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第25話 神に抗う総司令官と、流実の決意


イソラ駐屯地にある北塔のバルコニーにて。

責任者である中佐のガダが、先程から険しい表情で敵地のパラマ地区を睨んでいた。


開戦から一週間。いつもならとうに敵の“弾”は尽きている頃だ。

なのに、一向にその気配はなく大型の銃火器まで出てくる始末。そのせいで戦況が芳しくなかった。


「ここは展望に良い所ですね、ガダ中佐」


背後から呼ばれたガダが視線を外す。


「ギルバート殿…。総司令は?」

「もうすぐお帰りのはずです」

「自ら偵察頂けるとは…本当に頭が下がる」


ガダが会議室に入った時だった。

扉を開けてやって来たのは、偵察から戻ったばかりの(じん)。その冷えた空気に一気に部屋にいた全員の緊張が走った。

靭は無言で会議室の中央まで進むと、広げられたままの地図に手を置き、全員を見渡した。


「場所が分かった」


一言だった。

それで会議室の空気がガラリと変わり、皆がスッと集中し地図を覗き込む。


戦略において重要なのは、退路の確保、そして銃火器や兵糧の補給だ。

特に資源に頼る南國(みなみこく)には、まず補給路を断つ事が重要だった。……だからこそ、初日にその道を潰したのだが。


「つまり…我々が抑えた補給路だけではなかったのですね?」

「ああ。それも意外なところだ」


そう言って靭が指差したのは、あろう事かイソラ地区とリザルト地区の境界…。まさに今、奇獣隊(きじゅうたい)が戦っているイソラ地区の森だった。


「…!やつら我が国で補給路を作っていたと…!」

「その上、森には広く罠が仕掛けてあった」


ガダは、苛立ちを滲ませた靭に遠慮しつつ「奇獣隊は罠には慣れてるはず…」と呟いた。


「奴等の方が一枚上手という事だ。補給路は木で防壁を作りながら伸ばしていた。あの道が開通すれば、兵や大型砲撃機も搬入できる」

「今は何処まで?」

「予想外に兵が多くて邪魔された。だが、あの調子じゃ数日で通るだろうな」


そこまで聞いて、ガダが「それでは、我々が行きます」と言って席を立った。

皆が動揺したように見つめる。ギルバートも少し困ったように「ガダ中佐はこの砦の責任者ですよ?」と言った。


「だからこそ。地形に関しては我々が一番詳しい。敵が何処から攻めてくるのか、どこに潜んでいるのかが分かります」

「確かにな」


ガダの言葉に、靭は冷静に言い放つ。


「だが大人数では目立つ。こちらから小回りの効くのを数名出そう」

「感謝します。―――アレク!」

「はっ!」


ガダに呼ばれた側近は、直ぐにガダの足元へと近付く。


「私と共に来い。一番隊は援護を。その他は総司令の下に付け」

「お任せを」

「では総司令…。御武運を」


ガダは一礼をすると、アレクと呼ばれた側近と共に部屋から出ていく。

続いて会議で決まった事項を伝達する為に、鳥族が次々と羽音を響かせ、窓から出て行った。

後に残るは靭、ギルバート、そしてイソラ駐屯兵の隊長たち。緊張に身を硬くする彼等を見渡し、靭は鼻で笑う。


「―――さて、そろそろ暴れる時間だ」


その意味は、誰もが知っていた。

―――靭が…闇方軍総司令官が、前線に出る合図であった。




◇◇◇◇



替えのシーツと包帯を持ってリネン室から出た流実は、少し先から聞こえてくる会話に思わず足を止めていた。

正確には、“足が動かなくなっていた”。


「これで二人目だ…。誰も助けられなかったのかよ!」

「無茶言うな。即死だったんだ」


―――“即死”。その瞬間、動揺して持っていた包帯を落としてしまう。

それに気付いたカイルが咄嗟に振り向く。集まっていたスタッフは流実を見つけると気まずそうに俯き、「じゃ…あとでな」と足早に行ってしまった。


「……あの、今の…」

「悪い」

「……え?」

「俺、これからピックアップに行くから。それA室に運んでおいてくれ」


ピクリと肩を揺らす流実。

戦場から患者を救護室に運ぶ―――通称『ピックアップ』は“何か”無い限り、一日の当番性だった。

流実は世話係なので免除されているが、医療スタッフならば誰もが必ず当番が来る。患者のピックアップは唯一、医療スタッフが前線に出る仕事だった。……そして、運が悪ければ命を落とす事も。


従って裏ではピックアップ業務の事を『死番(しばん)』と呼んでいた。


「今日は…カイルさんの当番じゃなかったですよね?」

「…マニの奴が、死んじまったんだ」

「!」

「明日が俺の当番だったから、“代わり”にな」


マニとは犬族の青年で流実も何度か挨拶を交わした事があった。まさか、彼が……?

得体の知れない何かにギリ、と心臓を掴まれるような感覚が流実を襲う。


「流れ弾だってさ。…いつもそうさ。俺らの死因は。馬鹿馬鹿しいよな」


そう言って力なく笑うカイル。彼の自嘲は、どこか諦めにも似たやるせなさを感じた。

まるで、怒る事すら諦めたみたいに。

――と同時に、自分だけが安全な場所で仕事をしている事に改めて罪悪感が湧き起こってくる。


「カイルさん、あの…」

「班長!死番行くぞ!」

「今いく!……じゃな」

「っあ…」


口を開きかける流実をよそに、カイルはそれだけ言って走って行った。


――昨日挨拶を交わしたヒトが、明日にはいない。

この事実がどうしようもなく怖くて、考えたくなかった。けど、本当に考えなくて良いのだろうか?


(……いい訳、ない)


(「目の前の命から、目を逸らさないで欲しい」)


真剣な表情のカイルが脳裏に浮かんだ。

私は……この世界に来て、変わりたいと思った。

弱いままの自分を変えたくて、一歩を踏み出せる勇気が欲しくて。でも、結局今だって守られてばかりだ。


「私も――役に立ちたい」


守られるんじゃなく、誰かを守る人にならないと。目の前の『命』を助けるために。

ボソリと呟いた流実は、自分でも気付かぬ内に強く拳を握っていた。



◇◇◇◇



流実が帰りの挨拶で寧楽(なら)の居室を訪れた時だった。

ちょうど部屋から出た寧楽と、それに続いた靭の姿を見つけた瞬間ギクリと足が止まってしまった。

―――先日見た夢が突然フラッシュバックしてしまい、思わず靭から目を逸らしてしまう。


「流実さん。お疲れ様」


流実に気付いた寧楽が小さく微笑む。


「ちょうど良かった。明日から二日間、休暇を取って下さい」

「……え?」


唐突な話に、咄嗟に寧楽を見つめる流実。


「ここに来てから働き詰めだったでしょう?今更ですがお休みも必要かとクロノア様に相談した所だったんです」

「で、でも今それどころでは――」


寧楽も分かっているはずだ。

今、誰かが一人抜ける事がどれだけ大変なのかを。


「彼等なら慣れてるので大丈夫ですよ。でも、貴方は総司令の世話係ですからね」

「でも…」

「いい加減にしろ。足手纏いになるなと言ったはずだ」


そこで、初めて靭が口を開く。

冷たく言い放った声は、何故か少しだけ怒っているようにも感じた。流実はドキリと心臓が波打つのを感じ、じっと靭を見つめる。


―――何か、あったんだろうか?


靭は流実に見つめられている事に気付くと、少しだけ眉を寄せ視線を逸らし、そのまま立ち去ってしまった。

流実は咄嗟に追いかけようとして――やはり別人のように冷えた雰囲気の彼に何もできず、宿泊棟である東塔へ足を向ける事になった。


(―――絶対に、何かあるんだ…)


でなければ、彼が寧楽の元を訪ねる事もないし、急に休みを取れとも言わない。


(もしかして、戦況が…悪化する…とか?)


そう考えれば全て辻褄が合う。

私が……人間だから?万が一でも敵の手に渡らないように隠す為だったら?

明日から休暇を取れと言われた。つまり、明日から何か計画があって、戦況が悪化するのではないか?


(……だとしたら、明日が一番医療スタッフが必要なんじゃ…)


そんな日に休むなんて、絶対に駄目だ。

先程、自分は変わりたいと決意したばかりなのに。今ここで役に立たなければ、一体いつ役に立つのだろう?

前線で戦えないなら――私は戦って傷付いたヒト達を助けなきゃ。


そう思った流実は、明日に備えて足早に東塔へ向かうのであった。




◇◇◇◇



仮設の部屋には、既にリリィがいた。


「お疲れ様です。…リリィさん、今日は早いですね?」

「まあね。明日から思いっきり運動するから早めに寝ようと思って」

「運動…ですか」


言葉を選んでいるらしいが、やはり、明日から“何か”があるらしい。


「明日から、リリィさんもクロノアさんも戦うんですか?」

「元々戦場にはいたけど……そうね。指揮が族長に移るから本格的な戦闘になるわね。アタシは族長と別だけど」

「そうなんですか?」

「族長は単騎で戦うから」

「た、単騎!?」

「っと、少し口が滑ったかしら…」


口を押さえて気まずそうにするリリィに、流実は首を振った。


「その、大丈夫なんですか?」

「あはは!心配しないで。族長が一人で戦うのはいつもの事。むしろ味方が足手纏いになるからあえてそうしてるの」


初めて聞いた話だった。

まさか――彼はいつも一人で戦ってるなんて?

ジクリと胸が痛む。そんな重要な話を、今まで知らなかった事が……とてもショックを受ける。


「世話係なのに……知らなかったなんて」

「そりゃ、流実は戦闘員じゃないから知らなくて当然よ。そもそもアンタは人間なのよ?守られるべきなの」

「! でも、」


靭さんだって、人間だ。そう言いかけて慌てて口を噤んだ。

これは誰にも言ってはいけない事だ。でも、どうして?いくら神憑きといえど、どうして同じ人間の彼は戦場で戦い、自分は安全な場所で守られているのだろうか。

確かに自分は鈍臭いし力も無いけれど……。


(そうか、私も靭さんと同じになれば…)


「私も、神憑きになれば」

「―――やめときなさいそんな事言うのは」


思わずビクリと肩を揺らし、目の前の美人を見つめる。

初めてリリィに怒られた気がした。


「眷属になって幸せになった奴なんていないわ」

「え…?」


ポカンと呟く。

流実の様子に、しまったという顔をしたリリィは、暫くしてため息を吐いて話し始めてくれた。


「神憑きは、甚大な力を得る代わりに失うものも大きいのよ。族長みたいに憑いた神の影響を受けたりね。それに、いつも“神の誘惑”があると聞くわ」

「神の…誘惑?」

「アタシもそんなに詳しい訳じゃないけど、“もっと力が欲しくはないか”と頭の中で囁くらしいの」

「え!?」


これも、初めて聞いた。彼は何も言ってなかったのに。


「どういう事ですか?」

「憑いた神が、ヒトを取り込もうとするらしいの。その為に色々な誘惑があるらしくて」

「た、例えば?」

「さあ…。知ってるのはそれだけ。…ただ、欲しいと言った瞬間その神に身体を乗っ取られる。そうやって暴走した眷属が“処分”されていくのを何回か見た事があるわ」


―――処分。

その言い方に、一瞬で鳥肌が立つ。

つまり……神に乗っ取られたら、殺されてしまうという事だ。


「眷属はずっとそれをコントロールしながら生きてる。でも、神の力を多く使う戦闘は誘惑も強いはずよ。…殆どの眷属が戦場に出て来ないのは、きっと神の誘惑に勝てる自信がないからだと思うの」

「でも、クロノアさんは…」

「そう。族長は桁違いよ。その上総司令にまでなってる。ある意味精神力が尋常じゃないのかもね」



―――精神力。


確かに、そうだろうと思う。でも、そんな一言で片付けていいのだろうか?

そもそも彼は『闇の眷属』だからこの国の為に戦うのが義務だ。選択肢はない。誘惑に勝ち続ける事でしか、生きる道はないのに。


(……何で、靭さんばかりこんな目に遭わなければならないの?)


じわりと視界が歪む。

その様子を見たリリィは苦笑しながらその頬に流れる水滴を拭った。


「…アンタが他人の為にこれ程泣いてくれるから、アタシは流実を守りたいと思う。それはきっと族長だってそう思ってるはずよ」

「え…?」

「アンタが世話係になってから皆言うのよ。“族長が変わった”って。目つきとか、雰囲気とか。前よりも柔らかくなったの。これって良い兆候だと思わない?」


確かに良い兆候だとは思うが、それって本当に私と関係あるのだろうか?……元々、あの人は優しくて良い人なのに。


「流実が生きている事は、紅族皆の願いなの。だから―…大人しく守られてくれるわね?」


思いの外強い視線で見つめられ、流実は目をつぶる。そして……リリィを不安にさせたくなくて、頷くのであった。



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