第7話 ”死神の大鎌”と、総司令官と同居の予感
皆で修繕した家は新しい木の香りがした。新調したカーテンはシックな紺色で揃えられ、リビングには大きなソファも置いてある。流実はそんな新築同様の離れに入り、早速首を傾げていた。
(……いない?)
流実は先程のジクジクした気持ちを忘れるように靭の姿を探していくが、一階にはいない。二階は寝室とゲストルーム、彼の書斎がある
もしかしたら、書斎かな?ノックをして恐る恐る書斎に入ったが、やはり彼はいなかった。
ふと窓が少しだけ開いている事に気付いた流実は、閉めようと近付く。そして、ようやく彼を見つける事ができた。
靭は庭にいた。
周りに何本もの竹が刺さっており、その中心で佇んでいる。
(………何あれ)
流実は暗い気持ちも吹き飛び、思わず食い入るようにその姿を見つめた。
彼が手に持っていたモノが、信じられなかったからだ。
全長二mは越すしっかりとした一本の黒い棒の先に、弓なりに大きく湾曲した大鎌が付いている。大鎌は160㎝ある流実の身長と同じくらい大きなものだった。
“死神の大鎌”
それはまさしく想像通りの代物で……それ故に彼が“死神”なのだと分かった。
フワリと靭が動く。優雅にゆったりと。
だが、その瞬間周囲にあった竹は「バラバラバラ!」と大きな音を立てて全て両断されていた。
「凄い…!」
思わず感嘆の声を漏らす。
もっと見たいと思った流実は、なるべく静かに窓を全開にする。すると、ヒュッ、ビュッと空気を切り裂く音が耳に飛び込んできた。
巨大な鎌をまるで棒切れのように軽々と扱い、自分の手足のように扱う姿は圧巻だ。何より彼の長い手足が、そして揺れる銀髪が演舞のようにとても美しい。
暫く鍛錬した靭は満足したのかスッと姿勢を正した。そして、おもむろに二階の窓にいる流実を見た。
「!? わっ」
「気が散る」
そう言って部屋に入って行く。どうやら気付かれていたらしい。
流実が慌てて一階に降りると、靭はキッチンで水を飲んでいた。手元にはもう先程の大鎌はない。チラリと庭を見るが、そこにも無かった。
……そういえば、来る時も大鎌は無かったはずなのに一体どこにあったのだろうか?まあ、とにかく挨拶だ。
「あの、今日からよろしくお願いします」
流実が挨拶をすると、コップの水を飲み切った靭が「ああ」と返事をした。素っ気ないが先程の別人のような冷たさはない。思わずホッと力が抜けた。
広場での雰囲気やリリィ宅での彼は、やはり威厳を保つ為なのかも知れない。……もし本当にそうなら…しなくて良いのに。あんなに怖い態度を取るから、皆から誤解されるのではないか?
(事情は分からないけど…でも、私はこの人の味方になるって決めたし)
とにかく今は、彼の事を色々知りたい。
「さっきの凄かったです。いつも鍛錬を?」
「……たまにな。大体は兵士の稽古ぐらいだが」
「皆、大鎌を使うんですか?」
興奮して話す流実に、少しだけ眉を顰めた靭はそのままソファに腰を下ろした。
「得物は主に剣だ」
「じゃあ、あの大鎌は靭さんの特権なんですね」
「特権、な」
クッと自嘲の声を漏らす。
流実はキョトンとその表情を見つめながら、彼の隣の椅子に座る。
「確かにあれは俺にしか“出せない”ものだ」
「? はあ」
どういう意味だろうか。首を傾げる流実に靭はため息を吐いた。そしておもむろに右手の手のひらを上にし、念じるように目を瞑る。
―――すると淡い光が彼の右手に集まり――次の瞬間空気が揺れ「ヴォン!」と音を立てて先程見た大鎌が現れた。
「!? え…え!?」
「これが“特権”の大鎌だ」
「―――凄い!!」
驚き声を上げる流実に、何故か靭の方が目を丸くした。
「不思議…。どうやってこんな大きいものを出したんですか?念じただけ?軽いんですか?」
「は?いや…」
興奮して質問攻めになる流実に引き気味になった靭は、何とも言えない表情をした。
(凄い、凄すぎる。何でこんな大きなモノ出せるの!?)
「あの、持っても?」
「…やめとけ。重いぞ」
「? 片手で持ってるじゃないですか」
「それは俺が“死神”だからだ。この大鎌は死神の一部でできているから、俺以外が持とうとすれば重くて持てん」
「そうですか…」
心底残念そうな表情の流実に、眉を寄せた彼が掌を握る動作をすると、再び空気が振動し大鎌が跡形もなく消える。―――やっぱり凄すぎる…!
「お前本当に変な女だな。元の世界じゃ手から大鎌出す人間は気味悪いだろ」
「えっ…。確かに靭さんは人間だけど神憑きだって。あ、死神が憑いていると、何故教えてくれなかったんですか?」
その瞬間、ギロリと流実を睨む靭。
思わずその“凄み”に硬直するが、それに少しだけ眉を寄せた靭が視線を外し「聞かなかったろ」とぶっきらぼうに答えた。
「またそれ……!」
「うるせぇ。言う必要があるか?俺が死神だと知ってたら、世話係しなかったのか」
どうやら彼の口癖は「聞かなかったろ」で確定だ。そして単に睨むだけでも必要以上に怖くなるらしい。……だって直ぐ目を逸らしてくれたから。私が怖がったのを気付いてくれるくらいの優しさがあるという事だ。
「そもそも、靭さんは“死神が憑いてる”だけで、私と同じ人間でしょう?」
「っ!」
小さく息を吐く音と共に、彼の目が見開かれる。
動揺している、と言っても良いかもしれない。とにかく先程までの苛立ちが一瞬にして治ったようだ。
「……俺を人間だと思うやつなんていねぇよ」
「え?」
「それより、俺の名を呼ぶなっつったろ」
「あ」
「良い加減覚えろ。クロノアだ、クロノア。それに、何度も言うが俺を人間だと言うなよ。もちろんお前自身もな」
ため息を吐きつつ、目頭を揉んでソファにもたれかかる靭。
言われてたのにすっかり忘れてた。
「とりあえず早速今日の昼過ぎから働け。城から荷物が届くからその片付けをしろ」
「荷物?」
少しだけ首を傾げで靭を見る。
「城でやってた仕事を、ここで行う。書類の荷物だ」
「書類仕事が総司令官の仕事なんですね」
「……俺の仕事ではない。が、書類が来る」
「そうなんですね?あ、じゃあ兵士さんの鍛錬が…」
「……あれも俺の仕事ではない。城にいるからと総主が勝手に押し付けてきただけだ」
(……え?)
じゃあ、本来の総司令官の仕事は?そう思ったが、遠い目をする彼に何も言えなかった。
どうやら、彼は頼まれたら断れないタイプらしい。総司令官なのに。もしかして紅族へ移動したのは私をフォローする為と言いながら勝手に押し付けられる仕事から逃れる為だったとか…?
そんな事を考えたが、疲れた表情の彼にこれ以上の質問は慎んでおく。
「分かりました。じゃあ、明日からこの家に通いますね」
「は?」
「え?」
それぞれが「何を言ってるんだお前は」という顔をする。
「…まさか、一緒に住む、とか?」
「当然だ。世話係だろ」
「そ、それはそうですけど。え?だって書類仕事ですよね?」
「だから何だ。それとも別に住む家でもあるのか?」
そう言われると住む場所などない。ずっとリリィ宅に居候はできないし、自分で家を建てられる訳もない。
でも…本気で言ってるのだろうか?
「世話係が主人の近くにいなくてどうする。ふむるがこの家で暮らす為の支給品を持って来る。その上で必要なものがあれば言え」
ムッとした表情で言い放つ靭。その顔は怒ってはいたが、何故か流実には少しだけ悲しそうな表情にも見え思わず口をつぐんだ。
(まあ、別にいっか…)
きっとこの世界では世話係が主人と共にいるのが普通なのだ。だとしたら、それに倣うべきだ。長いものには巻かれろ、というのが出来なかった前の人生を変える為にも、これは必要なのだ。
(私物……)
少し考えた流実は、唯一の私物である高校の制服を取りにリリィに会いに行くのであった。
◇◇◇◇
リリィの家に向かう最中。ぐぅと鳴った腹の虫に、流実は足を止めた。
時刻は朝の九時頃。早朝から出迎えの準備をしていたため食べ損ねており、お腹が減っていた。
(そもそも、靭さんのご飯って誰が用意するんだろ……)
もしかして、自分?だから一緒に暮らせと言ったのかも?
「やぁ流実ちゃん」
「! 水狼さん」
その時だった。タイミング良く道の向かいからのんびりやって来たのは、紅族専属シェフの水狼だった。
「困った顔してどうしたの?族長にイジメられた?」
「っいえ、そんな事は…。水狼さんは?」
「これから昼の仕込みを始めようと思ってね。食堂へ向かうところなんだ」
―――そうだ!
流実は人に頼る事が苦手だ。
自分が頼む事によって相手が迷惑するのは以ての外だし、そもそもどうお願いすれば良いのか分からない。だが今はそんな事を言っている場合ではない。この世界で世話係として仕事をするならば、それを全うしなければならない。
「すみません。私に、料理を教えて頂けますか?」
◇◇◇◇
「良かった、食材はどれも一緒だ…」
「ん?何か言った?」
「あ!い、いえ何も」
慌てて引き攣った笑顔で誤魔化す流実。現在二人は紅族唯一の食堂に来ていた。
水狼の職場でもあるこの場所は、五人程が座れるカウンターとテーブル席がいくつかあるような場所で、食事時には賑わう場所だった。
「本当に、ごめんなさい。お仕事あったのに」
「あはは。良いよ、族長のご飯作らないと大変だもんね?そうじゃなくともこんな可愛いお嬢さんのお願いならオジサンいくらでも聞いちゃう」
先程の呟きは聞こえなかったらしく、テキパキと食材や調味料をテーブルに置いていく水狼。
「これが主な調味料だよ」
(塩に、砂糖。これも同じだ…!)
並べられたものを確認していくと、どうやらこの世界の食材や調味料、調理器具は全て一緒のようだった。言葉も通じるし大変ありがたい。これなら問題はなく料理できる。
だが聞いた手前やっぱりいいですなんて言えないし。
(あれ?今更だけど、そもそも靭さんが食堂で食事すれば済む話では?)
「…すみません、もしかしてクロノアさん食堂でご飯食べるのかも知れません」
「え、族長が?それは無いよ」
「えっ?」
「絶対に食堂に来ない。断言できる」
柔和に笑う水狼。しかし、言ってる圧が強くて、つい流実は引き攣ったまま固まってしまった。
「まあ、その内来る事を願うけど」
「水狼さんの作る料理はどれもとても美味しいのに勿体ないですね」
「本当?嬉しいなぁ。そんな事言ってもらうと作り甲斐があるよ」
人の良さそうな表情でくしゃりと笑うナイスミドル。本当に嬉しいようだ。何故彼は食堂には来ないのか分からないが、ここまで断言されたら本当に来ないのだろう。とりあえず自分が用意するしかないようだ。
「君が作った料理は無事に食べて貰えるといいね。じゃ、早速料理教室といこうか」
こうして水狼直伝のレシピを貰った流実は、水狼の好意で貰った食材と共にようやく離れに向かう。
―――この時の流実は靭に会うまで当初の目的を忘れていたと気付かないのであった。




