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第35話 世界を変えるには、たった一言でいい


(じん)視点◇


イソラ駐屯地北塔の執務室にて。

無事に駐屯兵の療養も終わり、今まさに始まった祝賀会の真っ只中、何とかして宴会に連れ出そうと躍起になる世話係と、何としてでも参加したくない総司令官の攻防戦が繰り広げられていた。


「何度言わせる。俺は暇じゃねぇ」

「今回は駐屯兵の皆さんが靭さんと飲むのを楽しみに待ってるんです」

「行かん。…というか、お前ここ最近ずっと俺の名前呼んでんぞ。直せ」

「良いじゃないですか少しくらい」

「……どっちの返事だそれは。名前か宴会か」



昨日、ようやく執務室に戻って来た時は、何故かしおらしく少しだけ緊張気味に俺をチラチラ見ていたというのに…


宴会の話になった途端、コレだ。こいつには遠慮というものが全くない。

俺をバカ呼ばわりできるほどだ。遠慮なんて言葉そもそもないのかも知れない。

……言われて腹も立たなかった俺も俺だが。



「ちょっとだけ出席しましょうよ」

「……そう言って前回は飲み比べまでした」

「それを始めたのは靭さんでしたよ。今回は断れば良いじゃないですか」

「おまっ…誰のせいだと!」


きょとんと首を傾げる己の世話係に思わずぐっと言葉を詰まらせる。

“勝ったものに流実(るみ)の『(ほまれ)』を与える”その意味も分からず了承したこいつのせいで、深酒をする事になったとは口が裂けても言えない。


『誉』とは本来武勲を挙げた男に対し、その報酬として指定した女を嫁娶させる事だ。

今ではそんな意味では使わない。大体が賭け事として、女が男に口付けする程度か。


……だが、それを知らぬとは言え拒否しなかったのが腹立たしかった。

俺が勝ったから良いものの、他の男が勝ったらどうするつもりだったのか?危機感がないにも程がある。


「とにかく俺は行かん。行きたきゃお前一人で行け」


書類に目を通しながら言い放つ。すると、暫くして


「……じゃあ、少しだけ顔を出して来ますね」


と流実が答えた。

予想外の答えに、つい「は?」と間抜けな声が出る。


「カイルさんと約束していたので顔を出します。挨拶したらすぐ戻ります」


ピクリと反応する。……何処かで聞いたような名だ。


「…あの医療班の男か」

「そうですよ。ずっとお世話になっていた人です」


心の中で悪態をつく。

確かここに来て初日だ。人目のつかない石畳の階段でこいつと二人きりでいた…あの金髪碧眼の男か。


「じゃ、行ってきます」

「―――っ」


パタンと扉が閉まる。咄嗟に椅子から立ち上がり……そして、「はぁ」とため息を吐いて座りなおした。


目の前には積み上がった書類の山。

確かにあいつがここにいてもこの山が無くなることはないだろう。これは自分がやらなくてはならない。だが。


「本当に、何なんだあいつは」


つい、吐き捨てた。

俺の側にいたいから世話係に戻せと泣いたり、一緒じゃないなら寂しいとか言うくせに平気で俺以外の男の元へ行く。

そう考えるだけで得体の知れない苛立ちが湧き上がった。

感情を抑え、仕事に意識を向けようと手を伸ばしたところで、指先に当たった資料がバサリと地面に落ちる。

それを見て出たのは、苦々しい程の舌打ちだった。




◇◇◇◇



夜も深い時刻。

番兵や医療班、ガダ中佐や酒に弱いリリィなどは早々に退席する中、紅族や駐屯兵の非番組が祝賀会の余韻を楽しんでいた。

そんな中、とろんとした表情のカイルが玄武(げんぶ)と共に部屋の隅でゆっくりと酒を飲んでいた。


「カイル殿。もう暫くすれば来ると思うぞ」

「えっ!?」


見兼ねた玄武が口を開く。すると、ビクリと肩を揺らしたカイルが思わず聞き返した。

その姿は、誰が見ても酒に強くないと分かる。無理をしてでも総司令の世話係を待ちたいと分かるカイルに、つい玄武は、放っておけず一緒にいた。


「…ようやく、来たかな」


ピクリと入り口に耳を向ける玄武に、思わずカイルは姿勢を正す。すると、恐る恐る入ってくる流実の姿が見えた。


「!るー…」

「流実殿!」


その瞬間だった。

入り口付近で飲んでいた駐屯兵が声を上げた。声をかけられた流実も知り合いだったのだろう、こちらに気付く前に誘われるまま話し始めてしまった。


「どうやら約束があるのは我々だけではないようだな」

「……まぁ、あいつ人気だからな」


そう言うと、プイと顔を背け残りの酒を煽るカイル。

流実の噂は医療班にまで聞こえていた。

今まで姿を見せなかった総司令の世話係がとても可愛らしいという事。そして優しい気質だと言う事を。


―――そんな事、言われなくても分かってる。

カイルはつい、心の中で返す。

世話係に戻る前は医療班にいたのだ。それだけではない。頑張り屋で少々頑固なところだってある。余程自分の方が知ってるのに…でも。


チラリと流実がいる方を見る。

すると、見慣れない者達が二、三人集まって来ているのが確認できた。あれは、きっと紅族だ。


(紅族や…総司令の方がもっと知ってるんだろうな)


そう思うと、酷く滑稽に思えてくる。自分だけが流実を知ってる訳じゃない。


「あれは、シモンかな」

「? 知り合いでしたか。紅族とも親しいようですね」

「先日の戦で一緒だったんだろう」


玄武が流実の隣にいる青年の様子を伺うように言った。


(……ん?)


確か玄武は、彼らと同じ駐屯兵のはず。何故“だったんだろう”なんて言い方を?一緒に戦ってなかったのか?


「今更ですけど、玄武殿は向こうで飲まなくて良かったんですか?」

「はは」

「流さないで下さいよ。俺なんかに付き合う事ないんですよ?」


苦笑した玄武が盃を置く。カイルはつい首を傾げて隣の獣人を見つめた。


「自分は獣人だ」

「え?はあ、知ってますけど…」

「獣人が“亜人”と呼ばれている事もかね?」


その瞬間、カイルの表情がサッと凍りついた。

―――『亜人』。

主に、ヒトを蔑む時に使う言葉だ。極端に能力が低かったり、異質な力を持っている者を蔑視し………そして、それに関係なく獣人そのものを指す言葉でもあった。


「あれはずっと昔の話じゃ…」

「軍部にとっては、昔ではない」


カイルは思わず目を見開く。

少なくとも自分の周りには『亜人』の言葉を使う者はいない。まさか同じ駐屯地で未だ差別が残っているなど露ほど思っていなかった。


「カイル殿には申し訳ないが、自分は“向こう”で飲むよりも貴殿といた方が気が楽なのだ」

「そんな…おかしいだろっ…!!」


思わず、声を荒げてしまった。

その様子に驚いたのは何も玄武だけではない。どうやら広間の大部分に聞こえてしまったようで、それまで盛り上がっていた会場もシン…と静まり返った。


「カ…カイル殿。申し訳なかった。つい…」

「玄武殿は全く悪くない!!獣人というだけで亜人だと!?一体誰がそんな事を決めたんだっ!」


語気を粗くする。

未だ差別がまかり通っている軍が腹立たしかった。そのせいで、きっと命も、同じように軽視されているはずだから。


「…何だあいつ」


その時だった。

ポツリと、小さな声が聞こえた。思わず声の方向を睨めば、その目線の先に戸惑いの表情を浮かべる流実の姿があった。

咄嗟に自分のした事に我に返り顔を赤くして俯くカイル。


―――どうやら、随分酔っていたらしい。

駐屯兵達も少しずつ騒めきを取り戻していく。中には明らかなカイル達に対する侮蔑の言葉も混じっていた。


「何かと思ったら亜人かよ…」

「部屋の隅にいるから分からなかったぜ。隣の男は見ない顔だな?」

「どうも、医療班のようだぞ」

「ああ…なるほどな」


クスクスと嘲笑めいた会話が聞こえる。

カイルは黙って拳を握った。自分のせいで、玄武に余計な恥をかかせてしまった――。


今まで和やかだった広間は一転、空気が淀む。玄武はもちろんカイル、そして突然の出来事に流実も戸惑ったまま動く事ができない。


そんな空気を破ったのは、天真爛漫な少年だった。


「流実、あの人達だろ?ここで世話んなった医療班って」


あっけらかんとした笑顔で言ったのは天族の少年、アクバル・アルクだった。

ハッと我に返った流実が「はい」と返事をする。


「じゃそっちで飲もうぜ!」

「は、はい。あ、皆さんありがとうございました。また機会があれば…」

「そんなのいーって!早く早く!」


アクバルに合わせるように華族の少年、凪も流実を引っ張って行く。それに焦ったのは駐屯兵のシモンだった。


「アクバル殿…!」

「シモン、また飲もーな!」


呼び止める声も虚しく、三人はその場から移動していく。

一方で驚きを隠せないのがカイルと玄武だった。


「あんたがカイルだよな?俺アクバル!よろしくな!」

「よ、よろしく?」

「俺は凪。よろしく〜」


先に到着したアクバルと凪はまずカイルに挨拶をした。

そして、隣に座る獣人の玄武を見つめ、ゆっくり凪が口を開く。


「貴方が玄武さんだよね?」

「……ああ」

「やっぱり!この前の戦場でさ、流実守ってくれたヒトでしょ?ありがとね〜!」

「いや、自分はあの時、守っては…」


満面の笑みで礼をする凪に本気で戸惑う玄武。

そこへ畳み掛けるようにアクバルがこの場で一番の爆弾を落とした。


「いや、一緒にいてくれただけで助かるよ。流実さぁ、猫族の癖に何の力もないからさ!」


キャッキャと笑いながら直ぐにその場に馴染んでいくアクバルと凪。二人の会話が聞こえた駐屯兵はそれまで睨んでいた表情をサッと硬くした。 


―――“猫族の癖に何の力もない”。つまり『亜人』であると、この者達は言ったのだ。

彼等は知らぬうちに、流実までも蔑んでいた事になる。よりにもよって、総司令官の世話係を。


「……口は災いの元ってな」


石のように固まった駐屯兵の背後で静かなダミ声が響いた。

彼等が呆然と振り返ると、先程まで気を良く話していたオレンジ髪の狼族の男が静かに睨んでいた。


「ガレア…殿」

「“亜人”ね。そんなの久しぶりに聞いたぜ」

「!」

「“紅族”にいると何も感じねーならな。忘れてたわ。……じゃ、俺も向こうで飲むわ」


そう言うと、ため息を吐いてその場から去る。後に残された駐屯兵は、気まずそうに俯くしかできなかった。



「カイルさん玄武さん。すみません、折角来てくださったのに」


申し訳なさそうに言った流実に、カイルが「こっちこそ、盛り上がってたとこごめんな?」と慌てて返す。

一方で隣の玄武は、何故か眉尻を下げて辛そうな表情で流実を見つめていた。


「流実殿…。すまぬ」

「え?」

「自分のせいで、お主も亜人だと知られてしまった」


思わずポカンと玄武を見つめ、首を傾げる流実。

先程から出てくる『亜人』という言葉。その意味を流実は知らなかった。


「ごめんなさい、亜人って何ですか?」


つい、質問をしてしまった。

これには一瞬間が空き…そして、次の瞬間には爆笑の渦に飲み込まれた。


「あーっはっは!!確かに!確かに流実は分かんねぇよなぁ!」

「えっ…アクバルさん!?」

「マジで言ってんの流実?ウケるんだけど!」

「凪さんまで!?」


目の前の同僚が笑い転げるのを戸惑いの表情で眺めていると、背後からもブッと吹き出す声が。


「嬢ちゃん…やっぱ天才だなぁ」

「ガレアさん…!え、何なんですか一体?」


一人訳が分からないまま困っていると、アクバルが涙目になりながら教えてくれる。


「亜人ってのはさ、普通と違うヒトの事だよ」

「……でも、皆さん一人一人違いますよね?」

「! その通りだよな!」


更に笑い転げるアクバル。

流実には、まさに「?」の事態である。それ程楽しい…もとい、変な事を言ってしまったのだろうか?

え?私が人間だから、よく分かってないだけ??


「…あの、私変な事言ったんじゃ」

「いや、何も変じゃねぇよ。嬢ちゃんが正しい。…族長が変わるのも分かるわ」

「え?」

「そ。良いなぁ流実。俺好きになって良い?」


そう言いながら抱きつくアクバル。

もう彼からのスキンシップには慣れた流実は為すがままにそれを受け止める。が、すぐにガレアに引き剥がされてしまった。


「嬢ちゃん、嫌なら嫌って言えよ?」

「嫌って何だよ!そんな事ないよな!」

「…とにかく、私はカイルさんにも玄武さんにもとてもお世話になりました。なのでそれだけはきちんとお礼をさせて下さい。…本当にありがとうございました」


深々とお礼をする流実。すると、カイルも玄武も……何故か、凪までも流実に対してお礼を言った。


玄武は「本当に、感謝する」と頭を深く下げられ、凪は泣きそうな――でも、嬉しそうな不思議な表情で流実を見つめていた。

一体、自分は何をしたのか……この時の流実は、まだその意味を分からなかったのである。



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