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第30話 嫌いな宴会に行く理由は


(じん)視点◇


「あー、やっぱ総司令の世話係は可愛いなぁ」

流実(るみ)殿だろ?俺は笑って話してくれるようになったぞ」

「マジかよ!お前いつの間に…」

「試しに話しかけてみろって。最初はぎこちないんだが、慣れたらちゃんと返してくれる」

「野良猫かよ」


用事が終わり廊下を歩いていると、突き当たりに数人の兵士が雑談しており、思わず眉をひそめた。

南國パラマ地区を陥落させてから四日。駐屯地は以前と同じ落ち着きを取り戻しつつあり、兵も雑談する余裕が生まれていた。

自分がそんな兵の会話を耳にしたのは、全くの偶然であった。別に盗み聞きするつもりは無かったが、そう声が大きくては嫌でも耳に入る。

駐屯兵も後ろを歩くクロノア―……靭に気付かないようで、廊下を歩きながら更に話を続けた。


「この駐屯地専属の世話係になんねーかなぁ」

「なる訳ねーだろ」

「もしそうなったらどうする?」

「そりゃ今のうちから仲良くなっとかなきゃな」

「はは、じゃあ、早いもん勝ちだな」


思わずピタリと足が止まる。


「まあ、あんなに可愛いんだし男いるだろうな」

「まさか?ずっと総司令の世話係らしいぜ?」

「だから、その総司令と…」

「それこそないだろ。“あの死神”だぞ?」

「…だよなぁ」


「有り得ないな」と笑い合う声が遠ざかっていく。

悪気のない兵士の会話に、ここ最近感じる不快感がジワリと広がっていく。


「―――靭さん?」


黒い気持ちが湧き上がったところで、背後から己の世話係の声が聞こえた。咄嗟に振り向くと、当の本人は何故かガタと同じようにギョッとした表情で固まった。


「ごめんなさい、お邪魔でしたか?」

「……別に。それよりこんな所で名を呼ぶな。誰が聞いてるか分からん」

「あっ」


本当につい言ってしまったのだろう。慌てて周囲を確認する。


「次から気を付けろ」

「そうします。ごめんなさい」

「ちょうどいい。お前は俺の事を…」

「え?」


流実のキョトンとした表情を見た瞬間、我に返る。

――― 一体何を聞くつもりだったのか。


(……馬鹿らしいにも程がある)


「あの…?」

「…いや。何か用か?」

「あ、そうそう。本題がありまして」


綻ぶように笑いながら答える流実。

……この笑い方はこいつが安心している時に見せるものだ。しかも、駐屯兵には見せていない。

そう思うと何故か先程までドス黒く染まった心が解けていく。思わず「何だ?」と言った口調が柔らかくなった。


「宴会に行きましょう」

「―――は?」


一転、意味が分からず思わず声を上げる。


「何の話だ」

「祝宴ですよ。ガダ中佐には既に了承頂いています」

「何だと?…駐屯兵か?」

「はい。あ、でもその前に、紅族だけでやりたいと」


確かに演習も侵攻も何もできない状況での待機は鬱憤も溜まる。その上戦が終わってまだ日が浅い。昂ったままの神経を持て余してるのだろう。


だが、ここは戦場だ。いつ敵が攻めて来るか分からない。判断の鈍る酒など以ての外で、許可などするはずはない。


―――しかし。

思わず眉を顰めて世話係をチラリと見た。

こんな時に限って泣きそうな顔をしやがる。約束をした手前、こいつに泣かれては困るのだ。


「大々的にはやるなよ。……好きにしろ」

「! ありがとうございます。皆さん楽しみにしてたんですよ!靭さんも―……」

「せいぜい羽目を外さんよう目を光らせとけ。今日はもう上がっていい」

「えっ、靭さんは…」


小さくため息を吐き、その細い腕の中にある新しい書類を取り上げる。


―――俺には関係のない事だ。

連中がたまに宴会をしている事くらい知っているが、もちろん一度も顔を出した事はないし、出すつもりもない。

こいつは参加するのだろうが、紅族ならば見知った顔なので問題はない。

そんな事を考えながら居室へ戻ろうとして、何か言いたげな表情で見つめている世話係には敢えて気付かない振りをした。



◇◇◇◇



東塔の大広間では、既に準備を終えた面々が今か今かと宴会が始まるのを待っていた。幹事であるアクバルはリリィと広間に入って来た流実を見ると笑顔で声を上げた。


「流実!」

「アクバルさん。準備万端ですね!」

「もちろん!それより、よく族長の許可貰えたな!」

「羽目を外し過ぎないように、と言われましたよ」

「任せとけって!サンキューな!」


余程嬉しかったのかニカッと笑い、流実に抱きつく。もう以前のように悲鳴を上げなくなった流実は、苦笑いしてされるがままに身体を預けた。


「嬢ちゃん。族長の許可って本当なのかよ?」

「ガレア。アンタもう呑んでんの?」

「硬いこと言うなリリィ。羽目を外しちゃダメだって事はつまり、酔い過ぎるなって事だからな!」

「あはは、ガレアさん。酔い過ぎても私が怒られるだけなので大丈夫ですよ」

「……程々にしとくわ」


オレンジ色の髪を掻いてその場からすごすごと去って行く同僚にリリィは大きな目を更に大きく開いた。


「流実。アンタは族長といいガレアといい猛獣使いの才能あるわ」

「? どういう…?」

「いえ、何でもないのよ」


そんな会話をしているうちに、最後の参加者であるギルバートがやって来た。これで宴会は無事始まるだろう。

流実はリリィと挨拶を交わし、こっそり立ち上がる。それに気付いたアクバルが焦って引き止めた。


「これから始まるのにどこ行くんだ?」

「クロノアさん仕事してるのに、私だけ楽しめませんから戻ります」

「……らしいわ。意外と頑固なのよ」


困った顔で見つめるリリィの隣で、頭を下げて帰ろうとする流実。

すると、寂しそうな表情をしたアクバルが少し沈黙し…そして、次の瞬間パァと明るい笑顔になった。


「だったら、族長連れて来いよ!」




◇◇◇◇



◇靭視点◇


自分以外誰もいない部屋にペンの走る音が響く。

サインが終わった書類を右に置き、左に積まれた新しい書類を確認していく。その繰り返しを何十回とした頃、思わず口からため息が漏れた。


一向に終わる気配のない書類の山にほとほと嫌気がさしてくる。つい、途中まで読んだ書類をバサリと机の上に投げ捨て、背もたれに深く寄り掛かった。


戦闘がある時はいつもこうだ。

数日書類業務ができないせいで溜まる仕事に加え、寝不足で判断力が鈍る。

…まあ、あの“狭間の森”に行かなければ寝不足になる事もないのだが。


(……クソ。あいつ自分から世話係に戻せと言った癖に)


あれ以来、あいつは“森”にも来やしない。

疲れてボヤける視界も相まって、つい目頭を強く揉む。


いつもならホットタオルを持ってくる頃合いだ。あいつはそういったものを何故かタイミングよく持ってくる。無くても問題ないのだが、一度経験すると、それが無い事に苛立ってくるから全く以ってタチが悪い。

今頃あいつは紅族の奴等と宴会を楽しんでいる事だろう。

そう思うと、普段は何も感じない宴会すら腹が立ってくるから始末に負えない。


コンコン。

ドアを叩く音が響く。疲れのせいか気配が読めなかったが、どうせガダかふむるだろうと返事をした。


「お疲れ様です。そろそろ、休憩しますか?」

「っ…」


今さっき想像したばかりの人物がいつも通り茶とホットタオルをもってやってきた事にギョッとし、思わず変に空気を飲み込んでしまった。


一方、あいつは俺の様子に気付かず、いつも通り茶を置いてホットタオルを手渡してくる。そこでようやく、差し出したものを受け取らない俺に目を合わせて少し首を傾げた。


「…宴会はどうした?」

「あ、さっき始まりました。約束通り、お酒はあまり飲まないそうです」

「じゃなくて、お前は。参加したんじゃないのか?」

「宴会の準備をして来ただけです。―――冷めない内にどうぞ」


言いながら渡してくるホットタオルを、ゆっくり受け取った。

―――いつも通りじわりと温かいタオルは手の平から身体中に行き渡るかのように心地よい。

温かいタオルを目に当てる。そうする事で更に血が通うようだった。暫くそのままでいると、近くの椅子に腰掛ける音。


…本当に、俺と一緒にいるという事らしい。

そう思った途端、何故か苛立った気持ちがスッと落ち着いていく。ホットタオル越しに頭の奥まで温まる気がして、つい気も緩んだ。


「……きだ…」

「え?」


少し離れた所から聞き返す声がする。


―――何を言ったんだ、俺は。


無意識に出た言葉にじわりと汗が滲む。なるべく自然にタオルを外し、「これが良いと言ったんだ」そう言ってタオルを振った。

すると、あいつは「良いですよね、ホットタオル」と言って笑っていた。そうだな、聞いてなくて良かった。


気持ちを切り換えるように息を吐いて仕事を再開させる。

少し休憩を挟んだせいか、先程よりもだいぶテンポ良く進み、二時間程で仕事が終わった。


「お疲れ様でした」

「ああ。もう良いぞ、宴会に行っても」

「え?」

「奴等の事だ。まだしてるだろう。…行ってこい」

「靭さんは?」


何言ってんだと怪訝そうに見れば、とても悲しそうな表情でこちらを見つめていた。その顔を何故か直視できず、直ぐに目を逸らしワザとらしく目頭を揉んだ。


「行く訳ねーだろ」

「……じゃあ、私も参加しません」


はぁ?と思わず声を上げる。


「俺に遠慮する必要はない」

「遠慮はしてないですよ。…靭さんが一緒じゃないので、寂しいだけです」


心臓がドク、と鳴った。

咄嗟に世話係を見ると今にも泣きそうな横顔。それを見て、今度はギクリと焦燥感に駆られる。


「考えてもみろ。やつらの宴会に俺が参加したらどうなる?酒が不味くなるだろ」

「…遠慮してるのは、靭さんの方じゃないですか」

「いや別に」

「そういう優しさが皆に分かって貰えないのが…寂しいんです」


いよいよ眉がふにゃりと曲がり、声が震え出してくる。


「おい、泣くな」

「泣いてません。本当に…一緒に行って欲しいだけで…」

「―――ああ、クソ!」

「!」

「分かった。分かった。行きゃ良いんだろ?」


そう言った瞬間、目を潤ませながらパァと明るい表情になった。……まさか確信犯じゃないだろうな。


「嬉しいです」と笑顔でこちらを見る姿に、小さくため息を吐く。

……全く、どういうつもりなのか。嫌いな奴が宴会に来たところで双方気分が悪くなって終わるだけだ。そんな分かりきった事、何故させようとするのか。


「少し顔を出すだけだ。…行くぞ」


面倒臭い上に気は進まないが仕方ない。こいつに泣かれる方が余程落ち着かないのだから。

そう思って部屋から出ようとした矢先の事だった。

ドアから酒臭い匂いとよく聞くダミ声、そして見知った姿が勢いよく雪崩れ込んで来て、思わず心の中で舌打ちした。



ブクマ・評価ありがとうございます!!励みになります泣

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