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第40話 奪われた日常


(よう)視点◇


「ねぇ、好きな子を振り向かせるにはどうしたらいい?」

「どうしたんだ急に?」


紅族の隣町であるカラック街の小さな居酒屋にて、茶髪に茶色の瞳の青年と、黒髪に緑眼の青年がテーブルを囲んでいた。店内は二人の他、四、五人しかいない。

久しぶりに幼馴染に飲みに誘われた黒髪の青年は、目の前でシュンと首垂れた葉を見る。


「葉の好きな子って、猫族の世話係だよな?上手くいってないのか?」

「以前の問題で、二人きりになれないんだ。何かと邪魔されるんだよ」

「邪魔って…例のあの人が?」


黒髪の青年が声を潜める。

例のあの人とは、つまり闇方軍総司令官の事だ。

基本的に紅族を出たら、軍法に則り、関連する単語は隠語として喋る。もちろんそれは友人も倣わなくてはならない。

葉はチラリと幼馴染を見ると、小さくため息を吐いた。


「あの人だけじゃないけどね」

「他にも邪魔してくるのか?」

「そう。お陰で全くあの子に会えてない」


更に元気を失った葉に、青年は何とも言えない表情を浮かべ、「……まあ犬族って偏見あるしな」と言って酒を手に取った。


「なあ、葉。今更だけどさ、やっぱあの人の世話係なんて止めとけって」

「それ、(せい)が言う?同じ立場だったら、諦めるの?」

「……それは…」


せいと呼ばれた黒髪の青年はグッと口をつぐんだ。


絶対に、諦めない。

同じ犬族だから分かる。自分が決めた相手と結ばれないなんて死んだ方がマシだ。

特に葉は自分と同じ“一目惚れ”から始まっているから、その苦しさは痛いほど分かる。


だが、相手はあの死神の世話係なのだ。心配しない方がおかしいだろう。

何も言えずに押し黙ったままの惺に、葉は悲しそうに目を伏せた。


「惺は良いよな。想いが叶ったんだもん」

「…まあ、同じ犬族だから理解もあったしな」


葉の手前、惺はそれ程喜ばず肯定だけした。だが、長年の想い人と一緒になれて幸せの絶頂にあるのが正直なところだった。


「なぁ、どうやって振り向いてもらったんだ?確かあの子は別に好きな男がいた筈だろ?」

「そりゃお前、地道に何度もアタックしたんだよ。仕事終わりに足繁く通ったり、サプライズで出勤前に行ってみたり」

「俺も同じ事してたんだけどなぁ」


はあ、とため息を吐く葉。


「回数が足りないんだよ。葉の本気が伝わらなかったんだ。もしかして遊びだと思われたのかも知れないぜ」

「え!?こんなに本気なのに!」

「それを伝えないとダメだろ。それに葉は俺らの中でも特に美形だ。その無駄に良い顔面を活かせって」


犬族はその殆どが容姿に恵まれて生まれてくる。特に雄にその傾向は強い。

言わずもがな、遺伝子的に好きな雌を捕まえる(ストーカーする)ためだと揶揄されていた。


「……それはどうかな」

「何でさ?」

「例のあの人の世話係だから」

「……ああ、そうだったな」


惺は遠い目をする。

そうだった。そんな犬族でさえ認める美しさを持っている男が闇方軍総司令官なのだ。


「でもあの人はだいぶ危ないだろ?いくら顔が良くても対象外なんじゃねーの」

「一緒に暮らしてるんだ。長い時間一緒にいると情湧かない?」

「は!?一緒に暮らしてる!?冗談だろ、俺なら今すぐにでも彼女を連れ出すけどね」

「それができれば苦労しないよ」


葉はムッとした表情で一気に酒を煽った。


「……まぁ、そうだな」


死神だしな、と喉まで出かかった言葉を同じく酒で流し込む惺。


「でも、何で一緒に暮らしてんだ?」

「知らないってば」

「違うって。よく考えてみろよ。大体、あの人が誰かと一緒に暮らすって性格か?」


その言葉に、ハッとなり考えこむ葉。

確かに、味方でさえ『死神』と呼ぶ冷酷な軍の総司令官だ。


そもそも、世話係をつける前は城で暮らしていた。

何故急に紅族の小さな一軒家に拠点を移したのか、どんな経緯で流実が世話係になったかもよく分かってない。

しばらく考えこんでいたが、やがて惺が口を開く。


「とにかく今はあの子と一緒に過ごす時間を確保する事が重要じゃないか?」

「それが難しくて。この前あまりにも会いたくなってあの人の家に入っちゃってから、監視体制がずっと重くなってさぁ」

「どういう事だ?」

「今まで書斎で仕事してたのに、家中見渡せるリビングで仕事してるんだ。最悪だよ本当」

「……なるほどな。じゃあ、こっちも考えないとな」


そう言って、惺が身を乗り出す。葉も怪訝そうな顔で同じく身を乗り出し耳を傾けた。


「いいか。邪魔されてるって分かってんなら、確実に邪魔が入らない様にすべきだろ?」

「どうやって?」

「ここまで連れて来いよ。俺が使った小屋を貸してやるから」


そう言って笑う惺。

葉はハッと気付き……ようやく笑顔になって頷くのであった。



◇◇◇◇



この世界にやって来て、少なくとも数ヶ月くらい経っていた。

色々あったけど何不自由なく生活できて、靭との生活も相変わらずのびのびできて好き。何より前まで心配事だった紅族と靭の関係もかなり改善されていて嬉しかった。


朝の洗濯物を干し終わったタイミングで玄関の扉が開く。リビング越しにみると、茶色のローブを羽織った金髪金眼の天族の少年がやって来ていた。


ここのところ、よく離れへやって来る。流実は庭からリビングに入り、改めてアクバルを見た。


「おっは流実!クロノアいる?」


本当にいつの間に距離が縮まったのか、最近アクバルは彼を族長ではなくクロノアと呼ぶ。

当の本人は眉間にしわを寄せて不機嫌そうな顔をするものの、本気で注意しない辺りそこまで嫌では無いのだろう。

まあ、人の事は言えない。何だかんだ靭は押しに弱いと思うのだ。

アクバルの声に気付いたのか、洗面所からタオルを掛けた姿の靭がやって来る。

そして、そのままアクバルと共に二階へと消えて行く。


本当に平和だ。葉が来た時にはどうなるかと思ったが、最近は姿も見ないし。これからもこんな平和な日常がずっと続けば良いのになぁ。



―――そう思った、夜。

ルーティーンであるホットタオルとココアを持って書斎の扉を開けた流実はその場にいるはずの靭がいない事に首を傾げていた。

最近はもっぱらリビングで執務を行なっているが、夜には書斎に戻るのに。

ふと執務机の上を見ると溜まっていた書簡がない。


(私がシャワーを浴びてる内に、ギルバートさんの家にでも行ったのかな?)


ガチャ、と一階で扉が開く音。

彼が帰って来たのだろうとお盆を持ったまま階段下を覗いた。―――そして、心臓が止まった。


恐怖で固まる流実をよそに一気に距離を詰めてくる葉。

慌てて叫ぼうとする流実の口元に手を当てられ、次の瞬間、みぞおちに衝撃が走った。


ガシャンとお盆が落ちる音と共にコップの中身が撒き散らされる。激痛のあまり意識が遠のいていく中――真っ白になっていく視界の端に映ったココアだけが、色を帯びていた。


「ごめんね」


そう申し訳なさそうに呟く葉の声と共に、流実の記憶はここで途切れた。




◇◇◇



最初に召集がかかったのはギルバートだった。

すぐさまリリィ、アクバルにも伝達され、ふむると共に急いで離れに集合する。

彼等が書斎の扉を開けた瞬間。


―――スン、と暗い海の底に落とされたような重圧と、突き刺さるような冷えた空気が全身を包んだ。


既に書斎にいたギルバートは、最早顔色は無い。ふむるに連れられて来たリリィやアクバルも、部屋に入った瞬間、充満した殺気で失神しそうになった。


そう、久しぶりに彼が『死神』である事を肌で感じたのだ。

殺気の元である靭は椅子に座り、執務机に肘を付いたまま部下である四名を無表情で見据えていた。

表情が無い分、放たれている殺気が一層冷たく突き刺さり、誰も口を開くどころか動く事すらできなかった。


「―――早く見つけろ。……あいつが人間だとバレる前に」


殺気の元がいつもより重低音で言い放つ。それに皆一様にビクリと怯えた。

素早く敬礼をした四人は、それぞれ身を切るように夜の闇に消えて行く。


それを無表情のまま見送った靭は、次の瞬間、思い切り背後の壁を殴りつけた。

衝撃で本はバサバサと音を立てて落ち、本棚を貫通してめり込んだ壁には少しの血が滲んでいる。


それでも靭は、己の拳を見る事もなく無表情のまま。


こうでもしないと――処理できないほど荒れ狂う自分の感情を殺しておかないと、“死神”に喰われてしまう。

そう、分かっていたからだ。




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