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サムライ異世界に往く ~死に場所を求める最強の剣神、うっかり規格外の無自覚無双をしてしまう~  作者: 戯言の遊び
②ファルサ辺境都市ギルド 編

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第10話 ギルドの洗礼と、勘違いの立ち合い

 冒険者ギルドの分厚いオーク材の扉を押し開けた瞬間、千代女(ちよめ)の全身に突き刺さった無数の鋭い視線。

 安酒の饐えた匂いと、長年染み付いた血と暴力の気配に満ちたその薄暗い空間に、千代女は「これぞ一騎当千の強者(もののふ)の集まり」と、三日月のような歓喜の笑みを浮かべた。


「出迎えからこれほどの心地よい殺気とは。……まったく、随分と気の利いた挨拶をしてくれる。退屈させぬ場所のようだな」


 千代女は、ギルドの荒くれ者たちからの「洗礼」に応え、自らも気合いを入れるべく、スウッと短く、しかし深く息を吸い込んだ。

 そして、静かに、床板を踏み鳴らすことなく一歩を踏み出す。


 ――ドンッ、と。

 鼓膜ではなく、魂を直接揺さぶるような音のない衝撃波が、ギルド内を駆け抜けた。


「……ッ!?」

「な、なんだ……いまの……」


 それは、ただの魔力による威圧などではない。千代女から無意識に漏れ出た、『本物の死線』を幾度となく潜り抜け、人の命を刈り取ってきた者だけが持つ、濃密すぎる覇気(オーラ)であった。


 日常的に魔物と命のやり取りをし、死と隣り合わせで生きている冒険者たちは、野生の獣のごとく勘が鋭い。

 彼らの研ぎ澄まされた生存本能は、入り口に立つ見慣れぬ異国の女から放たれた絶対的なプレッシャーに、一瞬で「あれは絶対に逆らってはいけない、人の形をした化け物だ」という最大級の警鐘を鳴らしたのである。


 ザザザザッ!!

 つい先ほどまで千代女を値踏みし、薄ら笑いを浮かべて威嚇の視線を送っていた荒くれ者たちが、まるで熱湯を浴びせられたように慌てて壁際へと後ずさる。

 ある者は滝のような冷や汗を流して顔を引きつらせ、ある者はガタガタと激しく震える手で武器の柄を握りしめながら、誰一人として千代女の前に立ち塞がろうとはしなかった。


 結果として、入り口からギルドの一番奥にある受付カウンターまで、まるでモーゼの十戒の如く、真っ直ぐで綺麗な道がぽっかりと出来上がってしまったのだ。


「む?」


 千代女は、パチクリと不思議そうに瞬きをした。

(なんだ、誰も斬りかかってこぬのか……? せっかく(それがし)も、神速の抜刀で応える算段をしておったというに。口ほどにもない見掛け倒しめ)

 血湧き肉躍るギルドの洗礼を本気で期待していた千代女は、心底つまらなそうに深くため息をつき、開かれた道を堂々と歩いて受付カウンターへと向かった。


 だが、カウンターの前に立ったものの、勝手がわからない。

 日ノ本であれば、他流派の門を叩く「道場破り」の厳格な作法があるが、ここは異世界だ。

 千代女は周囲をキョロキョロと見回し、少し戸惑いながらも、コホンと咳払いを一つして、カウンターの奥で固まっている制服姿の女性に声をかけた。


「た、たのもう……!」

「……はい? あ、よ、ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 受付嬢は、千代女の謎の道場破りの挨拶に一瞬きょとんとしたが、そこは腐ってもギルドの顔。

 すぐに引きつり気味のプロの営業スマイルを浮かべて応対した。


「うむ。冒険者とやらになりたくて来たのだが、どうすればよい?」

「新規のご登録ですね、かしこまりました。それではまず、身分証をご提示いただけますでしょうか?」

「身分証? そのようなものは持っておらんぞ」


 千代女があっさりと首を振ると、受付嬢は手元の書類から顔を上げ、少しだけ困ったような表情を浮かべた。


「そうですか。身分を証明するものがない場合、初期ランクを適正に決定し、ギルドの最低限のルールをご理解いただくために、簡単な『実技試験』を受けていただく決まりになっておりまして……」


 その言葉を聞いた瞬間。

 千代女の背筋が、バネが弾けたようにピンと伸び、不満げだった涼やかな瞳に、カッと猛烈な光が宿った。


「実技試験……! つまり、ギルドが誇る強者(もののふ)との立ち合いから始まるということか!?」

「え? 強者(もののふ)? あ、はい。戦闘能力の測定ですので、当ギルドのベテラン試験官と手合わせをしていただくことに――」


 バンッ!

 千代女は身を乗り出し、バンバンと木製の受付カウンターを叩き割らんばかりの勢いで両手で叩いた。


「なんと粋な計らいだ! 初っ端から腕試しとは! そういう事ならば、最初からそうと言ってくれればよいものを!」

「お、お受けいただけますでしょうか……?」


 前のめりすぎる千代女のただならぬ熱量と、鼻息の荒さに、さすがの受付嬢も少しだけドン引きして身を引く。


「無論だ! 相手は誰だ? どこで抜けばよい!? いま、ここか!?」


 ウキウキと腰の『無銘』の柄に手をかけ、今にもその場で抜刀しそうな千代女。

 そんな彼女の背後から、地響きのような重苦しい足音が近づいてきた。


「おいおい、受付で騒がしいぞ。新人の相手なら、俺がしてやる」


 現れたのは、顔の半分を覆うような大きな十字の傷を持つ、熊のように筋骨隆々の大男だった。

 分厚い胸板を誇示し、背中には身の丈ほどもある無骨で巨大な戦斧(バトルアックス)を背負い、歴戦の猛者であることを全身の傷跡で主張している。

 彼はこのファルサ支部の専属教官であり、かつて名を馳せた元Bランク冒険者のベテランであった。


「ほう……」


 千代女は振り返り、自分より頭二つは大きなその大男を見上げて、ニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべた。


(図体の大きさは先日の動く大木(トレント)には劣るが……あの練り上げられた筋肉。ただの木偶の坊ではない、なかなかの剛の者と見える)


「俺は試験官のバルドだ。裏の訓練場へ来い。お嬢ちゃんが本当に魔物相手に冒険者をやれる器かどうか、俺が直々に計ってやる。怪我をしたくなきゃ、早めに降参することだな」

「うむ、一切承知した! バルド殿だな、よろしく頼むぞ!」


 まさか自分が「ただの新人の実力測定」ではなく、「死に場所を求める剣神の、命を懸けた真剣勝負」の相手に選ばれたとは夢にも思っていないバルド。

 千代女は、極上の獲物を見つけた狩人のように足取りも軽く、ウキウキと訓練場へと向かうのだった。

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