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第27話 助けてくれたのに


(じん)視点◇


血に染まる。見るもの全てが、赤くなっていく。


走りざまに振り下ろした大鎌から、この日何十回と繰り返した重い衝撃と肉が裂ける感覚が伝わり、靭は思わず柄を強く握った。


『―――殺せ、殺せ!

眼に映る全てのモノを破壊し尽くせ!歯向かう敵を蹂躙しろ!』


温かい血の匂いと断末魔の叫びに興奮した死神(アギル)が下卑た笑い声を響かせる。靭は心の中で舌打ちすると、周囲に兵がいない事を確認し、足を止めた。

意識を集中させ、頭の中で鳴り響く不快な声を抑えつける。すると、せせら笑う様にその声はピタリと止んだ。


(全く、毎度忌々しい)


今度は声に出して舌打ちし、大鎌にこびり付いた血糊を落とす。周囲を見渡せば、依然砲撃音と兵の雄叫びが至る所で聞こえていた。


(……左翼はまだか)


―――己の指揮する“主翼”はとうに合流地点に到達している。だが、もう一つの“左翼”隊が未だ来ない。


今回の作戦は至ってシンプル。兵を主翼と左翼の二つに分け、合流と同時にパラマ砦を陥落させる。それだけだ。

高台から全てを見下ろされる戦場で、小賢しい作戦など意味はない。戦況を変えるのは圧倒的な戦力差と、兵の士気だ。だからこそ自分が単騎で突き進む必要がある。


靭は静かに高台を睨み付ける。


前方の高台には、恐怖に顔を引きつらせた敵兵。

後方には、血の海。

―――見なくとも分かる。後衛の味方も、前方の敵兵と同じ表情をしている事くらい。


その心を感じ取った死神が再びくつくつと笑い声を上げ始め、靭は無理矢理意識を集中させた。


さすがに朝から単騎で戦い続ければ疲れも出る。

しかし、疲れや苛立ちは敵兵に悟られる。だからといって全ての感情を無にすれば、この身体は簡単に死神に乗っ取られ、純粋な殺気だけの化け物になる。


敵にも、死神にも、―――味方でさえ弱味は見せられない。


そう思った時だった。

砲撃音が鳴り響き、ワッと叫喚が響いた。

チラリと目線だけ動かし、その元を確認すれば、遠くに見える左翼に旗が幾重にも重なって移動している。


(あの戦旗は、サバランか)


本人がいるかどうかは怪しいが、数が多く左翼が押されている。あの前衛が崩れれば突破口が開き、一気にイソラ地区内部へと敵兵が進むだろう。まず陥落するのは近隣にある東塔だ。



あそこは今、己が休暇を言い渡した世話係も居るはずだったか。



「―――前衛はこのまま進め。後衛は柵を設置しつつ前進。左翼が合流するまで敵の数を少しでも減らせ!」


再び舌打した靭は、声を上げて後方の味方に指示を出すと己の副長に目を合わせる。


「向こうは俺がやる。それまで指揮しろ」

「お任せを」


ギルバートが頷いたのを確認した靭は、再び死神の声が上がるのを無視しながら戦旗が翻る場所へと向かって行った。




◇◇◇◇


―東塔―


時間が経つごとに激しさを増す砲撃音に首を竦ませた流実(るみ)は、震える手で何とか患者の包帯を替えていた。


「応急処置ですみませんが、安静にお願いします。水はここに置いておきますね?」

「ああ、すまぬ」


患者はイソラ駐屯兵だった。そして、流実にとって初めての獣人でもある。

彼等は顔は獣、身体はヒト。そして全身は毛で覆われており、ヒトよりも更に大柄な体躯を持っていた。

この患者は大きな耳と牙を持つ狼の獣人だ。顔は狼なので年齢は推し測れないがその古風な喋り方から相当歳上だろう。


その瞬間、近くで大きな砲撃音と地響きがして、流実は大きく身をすくませる。


(やっぱり……さっきから近付いて来てる気がする)


砲撃音も、叫び声も、来た時より段々大きくなっている。

もしかして、ここが狙われてるんだろうか?

覚悟を決めたというのに、やはり恐怖は隠せず、再び落ちた砲撃音につい小さく悲鳴を上げる。


「そんなに怖がらんでも良い。――おお、総司令が来たようだ」

「え!?分かるんですか!?」

「獣人はヒトより更に五感に優れるからな。……これならこの塔も安心だろう」


―――靭さんが、近くにいる。

安心すると同時に、やはり心配になった流実はつい顔を伏せる。すると、狼の獣人は目を細めて笑った。


「戦場で働いてるというのに、疎い娘もいるものだな。総司令が来なければ、ここにいる全ての者が殺されるかも知れないのだぞ?」

「……えっ…」


なんて事ないように言う彼に、流実は言葉の意味が一瞬分からなかった。だが、段々その意味が分かってくると改めて鳥肌が立つ。

―――そんな時だった。カイルが流実を呼んだ。


「っカイルさん、何でしょう?」

「担ぎ手がまたやられた。今から死番に入るからここは頼んだ!」

「―――駄目です!」


咄嗟に出た言葉に驚いたのはカイルだけではなかった。言った本人だけではなく、隣の獣人も目を丸くしている。


「駄目っつっても、誰かが患者をピックアップしなけりゃ困るだろ」

「私も…私も行きます!!」

「はぁ!?それこそ駄目だ。お前は総司令の世話係だろ!」

「何と…この娘は総司令の世話係だったのか」


カイルとの会話に驚いたのは獣人だった。流実を見つめて呆然としている。流実はそんな事構わずに、ただ食い下がった。


「だからです!私は役に立ちたくてここに来たんです。クロノアさんが味方の為に戦うのなら、私は一人でも多く味方を助けに行きたい!」


口をついて出た内容は自分でも信じられないものだった。言った自分の方が、驚く程に。

でも――きっとそれが、心の底からの“本音”だったから。


じっとそれを聞いていた狼の獣人が、突如大声で笑い出す。驚いてそちらを見ると、獣人はひとしきり笑い終えて流実を見つめた。


「まさかあの総司令をそのように呼ぶ者がいるのだな。小さき世話係の何と豪胆なことよ」

「え…?」

「カイルとやら。心配無用だ、自分がこの娘の護衛をしよう」


そう言った獣人は、撃ち抜かれた左足をもろともせずベッドから降り立った。

驚いて仰ぎ見る流実に、目を細めて笑う。


「名は何という?」

「る、流実と…言います」

「流実殿。申し遅れた。自分は玄武(げんぶ)と言う」

「あの、足…?」

「猫族の術で塞がっておる。それより、先程のお主の演説で己の弱腰が情けなくなったのだ。思うように動けなくとも盾にはなるだろうよ」


戸惑ってカイルの方を見る。

いくら本人が良いと言っても、怪我人を戦場に戻す事はできない。カイルもそう思うはず……。と思ってたのに、予想とは違う反応だった。


「助かる。じゃあ行こう!二人共」

「えっ!?」

「ああ」


玄武と名乗った狼の獣人は少しだけ足を引きずりながらカイルに続く。

良いの!?と思ったが、この状況は確かに心強いと感じた流実は、二人に続いて東塔から出るのであった。




◇◇◇◇



―――赤黒い煙が至る所から上がっている。

金属がぶつかる音、砲撃の地鳴り、そして―――悲鳴。

ひりつくような熱風と共にやって来たのは、焦げ付いた匂いと…生臭い血の臭いだった。



―――何、ココ。


初めて目にする戦場は、地獄そのものだった。いや、それ以上かもしれない。

だって、生きているヒト同士が殺し合ってるのだから。


林の中から呆然と見渡していると、平地に時折『何か』が転がっているのが見えた。その『何か』は、ピクリとも動かず、時折兵に蹴られてはごろんと移動する。

―――そして、その『何か』の血塗られた顔の、閉じないままの目を見た瞬間……ゾワリと全身の肌が粟立った。



“死にたくない”。初めて、そう思った。



「―――っ…」


思わず、その場に倒れ込んだ流実に、慌ててカイルが「大丈夫か!?」と抱き止める。


「ご、ごめ…なさ……」

「やっぱり、流実はここに居ろって」

「そうだぞ。ここでは、足を止めたら死ぬのだ」


青白い顔の流実に、玄武も心配してそんな事を言った。

それに大きく首を振った流実は息を吐いて立ち上がる。


「ごめんなさい、眩暈がしただけです。足手纏いにはなりません」


自分の言った言葉を再確認するように拳を握る。

そう、自分は誰かの役に立ちたいと思ったんだから。それに――。


(……靭さんは、逃げてない)


こんな悲惨な戦場で、靭は逃げるどころか自分の足で道を切り開いてきた。だったら、自分も同じように、逃げてはいけない。


「医療班か!?」


その時だった。林に程近い場所からこちらに向かってくる駐屯兵がいた。その手には引きずるようにしてもう一人の兵がいる。


「腱を切られた。連れてってくれ!」


駐屯兵は引きずって来た兵を林の中に押し込むと、すぐさま戦場へ戻ってしまった。

残された兵は顔面蒼白で脂汗をかき、必死に足を押さえていた。その苦痛な表情につい「だ、大丈夫ですか?」とかけた声が震えてしまう。


「足が……立てない」

「立てぬなら、自分が運ぼう。良いかな?」


返事を聞く前に、玄武は軽々と兵を担ぎ上げ、立ち上がる。それに兵は苦悶の表情を滲ませて「頼む」と呟いた。


「すまぬ。一時ここを離れるが、直ぐに戻る」

「助かります!」


玄武は頷くと、その場から走り去っていく。

その背中を見送る前に、誰かが絶叫する声が聞こえた。


咄嗟に声の方向を見る。

―――そして……息を呑んだ。


叫んでいたのは、先程負傷者を運んでくれた駐屯兵だった。その彼が大きく揺れたかと思えば、無言で胸元を押さえたまま倒れ込んでいく。


「……っ!」


カイルを見る。しかし、カイル自身も返事ができずにただ、首をわずかに振るだけ。

その内に、兵士の背中が小刻みに震え、その動きが止まる。



―――その瞬間、流実は自然と走り出していた。


「っ、流実!!あの兵はもう……」

「まだ、まだ生きてるかも!」


まるで自分の意思ではないように、足が止まらなかった。


なんで?もう、亡くなってるかも知れない。出て行っても、遅いかも。――でも、まだ生きてたら??

私は……目の前の命を…誰かを助けてくれたあの兵を、見捨てたくはない!


林から出ると、いよいよ自分の周りに盾になるものがなくなる。それに恐怖を感じ、思わず足がもつれる。転んだ瞬間三角巾が取れてしまったが、構わず何とか倒れた兵の元へ辿り着いた。


「っ…た、助け……」

「! しっかりしてください、大丈夫、すぐ……すぐ助けますから!」


深く矢が刺さった血まみれの胸元に、思わず目を逸らしそうになる。だが、まだ生きている事にホッとした。来て良かった…!


「馬鹿野郎!突然戦場に出るなんて死にたいのかよ!」

「っそれより、早く運びましょう!」


息を切らしてやって来たカイルが、駐屯兵を見て目を大きく開く。そして頷くと、流実と共に移動し始める。


―――その時。

ざわめきが、風を切るように遠くから押し寄せてきた。

叫びではない。どよめきに似た混乱だった。戦地の奥で……何かがあったらしい。


「……何だ?今の」

「……さあ…」

「…とにかく、早く行こう。砲撃が少なくなってる内に」


確かに来た時よりも――いや、東塔にいた時よりも砲撃や銃火器の音が少なくなっていた。何故かは分からないが、不幸中の幸いだ。とにかく今は、彼を運ばなければ。



「敵軍の医療者だ!」


その時だった。背後から響いた声に全身の血が凍る。

振り返ると、鎧の隙間から血を滲ませ、狂ったような形相の光方兵が二人こちらに走って来ていた。

咄嗟にカイルが地面に落ちていた槍を拾い上げる。しかし、その構えはぎこちなく戦い慣れてないのは明白だ。


「っ……流実!下がれ!」

「カイルさん、だめ…!」


流実が悲鳴を上げたと同時に、再び敵軍の奥から混乱が巻き起こる。今度は叫喚に似た騒めきだった。―――そして。


(……え?)


ふと、光を反射する何かが、流実の視界の端を走った。

こちらに向かって来た光方兵も、背後の悲鳴に思わず足を止めて振り返る。



―――銀が、舞った。


戦旗が幾つも掲げられたその場所は、一眼で重要人物がいるのだと流実でも分かった。その中央……光方兵のひしめく旗の真ん中へ、靭が飛び込んでいく姿が見えた。


そして、いつか見た庭の竹のように――フワリと舞った彼の周囲が全て薙ぎ払われた。



「……サバラン…様……」


呆然とした光方兵が力無く呟く。


その瞬間、闇方軍からは歓喜に満ちた雄叫びが、光方兵は一瞬の間を置いて悲鳴に似た声を上げて敗走し始める。

その意味を、流実だって知らない訳はなかった。


「……勝ったのか?」


ふと、カイルが呆然とそんな事を言った。


「……多分、そうだと……」


流実も、その場所から目を離せないまま呟いた。


(……靭さんが…戦いを終わらせた?終わったなら…もう、誰も死なない…?)


―――そう思った瞬間だった。再び近くにいた光方兵の二人が剣を振りかぶってこちらに迫って来た。


「!? 戦はもう終わったんだぞ!やめろ!!」

「一人でも多く敵を殺す。それだけだ!!」


カイルが振りかざした敵の剣を何とか止める。

しかし、もう一人の敵兵はあっという間に流実に近付くと、足元にいた駐屯兵の喉元を切り裂いた。


「―――っ!」


言葉に出来ない叫びとショック。

駐屯兵は暫く小刻みに震え…そして、ダラリと四肢を下に降ろした。


(………ああ、戦いは終わったのに、何で!!)


「次はお前だ!!」


そう言って剣を振り上げる光方兵。

視界の端にカイルが焦る顔と「流実!」と叫ぶ声が聞こえる。



―――分かってる、早く逃げなくちゃ。

でも、怖くて足が動かない。逃げたいのに、逃げられない。心臓が張り裂けそうに脈打ち、耳がじんじんと音を拾わなくなる。


(……死にたくない…!)


そう思った、次の瞬間―――

「ヒュッ」と風を切る音と共に、何かが割って入った。



……何が起こったのか、分からない。

いや、分かった。


目の前で血を吹き出した敵兵がゆっくり倒れ、入れ替わりに視界に入って来たのは、真っ赤に染まった銀髪の男だった。


……さっき、視界の端にいたというのに、いつの間にこんな場所まで来たのか。

人形のように整った顔は、無表情だった。まるで、全ての感情を遮断しているように。そして美しく靡く銀髪に飛んだ赤が、異様に浮いて目立っていた。


ふと、滴る血を振り払うように巨大な大鎌を片手に小さく手首を返す。

「ピュッ」と音を立てて血飛沫が舞い、血塗られた大鎌が元の綺麗な銀色に戻った。

……その仕草が、恐ろしいほどに滑らかだった。


血飛沫が飛んだ先には、大鎌で両断された先程の敵兵が転がっている。先程まで生きていて――そして、今、死んでしまったヒト。


「……何故、ここにいる」


低く、いつもの掠れた声だった。…そう、いつも通りの。


ふと、視線を上げる。

ヒトを殺した直後の、無機質な顔。氷のように冷えた藍色の瞳が、自分を映している。……そして、いつか感じたあの“妙な生々しい”匂いが、微かな風と共に流実の鼻についた。


―――よく知ってるはずの人なのに、よく分からなかった。段々と何も考えられなくなっていく。

助かったとか、助けられたとか、もう、よく分からなかった。


……ただ――目の前の“死”を、受け入れたくなかった。


「―――っ!」


その瞬間、流実の中で何かが弾けた。


反射的に身を翻し、駆け出す。

一瞬、彼の藍色の瞳が揺れた気がしたが、流実は振り返ることもできずに、ただ、その場から逃げてしまった。




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