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第4話 人間の私、神さまとお会いすることになりました

鴈立城(がんりつじょう)は、一言で言うならばホラー映画に出てきそうな大きな洋城だった。

外壁は全て漆黒に塗り潰され、大砲や銃火器が顔を覗かせる塔がいくつも本殿を囲っている。きっと内装だって外観に負けないくらい物騒な雰囲気で…と思っていたのに違った。


ふむるが降り立った塔の一角から城の中に入った流実(るみ)は、思わず「うわぁ」と感嘆の声を上げていた。


外観とは真逆の白を基調とした壁と赤い絨毯が引かれた広い廊下。大きな天窓から差し込む光をシャンデリアが反射していてとても明るく美しかった。


「おかえりなさいませ、クロノア様」


流実が辺りをキョロキョロしていた時であった。いつの間に近くに立っていた男に驚き思わず肩を揺らす。中年に差し掛かった男は白を基調としたカソック風の服を着ていた。


だが(じん)は不機嫌そうな表情で男を一瞥すると、返事もせずにさっさと歩いて行ってしまった。


(えっ、無視…?)


流石にそれはないのでは?と思ったところで、いつの間に離れてしまった彼に慌ててついていく。

気になって先程の男をチラリと見れば、同じ場所でずっと頭を下げたままだった。


「あの人…靭さんのお付きの人じゃないんですか?」

「クロノアと言ったろうが。いい加減覚えろ。アレはこの城の神職だ。総主の身世話をする者で、俺とは関係ない」


そうか、だからカソックを着ているのか。総主は神様だから…じゃなくて。


「おかえりなさいって言ってましたけど…」

「だから何だ」

「今でも頭を下げてますけど…」


それにフンと鼻を鳴らした靭が流実を薄く睨んだ。


「俺が返事をしないのが不満か。ならば、俺に話しかけるなと奴に言ってこい」

「クロノアさんに挨拶してくれてるのに、ですか?」

「様を付けろ、様を。俺が総司令だから頭を下げただけの事だ」


―――そういう事なら、無視した彼の気持ちも分かる気がする。“彼”ではなく“総司令官”に向けた挨拶なら。

……内心どう思っていても、教師の前では真面目そうに振る舞ういじめっ子のように。


(……違う。もう、あの人達とは関係ないのに)


強く頭を振って目の前を歩く靭を見つめる。

彼の肩書きは、自分が想像するよりもずっと大きいはずだ。

というか、いつからここに居るのだろう?人間が軍の総司令官なんて簡単になれるのだろうか?…いや、そもそも。


「あの……今更ですけど、何で“世話係”なんですか?」


靭は歩みを止めず、わずかに横目で流実を見る。


「この世界での人間は価値が高い。いるだけで“国益”だと。……笑わせる」

「…尊いだけじゃないんですね」

「お前を城に置けば、面倒事に巻き込まれる。だから、世話係として俺の手元に置く」

「? 国益なのに、ですか?」


それに少しだけ息を吐いた靭が、間を置いて再び話し出す。


「この世界は、北國(きたこく)南國(みなみこく)の二つの神の均衡で成り立ってる」

「!」

「……だが一方で、両国は争ってる」


ドクリと心臓が鳴った。初めて聞いた事実に思わず足が止まる。


「戦争…してるんですか?」


想像以上に震えてしまった声に、先を歩く靭がピタリと足を止める。そして、真っ直ぐに流実を見つめた。


「そうだ。国土が広いほど、その国の“神”の力が強くなる。だから領土を奪い合ってる」


つまり、自国の神さまを強くするために、戦っているという事だ。


(…でも、均衡で成り立ってるなら……どっちが勝ってもダメなんじゃ?)


「均衡が崩れたら…この世界は、どうなるんですか?」

「知るか。俺は関係ねぇ」


そう冷たく言い放った横顔は、先ほどまでの強さとは違い、どこか諦めたような顔をしていた。総司令官という、軍の当事者であるのに、だ。


「とにかく“国益”のお前は人間だとバレるな。……巻き込まれたくなければな」


再び歩き出した背中を追いながら、

胸の奥でなにか温かいものと冷たいものが交差する。


(……靭さんも人間なのに…。ずっと、こんな世界で?)


「あの……クロノアさんはいつこの世界に来たんですか?」


つい、疑問をそのまま口にした。すると突然目の前に衝撃を食らう。どうやら靭が突然止まったようだ。ぶつけた鼻先を摩りつつ「あの」と声をかけたところで。


「…お前は、この世界に来て後悔してるか」


こちらを見る事もなく、そう言い放つ靭。

自分のした質問とは全く違う内容に、一瞬固まる。


「ま、まだ来たばかりなので」

「成る程?これから後悔すると言いたいのか?」


何を聞きたいのか分からず、つい眉を顰めてしまった。


「後悔も何も…私の望みは死ぬ事でしたから」


流実は初めてきっぱりと言い切った。

せっかく勇気を振り絞って実行した“自殺”。しかし実際には『神の国』に移動しただけだ。本来の目的は叶っていない。


「でも…。新しい世界でクロノアさんの世話係として働けるのは嬉しいです」


これも正直な本音だった。

元の世界では自分の居場所はなかった。だが、彼は望んで自分を世話係になれと言ってくれた。ここがどんな場所であれ、初めて人から求められた事に変わりない。

単純に嬉しかったし、ここで新しい人生を送りたいとも思っている。


ふいに、靭が振りかえった。


(………え?)


無言で見つめるその表情は、やはり“かつての自分”を見ているようだった。

何かを求めるような顔。何かに怯えたような顔。そして、何かに縋るような顔。


―――不意に、胸が痛む。その真意が分からず戸惑っていると…靭は顔を逸らし再び歩き始める。


「クロノアさん…?」

「……様を。あ〜もう好きに呼べ」


はぁぁ〜。と大きなため息が聞こえてきて、今度は振り返らずにスタスタと歩いて行った。


流実は今見た表情が忘れられずに―――そして、もう何も言わず、黙って彼について行った。

とりあえずいつからこの世界に来たのか……その答えは、もう少し先でいい。そう思えた自分がいた。




◇◇◇◇



あれから流実は、靭の後を追って豪華な作りの大きな扉の前に辿り着いていた。周りには先程の男と同じようなカソックを着た者達が数名立っている。


―――この扉の奥に神さまがいる。


(まさか、生きて会えるとは思わなかったけど…)


そう思った流実の横で、靭が突然「ここから先はずっと下を向いていろ」と一言。


「? 何で…」

「言われた通りにしろ。“顔を覚えられるな”」


その真剣な表情と言葉に不安が過ったものの、言われるままひたすら下を向いて数分。

重厚な扉が開き、中から柔らかな光が漏れ出た。


―――柔らかな光なのに、まるで空気そのものが変質したように肌を刺してくる。まるで、ここに立つだけで心が晒されているようだった。

思わず顔を上げたい衝動を堪え、ずっと自分の足元を見つめる流実。隣では慣れた様子の靭が淡々と話し始めた。


「謁見感謝申し上げる。これが例の人間です。願わくば、我が世話係に」


凛としたハスキーボイスが響く。横目でチラリと見れば、彼は真っ直ぐに光の方向を―――神がいるであろう部屋の中に視線を注いでいた。

その顔があまりにも真剣で、ドキリとする。やはり美形は横顔まで美形だ。本当に人形みたい。

流実がそんな事を考えていた時だった。


「珍しい事もあるものだなぁ、クロノア。お前も何かに執着するのか」


その瞬間、ピクリと靭の指が動く。


(……執着?)


流実は靭の横顔を盗み見る。だが、彼の表情は何も変わらない。


それよりも―――流実は“神の声”に心を奪われていた。

耳から聞こえているはずなのに、まるで頭の中に響くような感覚。男でもなく、女でもない。若くもないが歳でもない不思議な声。ただ心に染み渡るような澄んだ声が自分の中を通過していくような……不思議な声だった。


この声の主が全く想像できない。でも、神様って喋るとこんな声なんだ。


「国益ゆえ、連れて来たまで。この人間は見た通りの非力。保護する必要があるかと」

「確かにそうだなぁ。お前以上の適材がいるとも思わぬ。良い。好きにするがいい」

「御意。御礼申し上げる」


隣で深く礼をする気配がした。思わず流実も下を向いたまま、更にペコリと頭を下げる。


こうして、五分にも満たない速さで謁見が終わった。

結局流実は頭に血が登りながらひたすら自分の足元を見ていただけで、彼の公式な世話係として認められたらしい。

せっかく神さまに会えるなら一目見たかったが、“顔を覚えられてはダメ”らしいので、仕方ない。これ以上妙な気を起こすな、と言われてたし。


「ふぅ…。クロノアさんの世話係になれて良かったです。神さまを見れなかったのは残念ですけど…会えて嬉しいです」


下げっぱなしの頭から血液が戻っていくのを感じながら、流実は気の抜けた声を出した。その瞬間近くの兵がサッと顔色を変えた気配を感じる。


「?」

「…とりあえずお前は黙っておけ」


深いため息と共に疲れたように目頭を揉んだ靭に、流実はよく分からず首を傾げる。

まさかこの世界で彼を「さん」付けで呼ぶ事がいかに自殺行為であるのかと、流実はこの時はまだ知らなかった。




◇◇◇◇



紅族の町『ウォーク』では、ギルバート、アクバル、そしてリリィの三人がそれぞれ暗い表情のまま過ごしていた。


昨日の打合せ通りならば、今頃城へ到達し人間の少女を保護できたはずだった。

だが、今や彼女の命すら絶望的で、それを防ぐことが出来なかった自分達に例えようもない罪悪感が漂っていた。


何故族長はリリィ宅に人間がいると分かったのか?

考えれば考える程分からないが、あの族長に“普通”など当てはまらない。

こんな事になるならば、翌日と言わず、その日に城へ行けば良かったのだ。


その時だった。

三人の中では一番聴覚に優れるリリィが突然ピクリと反応し窓の外を見る。


「…ふむるだわ」

「族長か?」

「少し違う。でも、誰か乗ってる」


慌てて皆で家の外に出る。すると、彼女の言った通り空から朱色の大きな鳥が降って来た。ぐんぐんと地上に近付く朱色の鳥の背中に乗っていたのは、なんとあの人間の少女。


突然の出来事に固まる三人をよそに、ふむるは地上にぶつかる寸前で大きく羽根を広げ、ふわりと降り立った。


「はい、到着ー。大丈夫っスか?」

「な、なんとか…。すみません、羽強く握っちゃいまして」

「大丈夫っスよ!落ちちゃうよりいいっスからね!」


あはは!とこの場に合わない飛びっきりの笑顔で言ったふむるは、流実を下ろすと呆然と立ち尽くしている三人に気付く。


「あれ?出迎えっスか?」

「? あ、こ、こんにちはっ…!」


ふむるが人型に変化し、視界が広くなった事で流実も遅れて気付く。


「あの、私これから――」

「無事だったのかっ!?」

「ひっ!」


再び声が出た。

あっという間に目の前へやって来たアクバルが、いきなり流実を抱き締めたからだ。


「ちょ…アクバルさん何してんスか!?」

「アクバル!気持ちは分かりますが淑女にそれはダメです!」


恐怖で何も考えられなくなった流実に、ギルバートが慌てて声を上げ、アクバルを引き剥がす。一方でリリィは


「ふむる!一体どういう事よ!?何でアンタがこの子乗せてきたの!?」


とふむるに詰め寄った。


(やっぱりアクバルさんは、怖い…!)


きっと心配してくれたのだろうが、いきなり抱きついてきたりと突拍子がなさ過ぎて怖い。

まるで、次に何をされるか分からない同級生の前にいるような感覚だ。流実は恐怖で早鳴る胸を抑えつつ、引き剥がしてくれたギルバートの陰にサッと隠れる。


「大丈夫だったか、怪我してない?おいギル!隠すなって!」

「どういう事って…あれ?伝令は来てないんスか?」

「来てないわよ、アンタが来るまでね!」

「ちょ、ちょっと待って下さい。とりあえず皆落ち着いて!」


それぞれが思い思いの発言をし、興奮した場を何とか収束させるギルバート。シン…と鎮まった事を確認し、コホン、と咳払いを一つして改めて喋った。


「ふむる。“伝令”と言いましたね?貴方が彼女と一緒に来た事は、族長令(ぞくちょうれい)と関係があるという事ですか?」


ギルバートの発言にリリィとアクバルがハッと顔を見合わせる。そうだ。この伝令役(でんれいやく)はクロノア専属なのだ。そんな彼が流実を乗せてここへやって来たという事は、理由はひとつしかない。


「そうっス。流実はこれから紅族で暮らす事になったので、今後の方針について族長令が出てるっス」

「―――マジで!?」


アクバルが目を剥いて驚く。残りの二人も驚きを隠せないようだった。

『族長令』

その名の通り紅族長である靭からの指示・命令の事だ。今まで戦闘に関して事務連絡として活用されていた。

理由は簡単。彼等の接点は、“戦闘”以外では皆無だったからである。今回戦闘以外の…まして“人事”に関わるなど、前代未聞だ。

何より、あの族長が人間を己の管轄で生活させるなど、何かの前触れか。


「あ、その前にひとつ確認が」


スッと表情を変えたふむる。すると、それまで浮き足立っていた三人もすぐさま気配を変え、無言で見つめ返した。


「流実を人間だと知っているのは、これで全員っスかね?」

「昨日は休暇で殆ど人はいませんでしたし、恐らくは」


ふむるはそれだけ確認すると、頷いてから再び口を開いた。


「紅族への伝令とは別に、内密に伝令を貰ってるっス。“今後も流実が人間である事を隠す事”。いいっスね?」

「……ここで暮らすからね」


リリィが眉を顰めながら答える。

本来ならば、人間は総主である神の近くで暮らす。それを敢えて紅族で生活させるなら隠しておかねばならないという事だろう。

しかし…それを“分かった”上で隠すのは本来“極刑”だ。いくら軍の総司令官とはいえ、何を考えているのか…。


「……つまり、その代わりにアタシはお咎めなしって事ね」


どこかホッとしたような…しかし、不信感が拭えない表情でリリィが呟いた。“保護”していたとはいえ、族長から“人間隠匿”と言われていたのだから。

少しばかり暗くなった空気を掻き消すように、金髪の少年アクバルが元気よく「それよりさ!」と言った。


「皆にどう話すんだ?仲間が増える訳だろ?」

「確かに。流石に戦闘職は無理ですし」

「流実はご主人様の世話係になるっスよ」

「ああ、世話係な!良いんじゃな………族長の!?」


アクバルの動揺した声を皮切りに、信じられないとばかりにふむるに詰め寄る三人。それぞれが「やめろ」「大丈夫なのか」と心配した声を上げる。


「ちょ…落ち着くっスよ!ちゃんと総主の許可ももらってるんスから」

「っえ?総主の?」

「公式に許可されたなら…大丈夫でしょうが」


その様子に、流実はつい目を丸くする。

事前に靭から「そうなる」と言われていたが…本当に『総主』の一言で事態が収束するとは。


もしかして、これを分かっていたから総主に正式に許可をもらいに行った…とか?


「とにかく、また会えて嬉しいわ。リリィ・ベルよ。よろしく流実」

「だな!良かったぜ、本当に心配してたんだ。俺、アクバル・アルク。アルで良いよ!」

「ギルバート・ハーヴェイと申します。よろしくお願いしますね、流実さん」


改めて温かく受け入れてくれた事に、流実はホッとして「こちらこそお願いします」と深くお辞儀をした。


「流実は猫族と紹介するっス。口裏は合わせてあるし、万が一素性を聞かれても大丈夫っス!」

「彼等は黒髪の者が多い。それに他の部族と関わらないから誤魔化しも効き易いですね」

「それにご主人様もフォローに入るっスよ!」


唐突に出てきたフォローの単語に、一同不思議な表情を浮かべた。

一体、どうやって?いつも城にいて滅多な事では紅族に来ない―――いや違う。そもそもあの族長が他人のフォローなどするはずないだろ。

そんな疑問が分かったのか、ふむるがにかっと満面の笑みで話す。


「ご主人様はこれから居住を紅族へ移すっス!これが、最後の伝令で、“居室を整えておけ”だそうっス!」

「えっ……!?」

「ええっ…!?」

「げぇぇぇっ!?」

「三日後には、来るっスよ」


この日最初の悲鳴が紅族中に響き渡った。

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