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第38話 遂に溢れてしまったモノ


(じん)視点◇


“犬”があいつの周りをうろちょろしてるのは、ずっと前から気付いていた。


最初に気付いたのは族長会議から帰ってきた翌日の事。

演習場の端で、あいつが食堂で働いてる犬族の男……(よう)に抱きかかえられた姿を見た時だった。


―――その瞬間、己の中で妙な苛立ちを感じた。


何故自分が苛立つのか分からなかった。

だが、よくよく見ると、あいつは顔面蒼白になり葉から逃れようと必死にもがいているではないか。



(……襲われてるのか)


それが理解できた瞬間、今度は焦燥感にも似た何かが湧き上がった。


咄嗟に殺気をその男に飛ばす。すると、どうも勘のいい奴らしくアッサリと離すと笑顔で去っていく。

後に残されたあいつは、逃げる訳でもなく呆然と“犬”の背中を見つめている。その姿には、逆に腹が立った。


(何ボケっとしてる。俺が気付かなければどうするつもりだったんだ)


前日はギルバートにも担がれていたし、あいつは何なんだ。危機感がないにも程がある。

演習後はまだボンヤリしてるあいつを無視して帰るつもりだった。ギルバートが目敏く見つけなければ、の話だが。

そして、やはり前日と同じように手を伸ばしてギルバートに抱き付こうとしているのを見て――最高潮に苛立った。


(本当に、何考えてやがる)


そう思った瞬間、気付いたらあいつを担ぎ上げていた。


何故自分がこんな事をしてるのか分からない。が、とにかく腹立たしかった。

さっき男に襲われたばかりなのに、また男に抱きつこうとする姿が何も考えてない様に見えて苛立ったのかも知れない。



そう思った、翌日。

庭先からあいつの大きな悲鳴。何事かと思えば大型犬がいたと言う。


(―――犬、か)


その瞬間、葉だと分かった。

“大型犬”だと言うくらいの犬に変化できる者はこの紅族にはいない。考えられるのは奴のみだ。


犬族は、番に対しては蛇族よりも執念深いと聞いた事がある。『やり方』が過激だとも。どうやら奴は流実を己の番にしたいと考えてるらしい。


―――あいつを、番に。

改めて認識した瞬間、喉元に引っかかるトゲのように、言葉にできないざらつきを感じた。


(……いや、俺は関係ない。あいつは俺の“世話係”なのであって、誰とどうなろうが、俺の知った事ではない)


だが、あいつは葉を嫌がっていた。犬族の番問題は軍でも聞き及んでいる。それにあいつが『人間』だとバレるのは避けなければならない。……ならば俺は『責任者』として、葉を警戒するべきだ。

それだけだったはずなのに。


リビングに倒れた込んだあいつと、その上に覆い被さった奴を見た瞬間、ドス黒い何かが自分を支配した。


葉は獣化しており、犬の姿で流実を押し倒していた。

息もできず、逃げる事もできないあいつが苦しそうに「助けて」と言う姿を見て――


――“殺してやろうか”。


初めて、そう思った。

するとまたもや葉は俊敏さを見せて逃げて行く。

一方の流実は、顔を上気させ咳き込んでいた。


その様子を見ながら己の中ではジクジクと得体の知れない不快感が広がり、どうしようもできないでいた。


(…こいつは何度同じ目に遭えば気が済むんだ)


そんな事を考えていると、目が合ったあいつは何故か顔を真っ青にさせて固まった。


ついカッと頭が熱くなる。


怯える相手間違ってんだろうが。俺は助けただけだ。いや、そもそもあの犬が何なのか知ってんだろうな?


「……お前、分かってんのか」

「!!ご、ごめんなさい!あの子が話していた大きな犬で…。折角柵を作ってくれたのに…!!」

「―――気付いてないのか?」

「……な、何が?」


それを聞いて一瞬にして酷く疲れた自分は、「…いや、いい」と言って書斎へと戻る。あいつは駄目だ。危機感がないどころか随分鈍い。やはり、あの犬を葉だと気付いてないようだった。


何故自分がここまで苛立ったり心配などしなければならないのかよく分からない。

よく分からないが…あの泣きそうな顔や、嫌がって恐怖を感じている顔を思い出すと酷く心がざわついた。


もし、あのまま俺が止める事をしなかったら?

あいつは、奴に何をされていたのか。そう考えるだけで抑えきれない程の感情と嫌悪感が湧き上がってくる。


(―――違う。俺はあいつが人間だとバレるのが心配なだけだろ)


そうだ。下手に奴があいつに近付き何かの弾みで人間だと知れたら不味い事になる。それに、助けるのは人として最低限の事だ。嫌がる女を押し倒すなぞ、鬼畜だろう。

だから俺がこんなにもイライラし、焦るのは仕方ないのだ。


葉が原因で仕方なく戦場に連れて行く事になり、ようやく問題はなくなるかと思った。だが、あいつは事あるごとに男と二人きりになる。


それは医療班の男だったり、駐屯兵だったり。

男共の表情を一目見て何故か理解できた。“あいつに好意を寄せている”と。


当の本人は全くそれに気付いていないから始末に負えない。

本当に、こいつは何考えてやがる。また葉みたく襲われたらどうするんだ?

俺の知らないところで男と二人きりになれば、何かあっても助けてやれないのに。


――そもそもお前が俺の世話係に戻せと言ったばかりだろう?泣きながら、俺のそばにいたいと。

あれは、何だったのだ。お前にとって俺は、一体何なんだ。


髪を触るのも、笑顔を向けるのも、他の男と同じ、何の意味もなかったと言うのか?俺だけにしてるものではなかったのか?



イライラが止まらない。

いい加減気付け。そいつらがどんな目でお前を見てるのかを。

いい加減気付け。俺がどれだけ心配でどれだけ焦ってるのかを。

―――俺がどんなに大切だと思ってるのかを、何故、お前は気付かないんだ。



……バキリと、手元に大きな衝撃が走った時、ようやく己の考えている“正体”のヤバさに我に返った。

真っ二つに折れたペンと微かな痛みを遠くに感じながら、無意識にあいつを目で追っている自分に気付き、改めて“ヤバい”と感じた。


これ以上は何も考えない方がいい。これ以上は、だめだ。


少なくとも俺が軍の総司令官である限り……いや、『死神』である限り、考えてはならない。


『大切』なのは、『人間』だから。

それ以外は何もないし、今後も変わる事はない。



……そうブレーキをかけていたのに。


葉が離れに来た事で、全てぶち壊していった。


戦場帰りで酷く疲れていた上、まさか奴がこの家に堂々と来るとは思わず、全く警戒していなかった。


一階で呆然と立ち尽くしているあいつの姿に嫌な予感がして声をかけると、ビクリと肩を揺らして顔を上げる。


その顔は、恐怖に滲んでいた。それに全身も震え今にも崩れ落ちそうになっているではないか。


(……奴が、来たのか)


一瞬で、状況を悟る。

力が抜けたようにその場にへたり込んだあいつに焦って近付く。どうしたのか聞くも、何故か奴を庇うように何も言わなかった。

真意が分からず、無理矢理あいつの顔を覗き込む。すると、真っ青な顔で怯えきった表情が飛び込んでくる。


こんなに怯えるほど――奴に、何をされたんだ?

怪我はなさそうだが、本当に大丈夫なのか?

いや、そもそもなぜ俺を呼ばなかったんだ。怖かったんだろう?


また不快感が湧き上がる。

ああ、ここのところずっとそうだ。こいつが誰かと一緒にいる度に、誰かに触れられる度に、怯えて泣きそうな顔を見る度に何かが溢れそうになる。


―――少しでも、俺を頼ってくれれば、すぐ助けたのに。


そんな事を考えていると、突然あいつが暴れ出した。


「おい、大人しくしろ」

「やっ…。何でも…何でも無いんです!!」

「何でも無いわけあるか!こら…暴れるなっつってんだろ!」

「嫌です!離して!」



―――“嫌”だと?

ギルバートには大人しく抱かれていたのに?駐屯兵には素直に肩を触らせていたのに?


―――なのに、何故俺は駄目なんだ!!

怒りで頭が真っ白になった。気付いた時にはもう、あいつを抱き締めていた。


「っ暴れるな!……頼む」


何故“頼む”などと口走ったのか分からない。


分からないが――あいつに拒否されたくなくて、何も考えられなくなった。

拒否されれば、つまり俺は、駐屯兵よりも、ギルバートよりも、……いや、葉と同じくらいこいつにとって触られたくない人物という事になるのだから。


そう思ったら、“恐怖”で思わず力を入れて抱き締める。


すると、あいつの全身の力が抜けていくのが分かった。どうやら俺に身体を預けたようだ。


…ああ、“良かった”。少なくとも、俺は嫌われてはいない。そう思ったら何故か酷く安心してしまった。



「……何があったか話せ」


ようやく流実も己も落ち着いたところで聞く。


しかしあいつは黙ったまま。

正直に言いたくないのか、まさか葉を庇ってるのか。


(……こいつは、どれだけ人に甘いんだ)


また不快感が起こる。

人に甘いから、人に付け入れられると分かってない。


苛立ちを隠す為、あいつを離して立ち上がる。

ふと、キッチンに“異変”を見つけ、確認するため近付くと―――そこにはまな板につき刺さった包丁があった。


「何だこれは」

「えっ……」

「―――“犬”がやったのか」


確認するように流実を見れば、再び顔が青くなっていた。



―――その表情を見た瞬間。

遂に、自分の中で抑えていたモノたちが溢れ出した。


『死神』を宿した俺が一番考えてはならない事。自覚してはいけないはずの“それ”。


一度気付いてしまえば、もう戻れない。

それが分かっていたから、ずっと何も考えなかったのに。



―――『こいつは、“――――”だ』


何処か遠くで、死神の声が聞こえた気がした。






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