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サムライ異世界に往く ~死に場所を求める最強の剣神、うっかり規格外の無自覚無双をしてしまう~  作者: 戯言の遊び
②ファルサ辺境都市ギルド 編

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第12話 どよめく訓練場と、次なる標的

 千代女の神速の踏み込みと、木剣(ぼっけん)による不可視の一撃。


 あまりにも次元の違う、まさに神業と呼ぶべきその剣技を前に、ギルドの裏手にあるすり鉢状の訓練場は、冷水を浴びせられたかのような完全な静寂に包まれていた。

 木斧が粉砕され、パラパラと乾いた音を立てて木片が地面に落ちる音だけがやけに大きく響く。

 誰も、何が起こったのかを目で追えていなかったのだ。


 やがて、ざわざわと「……いま、何が起きた?」「見えなかったぞ、魔法か……?」という困惑の囁きだけが波紋のように広がり、気が付けば、試験官である巨漢のバルドが腰を抜かしてへたり込んでいた。


「っえ……えぇ……?」


 一部始終を記録するためについてきていた受付嬢は、ポカンと口を開けたまま、手にした木板のバインダーをポロリと地面に落として呆然と立ち尽くしている。

 そんな氷のように硬直した空気を真っ二つに破ったのは、訓練場をぐるりと囲んでいた野次馬の一人だった。


「う、うぉぉぉぉっ! す、すげぇーーッ!!」


 その叫びを皮切りに、冒険者たちの間に爆発的な歓声とどよめきが沸き起こった。


「見えなかった! なんだいまの動きは!?」

「あのバルドさんを一蹴かよ!? しかも刃のない木剣だぞ!?」

「おいおいおい、とんでもねえ化け物女が来やがったぜ!」


 死の恐怖よりも、己を遥かに凌駕する圧倒的な強者への純粋な興奮。

 明日の命も知れぬ世界で、腕っぷし一つで生き抜く荒くれ者たちにとって、千代女の見せた理外の強さは、畏怖を通り越して最高のエキサイトメントを引き起こしたのだ。


 ドッと地鳴りのように沸き返る熱狂の渦の中で、当の千代女だけが「なぜ皆、急に騒ぎ立てておるのだ? 立ち合いは終わったというに」と、心底不思議そうにコテリと首を傾げていた。


 その時である。


 ギルドの奥の勝手口から、無精髭を蓄えた四十代くらいの男が、小指で耳をほじりながらノソノソと歩いてきた。

 よれよれのシャツに、だらしなく肩に引っかけた上着。

 足元は踵を潰した革靴。

 一見するとただの酒臭い冴えない中年男だが、その濁った両目の奥底には、猛禽類のような底知れぬ鋭い光が隠されている。


「なんだなんだ? すげぇ~盛り上がりじゃねぇか。新人の実技試験で、またバルドの奴が手加減忘れて暴走でもしたか?」


 大きな欠伸混じりにそう声をかけた男の姿を見て、興奮しきっていた冒険者たちがハッと我に返り、慌てて道を開ける。

 彼は、この辺境都市ファルサの冒険者ギルドを束ねるトップ――ギルド長、グレンであった。


「ギ……ギルド長、それが……」


 受付嬢が、ひぃっと喉を鳴らしながらガクガク震える指で訓練場の中央をさした。

 そこに居るのは、粉々になった木斧の痛ましい残骸と、へたり込んで大の字に寝転がっている試験官のバルド。

 そして、木剣を片手に「不完全燃焼」という文字を顔に貼り付けた、見慣れぬ異国の女剣士。

 その異様な光景に、ギルド長は耳をほじる手をピタリと止めた。


「……バルド!? どうしたんだお前、そんな無様な格好で。まさか転んだわけじゃねぇだろうな」

「いや~、負けちゃいましたわ、ギルド長!」


 バルドは土の上に大の字で寝転がったまま、豪快にガハハと腹の底から笑い声を上げた。

 先ほど味わった絶対的な死の恐怖は、すでに抜け落ちているのか。

 自分をあっさりと超えていった規格外の新人に対する、清々しいまでの敗北感と賞賛が、その厳つい顔には浮かんでいる。


「俺の完全なる惨敗です。……というより、相手が悪すぎた。あれは人間の動きじゃねえ。本気で斬りに来られてたら、俺の首はあの木斧と一緒に吹っ飛んでましたよ」

「はぁ~? 元Bランクのお前が? 今日来たばかりの新人に? ……なんかの悪い冗談か?」


 ギルド長は眉間に深く皺を寄せ、信じられないといった様子で、寝転がるバルドから千代女へと鋭い視線を移した。

 折れそうなほど華奢な体つき。

 見たこともない、美しく反った剣。

 そして何より――これだけの騒ぎの中心に居ながら、汗一つかかず、息の乱れすら一切ない、その尋常ではない「静けさ」。


(……おいおい。ただの腕の立つ新人、どころの騒ぎじゃねーな)


 数多の死線を越えてきた元高ランク冒険者でもあるギルド長の直感が、ガンガンと面白そうに警鐘を鳴らす。

 自然体で立っているように見えて、その立ち姿には一切の隙がない。

 あんな細腕で、しかも木剣で、頑強なバルドの特注武器を粉砕したというのか。


(どこの国から流れてきたかは知らねえが、とんでもねえ特大の逸材じゃねーか……!)


 ギルド長が、興奮を隠しきれずにニヤリと口角を上げた、その時だった。


「……む? お主が、このギルドの長か?」


 向けられた強い視線にいち早く気づいた千代女が、くるりと振り向いた。

 そして、パッと極上の花が咲くような無邪気な笑みを浮かべ、持っていた木剣の切っ先を、真っ直ぐにギルド長へとビシッと向けたのだ。


「先ほどの男は、図体ばかりで手応えがなかった。ギルドの『長』というのなら、さぞかし腕が立つのであろう? よし、次は長! お主が某の相手をせい!」


 まさかまさかの、ギルドトップへの直接指名。

 一転して標的にされてしまったギルド長は「げっ」と蛙が潰れたような声を出して顔を引きつらせ、周囲の冒険者たちは「「「うぉぉぉっ!?」」」と、今日一番の大歓声を上げるのだった。

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