への誘い。
しかし、依頼書を見下ろす千代女の美しい貌に浮かんでいたのは、恐怖でも緊張でもなく――待ちに待った死合の予感に対する、背筋が凍るほどの『極上の笑み』であった。




