見知らぬ天井
白い天井を見上げて目覚めたのは、これで二度目だ。
一度目は、何かを食べて倒れ、入院したとき。
何を食べたのかは覚えていない。ただ、ひどく体に合わなかった。
医者は「食中毒だ」と言った。
この場所の匂いも、あの時と似ている。
そう、病院の匂い。
あの曖昧で、消毒液と不安が混ざったような香り。
自分の胸元を見る。
——ガウン?
そう、着ている。
でも、やけに肌触りがいい。
普通の病院のものとは思えないほど柔らかい。
ベッドの横の小さなテーブル。
リンゴの隣に、メモが一枚。
手に取る。
「早く良くなって」
……そうするしかない。
リンゴをかじり、いくつか噛んだあと、部屋を出た。
廊下を歩く。
医者と看護師が数人。
患者は少ない。
病院にしては、拍子抜けするほど静かだ。
出口を探して視線を巡らせる。
壁のモニターには健康に関する映像。
その隅に表示されている文字。
Sanfer Hospital
なるほど。
ここは高額な私立病院だ。
だから患者が少ない。
多くの人は、何時間も待たされる公立病院を選ぶ。
……中には、診察室に辿り着けない人もいる。
「お父さんとお母さんに殺される……」
入院費はいくらだろう。
分割払い、できるかな。
こんなことで叱られるなんて嫌だ。
それに説明もしなきゃいけない。
どうやってここに来たのか。
誰に撃たれたのか。
何を見たのか。
思い出したくもないことばかり。
受付の椅子に腰を下ろす。
全部、夢だったみたいだ。
いや、悪夢。
リンゴを最後まで食べる。
芯だけが残る。
その瞬間、恐怖が蘇る。
——アイリス。
どこ?
受付に近づき、彼女のことを尋ねる。
返ってきた答えは冷たい。
「あなたは病院の前に置き去りにされていました。
警備員によると、男性が運んできたそうですが……あなた一人だけでした」
……つまり。
アイリスは。
いや、違う。
きっとどこかにいる。
捕まっただけかもしれない。
そうであってほしい。
中庭へ出る。
高級病院らしく、整えられた庭園。
太陽が眩しい。
もうすぐ——
……正午?
ここで一晩過ごしたのか。
当然と言えば当然なのに、今さら気づく。
両親。
どう説明すればいい?
それよりも。
アイリスの両親には、何て言えばいい?
ため息が漏れる。
たぶん、もう全部終わった。
私も。
アイリスも。
あの子たちも。
諦めにも似た気持ちで、出口へ向かった。
門を出ようとしたとき、看護師が声をかけてきた。
「もう大丈夫そうですね」
彼女は鍵を差し出した。
「家に帰ってください。
彼女が、これをどうするか教えてくれます」
大きな鍵だった。
赤みがかった十字が彫られている。
妙に精巧な造り。
真昼の太陽の下、家へ向かう。
足が震える。
きっと両親には連絡がいっている。
それが普通だ。
……叱られるだけで済めばいい。
「ただいま」
足を引きずるように入る。
返事がない。
家は、静まり返っている。
最初の部屋を抜けた瞬間。
中央に、影。
「少し遅かったわね」
その声。
また。
震える声で問いかける。
「名前を教えて」
彼女は立ち上がる。
私より頭四つ分は高い。
圧倒的な存在感。
「カトレン」
手を差し出す。
「はじめまして、クロエさん」
「……両親はどこ?」
「眠っているわ」
あまりにも穏やかな口調が、逆に怖い。
二階へ上がる。
両親はベッドで眠っていた。
規則正しい寝息。
「私が出ていけば、目を覚ますわ」
リビングに戻る。
向かい合って座る。
空気が張り詰める。
「他の人たちは……?」
「他はね……」
彼女の顔に、一瞬だけ歪みが走る。
「少なくとも三人は即死よ」
予想はしていた。
それでも、確認したかった。
「アイリスは?」
「まず、生きているわ」
間。
「でも——今は、あなたは会わない方がいい」
彼女は立ち上がり、私に近づく。
微笑む。
「もう、人間じゃないから」




