表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/33

第32話 賭けのゆくえと初めての微笑み


……あれから何十杯グラスを空にしたのだろうか?


そう言えば(じん)さんがお酒を飲む姿を初めて見たなぁ。

流実(るみ)は目の前の光景が信じられなくて、ついつい現実逃避をするようにそんな事を考えていた。


杯をゆっくり傾けるその姿は一枚の絵画のように美しく、靭を取り巻くほろ酔いの者達は思わずゴクリと喉を鳴らす。

―――が、足元を見れば倒れた酒瓶と共に酔い潰れた男達が真っ白い顔で転がっており、地獄絵図が広がっていた。


「どうした。まだ残ってるぞ」


注がれた酒を余裕で飲み干した靭は目の前の部下を煽る。それに顔を真っ赤にさせ、目を据わらせた男が「っまだ行けラァ!!」と言って残りの酒を一気に流し込んだ。


「……?おい…?」


反応がなくなり固まったままの男にアクバルが心配そうに肩を揺らす。すると、男は杯を傾けた状態のままその場に倒れてしまった。


「何だ。早かったな」


鼻で笑った靭の圧勝である。これでガレアに始まった飲み比べは彼が七連勝した事になった。


「っ…信じらんねぇっ…」

「どんだけ強えんだよっ…勝てる訳ねぇ!!」

「途中から更にアルコールが強いものに変えたってのに…」


最初はチラチラと確認するだけだった者も、靭が勝利する毎に、興味をそそられ近付いて来る。

それは段々と増えていき、遂に紅族(べにぞく)全員がこの飲み比べの行方を追って騒ぎ立てていた。


一体この男は何なのか。何故倒れないのか。

今や彼等は靭を『死神』、あるいは『闇方(やみがた)軍総司令官』だと言う事を完全に忘れ、恐ろしいまでの『酒豪』として畏敬の目で見つめている。


「他には?」

「っ…お、俺が…」

「なら、もっと強い酒にしろ。水分ばかり摂れるか」

「!?」


その発言に、違う意味で再び会場が静まり返った。

―――あのほぼアルコールのような強い酒を水分だと……?一体、どうなっているんだ。

各々が似たような感想を腹の中で唱える。そして、ため息を吐いたギルバートが場の空気を読んで告げた。


「これはもう、文句なしですね。族長の圧勝です」


―――その瞬間、会場がワッと歓声に包まれた。


「っすげぇっ…!こんな戦い初めてだぜ!」

「ガレアを潰した時点で驚いたが…俺らの族長は戦だけじゃねぇ、酒も負けなしかよ!」

「それよか、まさかここまで乗ってくれるとはな」

「俺も思ったぜ!無愛想なだけでノリ良いじゃねーか!」

「はは、分かりにくいけどなぁ!コレが族長なんだろうな」


興奮の渦に包まれた場は、それぞれが思い思いの言葉を発していた。

そして、それは彼に対する印象が変わった事を告げており、言われている本人は少し戸惑っているものの、表情を見る限り嬉しいのだと流実には分かった。


(良かった…。もう大丈夫)


流実は彼らを見て心の底から安心した。


―――ようやく目的とするものが叶ったのだ。

彼は不器用なだけで優しい人だと。死神という色眼鏡を取りさえすれば、必ず良さを分かってくれるのだと。

それを……無事に叶える事ができた事が嬉しくてたまらない。


彼の認識さえ変われば、後はきっと上手くいく。だって、本当に良い人だから。


(きっと、これから皆と関係が良くなっていくはず)


キュッと胸が温かくなる。彼が――独りじゃないって思ってくれたら、それだけで嬉しいから。


「あーあ、折角の流実の誉を貰えるチャンスだったのにさぁ。惜しかったぜ!」

「それ今のを見て本当に思ってるか?」

「いや、手を挙げなくて正解だね!命拾いしたぁ」


ふと、その会話で今更『誉』の存在を思い出す。そして勝利した己の主人を見つめた瞬間、ため息を吐いた本人が席を立った。


「もう充分だろ。そこに転がってる阿呆共に明日きちんと掃除をさせとけ」

「アイアイサー、族長」


ニヤリと笑った凪が返事を返す。

その隣では同じくニヤついたアクバルが、大広間から出て行こうとする靭に声をかけた。


「………んで?誉もらうの?」


ピタリと靭の足が止まる。そしてゆっくりと振り返り、アクバルを見据えた。


「お前も掃除がしたいのか」

「―――と!じゃ、おやすみなさーい!!」


とばっちりは御免とばかりにワザと明るく手を振るアクバル。靭も何とも言えない表情をして、そのまま広間から出て行ってしまった。


こんな掛け合いも、初めて見る。一度の宴会でここまで変わるなんて…。

それより、結局『誉』が何なのか分からないまま飲み比べは終了したらしい。

無事に終わったけど……本当に大丈夫なのだろうか?あれだけ大量のアルコールを摂取したら、普通の人間なら病院送りだけでは済まない。実はもの凄い痩せ我慢してるのでは?


「心配でしょ?行って良いわよ」

「えっ…でも」

「おっ。まさか自らやりに行くのか!?」


心配そうに靭が出て行った先を見つめる流実に、アクバルが身を乗り出して突っ込む。それに、リリィが呆れたようにため息を吐いた。


「んな訳ないでしょうよ。流実は単に族長が心配なだけよ」

「流実さん、気にしないで。羽目を外した罰として、彼らにトイレ掃除の前に片付けて貰いますので」


そう言ってギルバートとリリィは苦笑した。

流実は、お言葉に甘えて先に帰ってしまった己の主人を追うのであった。




◇◇◇◇



東塔から北塔へ向かう道中、流実はゆっくり歩を進める靭を見つけて駆け寄った。


「靭さん!待って…」

「…何だ」

「あの、大丈夫ですか?気持ち悪くなったりしてないですか?」

「そう見えるか?」


振り返って答える靭。見えない。

少なくとも先程から一切表情が変わっていない。だからこそ逆に怖いのだ。


「靭さんってびっくりするほどお酒強いんですね?」

「さあな。神憑きだからだろ」


また歩き始めた靭に慌てて着いていく流実。

神憑きだから?言われた言葉が分からず、つい「どういう…」と質問すると。


「特異体質になるんだ、色々とな」

「えっ?!それって…騙し…」

「聞かない方が悪い」

「久しぶりに聞いた!」


お決まりのセリフに呆れたように突っ込む流実。

まさか、彼のアルコール耐性は神憑きのお陰らしい。


「もう!心配して損しました」

「心配したのか?」

「そりぁしますよ!尋常じゃない程飲まれてましたからね。もし途中で倒れたらどうしようかと思って追いかけてきたのに」

「……“誉”をしに来た訳じゃねーのか」


それに少しだけドキリとする。

…未だに『誉』が何なのか分からない。だから余計に、言われた意味を考えてしまう。


「……それより、怒ってますか?」

「別に」

「あ、怒ってますね」

「しつこい」


怒ってますよ!

だって飲み比べが始まったくらいから「怒ってます」オーラが出てますからね!返事も短いし!そしてそれは、今も続いている。


(…やっぱり無理矢理連れてきたのが悪かったのかも)


彼は初めから乗り気ではないと分かっていたのに、半ば強引に連れて来てしまったから…。

結果として成功しても、靭の機嫌が悪ければ元も子もない。


「……宴会あまり好きじゃないのに、連れて行ったから…」

「お前本当いい度胸してるよな」

「! ごめんなさい!どうしても……参加して欲しくて」


返事の代わりに、足を止めてじっと見つめる靭。

何故そうしたのかと視線が聞いている。その瞳に耐えかねて、つい流実は下を向いた。

暫くすると、はぁ、と小さなため息が聞こえ足音が遠ざかって行く。どうやら呆れられたようだ。


「っ待って下さい。別に変な意味では…」

「じゃあ何だ?俺を珍獣扱いしたかっただけか」

「―――逆です!!」


ついカッとなって叫んだ。

違う。別に辱めたかった訳じゃない。皆に良さを知ってもらいたかっただけだ。


「皆の誤解を解きたかったんです。こんなにも靭さんは良い人なのに、それを分かって欲しかった。仲良くなって欲しかった。だからあの場に連れて行ったんです!」


ふと、靭の足が止まった。

振り返る事もなく、その場に立ったままで。

少し不安になり己の主人を呼ぶ。でも、彼はその場に立ったまま一歩も動かない。


「……あの…?」


不安になってつい恐る恐る話しかける。すると、無言だった靭がようやく口を開いた。


「……お前は俺とあいつらを“仲良く”させて、どうしたいんだ」

「えっ…?」

「世話係を辞める気か?」


ドキリと、心臓が嫌に高鳴った。


(―――世話係を、辞めさせられる?)


「あ、あの…私、そんな怒らせるような事…?」


ようやく、靭が振り向いた。

真意を問うように真っ直ぐに見つめてくる。……その瞳が、少しだけ揺れているのを感じながら。


――なんで?

こんな事を言われるくらい、地雷を踏んでしまったのだろうか?そんなに宴会嫌だったの?

……世話係を辞めさせられるなんて嫌だ。だって…


「っ約束したのに…」


思わずポツリと本音が溢れる。


「側にいていいって、言ったのに!あれは…嘘だったんですか?」


ジワリと胸から何かが溢れてくる。

ふと彼を見上げれば、その弾みでボヤけた瞳から一筋の涙がこぼれてしまった。


その時だった。

目が合った靭がそのまま近付いてきたかと思うと、その流れた水滴を拭うように頰に手が触れたのだ。


「……泣くな」


低い掠れ声が囁く。

―――その瞬間、ドクン、と痛いほどに心臓が鳴った。


その透き通った藍瞳が微かに揺れ、固まった表情の自分が映り込んでいた。

何故、この状況でこの顔になるのだろうか。

怒ってはない。そう、怒っては。どちらかと言うと…?


やがて、苦笑するような、でもどこか優しいような。まるで…愛しいものを見つめるような。



―――そんな顔で、初めて彼が微笑んだ。



「―――っ!?」

「冗談に決まってんだろ」


心臓が口から飛び出るかと思った時、彼はフッと触れていた手を仕舞った。

ようやく呪縛が解けたように、自分がされた事を理解した流実が「靭さんっ!」と声を荒げた。


「揶揄ったんですか!?」

「別に」

「言っていい冗談と悪い冗談がありますよ!!」

「お前が変な事言うからだ」

「変な事!?靭さんの良さを皆に分かってもらう事が変な事ですか!?…この酔っ払い!!」


つい思った事をそのまま口に出してしまう。

それに、「はぁ?」と口調を荒くした靭が流実を見る。


「世話係を辞めさせられるんじゃないかと、本当に悲しくなったのに!」

「成る程?そんなに俺の側にいたいのか」


軽い冗談だと思ったのか、鼻でせせら笑った己の主人に流実は久しぶりに頭に来てつい大声を出した。


「その通りです!!」


それだけ言ってその場から走った。

何だか無性に腹が立ってムカムカする。少し離れた場所まで走ると、睨むように靭を見てから「バーカ!」といってそのまま走り去った。

後に残されたのは本気で驚きポカンとした表情のままの靭だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ