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第26話 死神が戦場に降りた日


翌朝、目を覚ました流実(るみ)が隣を見ると、リリィは既に出て行ったらしく綺麗に畳まれた布団だけがあった。


(リリィさん…ごめんなさい)


胸の奥がギュッと痛む。が、気付かない振りをして短く息を吐くと、医療スタッフの服に着替え三角巾をしっかり被った。


昨日、リリィと約束した事はもちろん覚えている。

『東塔から一歩も出ないこと』。だが、自分だけのうのうと守られているなんて、やはり我慢できなかった。私だって、誰かの役に立ちたいから。


気を引き締め、小走りで救護室がある中央塔へと向かう。道中もすれ違うヒトはなく、まるで嵐の前の静けさのようだった。


(―――やっぱり、皆で戦いに行くんだ)


嫌に響く胸を抑え医療班のスタッフ部屋に入り、ようやくホッと息を吐く。

ここまで来てしまえばこちらのものだ。後は普通に仕事をすれば良い。


「………んぁ?流実か…?」

「! おはようございます」


部屋の奥の毛布から顔を覗かせたのはサポート班長のカイルだった。寝起きだろう顔は隈が目立ち、疲れた表情をしている。やがて大欠伸をしたカイルは「はよーさん、今日は早いな」と返した。どうやら、この様子では流実が休暇を言い渡されていると知らないようだ。


「カイルさんこそ、ここでお休みになってたんですか?」

「うん。最近はここで寝泊まりしてるかなぁ」

「えっ。何でですか!?」

「夜番の人手が足りないんだよ。誰かいないと困るだろ?」


知らなかった。これ程人手不足だったなんて…。


(……本当に休暇を取らなくて良かった)


流実は改めて己の判断が正しかったと確認する。


「私も夜番させて下さい」

「はは。本当にキツくなったら頼むわ。それより、早く来てもらって助かるよ。早速だけど洗濯手伝ってくれるか?」

「! はい!」


眠たげな目を擦るカイルと共にシーツを回収し、外の井戸へと向かう。井戸の水を汲み上げた時、突如として地響きと爆発音が鳴り響いた。


「―――っと…!えらい近くでやってんな」


続けざまに発砲音も鳴る。

カイルはタライにシーツを突っ込むと「何だぁ、一気におっ始めたんか?」と渋い顔をした。


―――ついに、始まった。

流実は心の中でそう思い、キュッとシーツを握り締める。


今日から(じん)が単騎で戦場に出る。

それは彼の本意ではない時間で、きっと苦痛に感じているはず。

それに――靭だけではない。自分も今からより多くの『死』と触れ合う事になる。

「また、死人が出るな」カイルが苦々しく放った言葉に、流実も胸を潰されそうになるのであった。




◇◇◇◇


南國(みなみこく)、パラマ駐屯地―


豪華で贅を尽くした私室で、大佐のサバランは斥候の報告を呆然と聞いていた。


「レオンハルトが…撤退しただと?」

「はっ。後衛を駐屯兵に交代し、自身は砦に籠り門を閉ざしました!」

「馬鹿な!!」


ガシャンと力の限りテーブルを叩きつけるサバラン。その衝撃で置いたグラスが飛んだ。

斥候はビクリと肩を揺らし、その落ちたグラスから目を逸らす。


「直ぐに伝令を飛ばせ。反逆の罪で引っ立ててやる!」

「お、恐れながら…今兵を割いている余裕は…」

「黙れ!足りぬと言うなら、お前が呼び戻して来い。できぬなら腹を切れ!」

「―――は!」


敬礼をし、そのまま部屋から退出する兵にサバランは忌々しそうに舌打ちをした。


……何故こうなった。

いくら生意気な若造とはいえ、確かに戦闘は役に立つ。

それに敵地に補給路を作り、まんまと敵を出し抜けたのは功績といっても良かったのに。


―――死神が戦場に出た途端、この有り様だ。

サバランは身震いするように、唇を噛む。いくら有り余る銃火器や砲弾があるとはいえ、元々光方軍の対人戦は強くない。

今、ヤツの精鋭部隊が抜ける事がどれほど危険か分かってないのか?その上撤退し門を閉ざしただと!?


「―――いや、まさか…」


ようやくその可能性に思い至ったサバランは、自身の身に危険が迫っている事に気付いた。


(……やつは、最初から“俺”が狙いだったのではないか?)


スゥ、と背筋が冷えていく。

大掛かりな扇動、レオンハルトの精鋭部隊、そして数に任せた銃火器の搬入。敵からすれば、徹底抗戦に見えるだろう。

いつもは死神が戦場に出てもこちらが引き揚げれば奴等も引き揚げた。しかし、今回は後方にレオンハルトがいる以上追撃の手を緩める事はないだろう。

どちらかが“終わる”まで……この戦は終わらないという意味だ。


「……例の補給路だけは何が何でも死守するのだ。アレが断たれたら終わりだ。いいな」

「はっ!!」


サバランの側近が一礼をして去って行く。一人残されたサバランは、その背中を睨んだ。


(パラマを手放してでも俺を消したいのか。それとも――)


憎々しげに睨んだ先は果たして敵か、味方か、サバランにはもう分からなかった。

分からないが、退路を断たれた以上、腹を括って戦う道しか残されていないのだ。


チラリと、窓から眼下に広がる戦場を見る。


すると――ふと、視界に赤と銀が入った。

それは、まるでヒラリヒラリと蝶のように宙を舞っている。

……その蝶が通り過ぎた場所には次々と倒れていく兵とそれを繋ぐ赤い道ができていった。


―――死神が、命を奪っている。


ゾワリと、全身が粟だった。

紅い軍服、そして倒れた兵の血で赤い道が出来ていくというのに、対照的に何の色もない冴え冴えとした銀髪がかえって不気味でならなかった。

そのスピードたるや、まるで軽快に走っているのかのようだった。振りかざしている筈の大鎌はその先すら見えず、兵は戸惑う内に両断されていく。


(もうこんな所まで来たのか…)


ゴクリと喉を鳴らし、サバランは自身の腕を寄せた。

死神征戦の報告を受けてからまだ二刻も経っていないのに。アレは“神憑き”だ。疲れなど知らぬ。


何か手を打たねば――しかし、今のサバランには何も考えられなかった。幾度となく戦い、その度に植え付けられた恐怖と諦念は想像以上に深いものだからだ。


それでも。とサバランは自身を奮い立たせる。それでも、戦わねば死が待っている。それだけは、間違いようもない事実だ。


必ず、生き残ってやる。理由などない。ただ――死にたくないからだ。




◇◇◇◇



砲撃音が鳴り響く中、次々と運ばれてくる患者に救護室は浮き足立っていた。

今まで感じなかった焦げついた匂いや血の匂いが部屋中に充満し、流実は恐怖と吐き気を抑えながら必死で動いていた。


流実が寧楽(なら)と顔を合わせたのはそんな時だった。

いつも表情を変えない寧楽が一瞬青ざめる。しかし、今の状況ではやはり有り難いと思ったのだろう。目で頷き、流実に指示を飛ばした。


「そちらの患者の搬送を手伝って下さい。それから止血帯もお願いします」


流実も寧楽に一礼すると、すぐ補佐へと向かう。

B室は治療が終わった患者で所狭しとなり、一番大きな部屋にも関わらず既に満室になっていた。仕方なく処置室のA室へ移送するも当然スペースが足りない。


「そろそろ中央は駄目ですね。東塔を解放します」


寧楽は、同じく作業をしていたカイルを呼ぶと、流実と行くように命じた。


「流実さんを頼みましたからね」

「任せて下さい。行くぞ流実!」

「はい!」

「まずは搬送できるように、場所を作ろう」


東塔へ向かう道中も、ずっと砲撃音が鳴り響く。

そして朝は聞こえなかった人々の悲鳴も聞こえてきて、思わず流実は足を止めて音の方向に目を向けた。


「流実?」


足を止めた事に気付いたカイルが声を掛ける。


「大丈夫だ。ここには来ないから」

「…でも…」

「今日から総司令が前線に出るって話だ。負けなしの“死神”だろ?まさか心配なのか?」


―――心配?している。

正直に言えば、ここに来てからずっと。


少なくとも昨日まではマシだった。でも、今日からは違う。今日から、彼は前線で戦わねばならない。皆が言うように、彼は“負けなし”らしいので、きっと戦況は良くなるのだろう。


だが、心は?

戦っている彼の心は一体誰が救うのだろうか。命より尊いものはない。だが、それを奪う側だって平気でいられるだろうか?

特に彼は…好きで、こうなってる訳ではないのに。


『狭間の森』での彼を見たから分かる。


きっと人を殺めるのは本意ではないだろう。

死神の囁きを無視するのも辛いだろう。

それでも彼は――この国の為に、戦う他ないのだから。


「……お前が信じなきゃ、一体誰が信じるってんだよ?」

「…え?」

「世話係なんだろ?主人の味方であるお前が信じなきゃダメだろ」


その言葉に、ハッとなった。

そうだ。自分は彼の味方になれる。例え靭の心を救う事はできなくとも、寄り添う事はできる。暗闇の中から出てくるのを、信じて待つことはできるから。


「そうですね…。信じないと」

「そ。信じる者は救われるってね。さ、足止めないで行くぞ」


そうニコリと笑ったカイルに、流実も強く頷くのであった。




◇◇◇◇



「おっ。アレかぁ。確かに分かりづらい場所に作ってんなぁ」

「アクバル、何処か分かるか?」

「ここから真っ直ぐ!」

「分かんねーよ!方位で教えろよ!!」


北國イソラ地区にある南國との境界線付近の森。

そこで、先程から紅い軍服を着た三人が声を上げて言い争っていた。


「お三人がた。もう少し声量を落として頂けるか」


真面目を絵に描いたような青年、アレックスが注意を促す。彼はガダ中佐の補佐役で、後に控える一番隊の隊長であった。が、苦労してるのか若白髪が目立っている。


「あっ。ごめんごめん。木の上だと聞こえづらくって!」

「お前は何処にいたって声デカイだろ!」

「アクバル殿、(なぎ)殿。もう少し…」

「…もういい、アレク」


半ば諦めたような口振りで仲裁に入ったガダは、己の側近に手を置くと首を振った。



総司令から“小回りの効く”と言われやって来たのが彼等だった。

雷を操る天族の少年、アクバル・アルク。線が細く影も薄い狐族の青年、グレード・ギデオン。そして先程からアクバルと言い争ってるのが華族の少年、凪・ウェスティンだった。

アクバルとグレードは何度か共に戦った事があるので、その戦闘力の高さは信頼している。だが、凪・ウェスティンだけは正直よく分からない。


彼は金髪赤目で天使のような見た目をしていたが、その口ぶりは駐屯兵に負けない程の粗暴さだ。

それに戦闘時にはいつも後方支援しており、あまり目立つ事はなかった。また、いつも黒い手袋をはめており、華族特有の線の細さと相まって何とも不気味に見えていた。


「それより中佐、どう動こうか」


スッと音もなくグレードが地図を開く。それにガダは頷きながら、覗き込んだ。


「私なら……ここを進み、この場所を切り崩そうと思う」


侵攻していく道順を指で示すガダに、グレードは表情を変えずに目で追っていく。ガダが指し示した場所は地理をよく知る者だからこそ狙える場所だった。ここならば少ない人数で突破できるだろう。問題は…


「それ、だいぶ遠回りじゃね?」


木からストンと降りたアクバルが思ったまま口に出した言葉に、真面目なアレックスは眉間のシワを深く寄せて「分かってます」と返した。


アクバルの言いたい事は分かる。

少しでも早く補給路を絶たねばならない。迂回路を進んでる時間も惜しいのだ。だが、それができれば苦労しない。


「罠は巧妙で、植物を操って作っています。切り倒しても、焼き払っても異変を感じた植物が術者に知らせる仕組みで手出しできません。迂回路を通るしかないのです」

「植物が異変を感じたら?」

「ヒトの手が加わったような事象とでも言いますか…枯れでもすれば別ですが」

「―――何だ。初めからそれを言ってよ」


呆れたような口振りの凪に、つい眉を寄せるガダ。

よく見ると、同じ紅族の二名も凪と同様の呆れたような表情をしていた。


「族長も初めから“そう”言ってくれりゃいいのに。時間ロスしたじゃん」

「はは。期待するだけ無駄さ。それより、真っ直ぐ進んで良いなら、そうしようぜ」

「…は?」

「枯れるのはOKなんだろ?……俺を指定した意味が分かったわ」


そう言って不敵に笑う凪が付けていた手袋を外す理由を、この時はまだ紅族以外の誰も知らないのであった。


ここまで読んで頂いた方、本当にありがとうございます!!

明日の更新から、戦場パートを抜けて流実と靭の関係性が大きく動き始めます。


戦場で“死神”として戦う靭を目の当たりにして、流実はどんな選択をするのか。

そしてそれを機に、靭自身もまだ気付いていない感情が、少しずつ表に出てきます。


ぜひ、この先もお付き合い頂けたら嬉しいです⭐︎この物語が気に入って頂けたら、ブクマ・評価を頂けると励みになります!


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