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第22話 『死』の意味


「どういうつもりだ、レオンハルト大佐!」


南國(みなみこく)パラマ地区の駐屯地。

駐屯地でありながら豪華な装飾品に調度品がひしめく一室で、その部屋の主である大佐のサバランが声を荒げていた。


「どういうつもりもなにも。貴方から報告頂いた件で参ったのですよ」

「何を…」

「死神が、城を出たと。その調査です」


淡々と答えるレオンハルト。

それに、サバランはつい声を大きくした。


「白々しいにも程があるわ。貴殿はたかが調査の為に精鋭部隊と大量の銃火器を引き連れてやって来たと言うのか」

「何を仰る。銃火器は貴方が注文したものだ」

「っ…」


(確かに、己が要求したものだ。しかし…)


恥とプライドの為か、ぐっと喉を詰まらせ顔を赤くするサバランに、レオンハルトは「フ」と鼻で笑った。


「それに死神が城から出た理由を“たかが”と言うのは些か安易かと」

「!!」

「調査が終わるまで暫く滞在します」


ギリリと奥歯を噛むサバラン。

しれっと涼しい顔で言う目の前の男の腹内など、言わずとも知れている。


―――これは、完全にハメられた。


レオンハルトは自身の精鋭部隊と大掛かりな武器の移動により、死神をここに呼び寄せたのだ。

……まさか、このパラマを落とすつもりか!


「っ私の許可もなくこの地に来るのは許さんぞ!」

「そうカッカせずとも、ご挨拶に来ただけです。……リザルトの自治権が我が父にあるのもお忘れなく」

「パラマが落ちれば、そのリザルトも落ちたと同然だ。死神を刺激するような行動は謹め!」

「肝に銘じましょう。もし私なぞの助けが必要ならばいつでも呼びつけて下され。では」


そう言って踵を返しサバランの私室を後にするレオンハルト。

扉の向こうではサバランの怒号が聞こえてきたが、レオンハルトは再び鼻で笑うと、一切無視をするのであった。




◇◇◇◇


-その頃、北國(きたこく)のイソラ駐屯地-


「世話係さん!この水を運んでくれ」

「はい!」

「あ、世話係さん、リネン室から替えの包帯を持ってきて!」

「は、はい!」


医療スタッフの仕事は主に雑用で、仕事に取り掛かった流実(るみ)は言われるまま救護室を走り回っていた。寧楽(なら)が渡してくれた三角巾があって本当に良かったと思えるほどに。


「流実!それが終わったらB室のシーツを一緒に交換してくれるか?」


扉を開けて顔を覗かせたのは猿族の青年カイル・アビゲイル。カイルは寧楽以外で唯一、流実を「世話係さん」ではなく名前で呼んでいた。

明朗快活でここの医療スタッフのリーダーでもある。


カイルについてB室に向かう。

すると、途中で担架に乗せられた患者とすれ違った。―――流実にとって、初めての重症患者だった。


全身血だらけになった褐色の肌の大男は叫び声を上げて自身の左腕を押さえていた。

だが、その腕の先は無い。

よく見れば両足も不自然な方向に向いている。暴れぬように担架に縛り付けられ部屋に入る様を見て……流実は一瞬のうちに込み上がった吐き気と目眩で倒れそうになった。


「流実!」

「っは、はい!」


隣から飛ばされた怒号でハッと意識を取り戻し、慌ててB室へ入る。隣の部屋からは未だ先程の男の叫び声が聞こえていた。


―――怖い。気持ち悪い。

流実は漂う血の匂いと先程の生々しい惨状を思い出し、再び目の前が真っ白に染まり、思わずその場に崩れ落ちた。


「流実、そんなところにいたら迷惑だろ!このシーツをリネン室へ持ってってくれ」

「っ…!はい!」


壁に手をつき何とか落ち着かせるように深呼吸をしていた流実に、再びカイルの怒号が飛ぶ。

それにビクリと怯えるように答えると、考える間もなく再びリネン室へと走るのであった。




◇◇◇◇



日の出前に砦に着いたはずなのに、気付けば辺りは夕焼け色に染まっていた。

ようやく仕事が終わった流実は宿泊棟である東塔に向かう道中で見つけた石畳の階段に腰掛け、ボーっと目の前の風景を眺めていた。


元の世界と全く同じ色の夕焼けに、眼下に広がる山々。

目の前の景色だけを切り取ったら、まさか自分が異世界に来たなど信じられないくらい何もかも同じだった。

―――ただ、この場所は戦場なのだけれど。


そう思ったら、何故か急に家が恋しくなった。

今までは世話係として仕事と家事をしていれば良かった。それに靭は自分と同じ人間で、どこか異世界に来た現実味がなかったように思う。

だけど、こうして生々しい惨状を肌で感じると一気にここは“自分のいた世界ではない”と突きつけられてしまう。


娘よりも世間体を気にする親。面倒事を嫌がる教師。イジメを見て見ぬ振りをする同級生。そして……イジメの加害者たち。


この世界にやって来て、そんな状況から逃れられて清々していた。心の底から嬉しかったはずだ。

……けど、あんな辛かった毎日でさえ最低限の『平和』は保証されていたのだ。


(―――元の世界の方が、マシだったのかな…)


初めて、流実はそう思った。

今日の今日まで、自分は平和の中で暮らしてたから。


「はぁ…」


力なく溜息をついて、パンパンに浮腫んだ足を摩る。

朝からずっと走り回っていた足は痛み、痺れていた。

少しの水しか飲めなかったのは、忙しさだけではない。あまりの衝撃に、ショックで何も喉を通らなかったからだ。


流実はなるべく今日の事を思い出したくなくて、暫くボンヤリと眼下の森を眺め、下から吹く風を頰に感じていた。その時だった。


「お、見っけ。こんなところにいた」


ギョッとしたのは誰もいないと思っていたせいか、それともこの声の主に何度も怒鳴られたせいか。

思わず身を硬直させて声の先を見つめる。すると、階段下にいたのは、やはりカイルだった。


「今日はお疲れさん」

「お、お疲れ様です。すみません帰りの挨拶できなくて」

「いや、気を遣わなくて良いよ。皆引き継ぎでバタバタしてたし」


流実がいる場所は、救護室がある中央塔と東塔の中間だった。医療班の人々は中央塔で暮らしているので、カイルはわざわざ流実を探してここまでやって来たという事になる。


金髪碧眼の好青年はニッと笑顔を見せ、そのまま階段に座る流実の隣に腰かけた。どうやら挨拶だけしに来た訳ではなさそうだ。

流実は散々彼から怒鳴られた事を思い出し、気まずそうに俯いた。本当は一刻も早くこの場から逃げ出したい。しかし彼が来たと同時に退出するのはあまりにも失礼だし…。


「今日、ごめんな?」

「えっ…」


何故か謝るカイル。流実は思わずポカンと彼を見つめた。


「結構キツく言ったろ?初対面だし今日から仕事だって分かってたのに、怒鳴っちまって悪かった」

「えっ、そんな!私が悪いんです。トロいし…」

「いや、俺が悪いよ。さっき寧楽に聞いたら、流実は総司令の世話係なんだって?」

「あ、はい…」

「道理で皆流実を“世話係さん”なんて呼んでたんだな。俺ちょうどいなくて、知らなかったんだ」


苦笑するカイル。どうやら彼が流実を名前で呼んでいたのは、単に知らなかっただけのようだ。


「世話係にゃキツかったろ?それに、猫族のくせに血もダメ、術もダメ、体力はなしなんだって?」

「は、はは…」


それは自分が人間だから。そう言えない流実は曖昧に笑う。


「すみません、誰かが怪我してるのをあまり見た事がなくて」

「そうみたいだな。ビックリしたろ、戦に関わった事がないと、想像もできないからさ」


―――その言葉で、一瞬で水狼(すいろう)が思い浮かんだ。


紅族(べにぞく)に出動要請がかかった日。同じく見送りに行った水狼が“ずっと朗らかに笑っていた”事を。

………あれは……水狼は私と同じ“戦を経験した事なかった”から、この惨状を想像出来なかったのでは?


もしかしたら、水狼だって昔は心配してたのかも知れない。でも、何度も繰り返すうちに、無事に皆が帰ってくる度に、“そういうものだ”と……心配する必要は無いのだと思ってしまったのかも。


―――実際に経験しないと、誰だって分からないものだから。

暫く考え込むように無言になった流実に、カイルは少しだけ時間を置いて、ゆっくり話し始める。


「…今日来た重症患者、覚えてるか?」

「えと…肌が褐色の?」

「そう。あの患者は、結局左腕を失ったんだ」


ギョッとした。

まさか?猫族の術があれば治療できるのではないのか?


「術に時間を掛ければ、切断されたばかりの腕はくっ付く。だが、そうしている内に両足からは失血していく。そうすれば死ぬしかない。……流実ならどうする?」

「えっ…。そんな、命を助ける方が…」

「大事だと思うだろ?“普通”は」


―――“普通”は?

カイルの言葉が理解できずにポカンと彼を見つめる。

…どういう事だろう?命よりも…左手が大切だったのだろうか?


「あの患者は、優秀な兵士だった。……剣が握れないなら殺せと喚いていたらしいよ」

「!!」

「でも、医療班は命を救った。……あの患者を庇って亡くなった男に申し訳が立たないから」

「えっ……」


あのヒトを庇って……誰かが亡くなった?

聞き違いだろうか?―――誰かが、もう、この世から消えてしまった、とカイルは言ったのだろうか?


「あの患者が運ばれる時、庇った方はまだ息があったそうだ。でも前線に置き去りにされた」


………“置き去り”?


「―――見捨てたんですか!?」


その瞬間、思わず大声を上げてしまった。

だがカイルはその様子を少しも気にしていないようだった。


「ま、まだ、生きてたのに…?」

「そうだよ」

「何で…助けなかったんですか?」

「助けなかった、と思う?」


ようやく流実を見たカイルは、少し睨んでる様にも見えた。その真っ直ぐな瞳に思わずたじろいだ流実だったが、すぐに言われた意味を考える。

カイルに限らず、皆患者のため必死に働いていた。あの姿を見れば“助けなかった”なんてあるはずない。


そして……気付いた。

助けなかったのではない。助けられなかったんだ、と。

―――ここは、『そういうところ』だったんだと。


「…前線だから…ですか?」

「そう。本当は誰だって助けたいよ。でも助ける側の俺たちが死んだら元も子もないだろ?こっちだって命懸けなんだ」


その通りだった。

何事もなく全ての患者が救護室に運ばれる訳ではない。

ここは、戦場なのだから。


「前線で倒れた患者をピックアップするのは術者じゃない。スタッフの俺達だ。俺達が二人倒れた患者のどちらを助けるか決めるんだ」

「!」

「命を決める。こんな嫌な仕事はない。だからこそ、自分達が救うと決めた命は何が何でも助けたいんだ。…流実にはそれを分かって欲しい。目の前の命から目を逸らさないで欲しい」


そう言ってカイルは眼下の森に目線を移した。


(……ああ、何て、自分は……馬鹿なんだろう)


ここで、初めて流実は『命』の重さに気付いた。


自殺してこの世界へやって来た自分は、『死』をどこか軽く考えていたように思う。

辛い出来事や、目を背けたい事実から逃げる為の手段が死だったから、実際に『命がなくなる事』がどういう意味なのか分からなかった。いや、考えなかった。

でもこうして死に触れると……本当に、“全部終わる”のだと、肌で分かってしまった。


そうだ。……だから『怖い』と、初めて思ったのだから。



「―――ここで何してる」


その時だった。

ピリリとした低い掠れ声が響いた。

思わず声の方向を見ると、闇夜に浮かぶ綺麗な銀髪が風に揺れていた。―――いつの間にか(じん)が階段下に立っていたのだ。

月の逆光で彼の表情は窺い知る事はできなかったが、その冷えた声色から苛立っている事だけは分かった。


「クロノア…さん?」

「とっくに戻ったと聞いた。ここは戦場なのを知ってるか」


彼から滲む冷たい空気が肌を刺す。

流実の隣では、サッと緊張した様子のカイルが敬礼をする。


「……お前は何だ」

「はっ。医療班サポート班長のカイル・アビゲイルと申します」

「前線の状況は分かってるだろう。何を考えている」

「っ!!申し訳ございません!私が彼女を引き留めておりました」


その瞬間、スゥと靭の周囲の温度が一気に下がった。

……ああ、この感じは、“怒ってる”。

そう思うより先に流実は咄嗟に口を開いた。


「カイルさんには、今日色々とご迷惑をかけたので謝罪をしてました。私が引き留めたんです」


カイルは思わず目を大きくして流実を見つめる。

流実も流実で、何故こんな事を言ってしまったのか自分でも分からなかった。

ただ、言った言葉を取り消す事もできず、緊張したままその場で固まっていた。


嫌な時間が流れる。

何かを考えるように暫く無言でこちらを見ていた靭は、ようやく目を逸らした。それと同時に冷気も消えてなくなる。


「…もうすぐ闇方(やみがた)軍の連隊が到着する。お前も来い」


そう言って東塔へと歩いていく。流実は怒りが消えた靭にホッと息を吐くと、カイルに挨拶して慌てて後を追った。

流実の走り去った後には、呆然とその背中を見る金髪の青年が、ただその光景を眺めていた。


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