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第21話 戦場の顔と「世話係」


その日の夜、正式な軍の出動要請が届き、(じん)はふむると共に一足先にイソラ地区へ飛び立っていった。

その他は必要物資などを積んだ馬車一台と騎馬での移動で、流実(るみ)は馬車の中に荷物と共に揺られていた。


「流実、大丈夫か?酔ってない?」

「ありがとうございます。大丈夫です」


少し先で馬に乗るアクバルが心配そうに声を掛けてくる。流実は滅相も無いとばかりに首を大きく振った。

無理を言ってついて行く自覚はあるのだ。これ以上余計な心配をかけたくはない。


「皆さんの荷物、ちゃんと見張ってますから!」

「あはは!宜しく頼むぜ!」

「おい、遊びに行くんじゃねーんだ。気ぃ引き締めろ!」


馬車の手綱を握っていたガレアが、二人の会話に不機嫌そうに声を上げた。怒っているガレアを見るのは流実にとって初めてで、つい首を竦める。

……きっと非戦闘員の自分がついて行く事に苛立っているのだろうと思った。

しかし流実にも譲れない事はある。戦場での靭ももちろん心配だし、何より『死神』としての彼を知れば皆が怯える本当の理由が分かるはずだ。それを、どうしても知りたかった。


「なぁ、嬢ちゃん。今からでも遅くはねぇ。帰るか?」

「えっ……」

「族長に何を言われたかは知らんが、戦地に行く必要はないんだぜ?」


ガレアが流実に話しかける。

その内容を聞いて、初めてガレアの怒りが流実の心配だと分かり、慌てて否定した。


「ち、違うんです。ついて行きたいと言ったのは私の方なんです」

「嬢ちゃんが?」

「はい。私はクロノアさんの世話係なので。足手まといにならないようにしますから…」

「……でもな…」

「クロノアさんにも言われました。戦地に連れて行く為に雇った訳じゃないって」


「族長が?」と咄嗟に背後を振り返るガレア。

本気で驚いているようで、手綱を強く握り締めている。暫くそうしていると、やがてガレアは前を向いて無言になってしまった。

その背を見て不安が過ぎる。……何で、無言なんだろう。怒らせたんだろうか?でも、口に出せなくて、流実も黙ったままになった。


「俺さ、族長の事良く分かんなくなっちまったんだ」


前を向いたままのガレアがふと、告げる。咄嗟にドキリとして「え?」と聞き返した。


「今まで族長とは戦場でしか会った事なかった。だから、それが全てだと思ってた。血も涙もねぇ。仲間も平気で殺すヤツだって」

「そんな、違う!!」


つい反射的に声が大きくなる。

違う!と声を大きくしなければ、誰も聞いてくれない気がして。


「……嬢ちゃんは族長と一緒に暮らしてるから、違うって直ぐに否定できるんだろうな」

「!」

「……まさかあの族長が仲間殺した事に罪悪感を持ってたなんて、知らなかったからよ…」


―――リリィだ。

ガレアの言葉で頭をよぎったのは、「皆に説得する」と言ってくれた彼女の姿だった。


「こないだリリィや副長に言われたよ。族長は好きで死神憑きなんだろうかってな」


やっぱり、そうだった。それに、このセリフはどこかで聞いた事がある。


(……ああ、この前自分が言った…言葉だ)


嬉しくてつい目の前がボヤける。自分の言葉が、誰かを変えられる。そして誰かを救えるのかもしれない。そう思ったら嬉しくて、温かくなって。流実にとって初めての経験だった。

もちろん流実の様子に気付かないガレアは続きを話していく。


「そう言われて考えてみたんだ。…そしたら、確かに族長は“死神”ってだけじゃない気がしてよ」


力なく笑いながら言った。その声は戸惑っているようにも聞こえる。きっと、今更靭と向き合うのが怖いのかも知れない。


「ガレアさんも離れで一緒に暮らしますか?そしたら、普段のクロノアさんが見れますよ」


その瞬間、周囲に響かんばかりのダミ声が笑った。

思わずビクリと肩を揺らす流実。一緒に移動する他の紅族も、訝しげな表情でちらちらガレアを眺める。


「流石にそりゃ勘弁だがな!あー、ひさびさに笑ったぜ!」

「そ、そうですか?良い案だと思ったんですが…。確かにちょっと怖い時もありますけど、不器用で優しい人ですよ。……あ、それとも宴会はどうですか?」

「ッハハ!それなら考えとくわ」


再び大声で笑うガレア。どうやら本当に面白かったらしい。

流実には、一体何が面白かったのか分からなかったが。


ただ、ガレアの反応を見て、確実に良い方向へ変化していると思った。少しでも靭の印象が変わってくれればそれで良いのだ。彼の良さを多くのヒトに分かってもらいたいから――。


(でも、今は…とにかく落ち着こう)


ギュッと震える拳を強く握る。

これから向かうのは、初めての戦場。怖いのは当然だ。それでも、靭さんについて行くと決めたんだから。

流実は誰にも気付かれないように、静かに深呼吸した。




◇◇◇◇



イソラ地区に到着したのは、明け方近く。

初めての戦場に緊張で少しも眠れなかった流実は、到着を知らせてくれたガレアに礼を言って恐る恐る荷馬車から顔を覗かせた。

―――周囲は薄暗くぼんやりと霧がかっており、何も見えなかった。ただ、戦場だというのにやけに静かで、それが逆に不気味でならなかった。


騎馬隊の音に気付いたのか、髭を蓄えた中年で金髪の男が中央にある塔からやって来る。周りには護衛の二名がおり、一目でこの場所の責任者なのだと分かった。


「ガダ中佐。お世話になります」

「こちらこそご苦労様です。此度も援軍感謝致します」


対応をしたギルバートが敬礼する。

昨日書斎で聞いた「ガダ中佐」とはこの人だ。やはり、このイソラ地区の責任者らしい。


「族長はどちらに?」

「総司令は早速現地で偵察しております。東塔を解放しておりますので、荷物はそちらへ」


ガダが指示をすると、護衛の一人が案内役につく。

石造りの東塔は総勢三十名の紅族(べにぞく)が入ってもなお大きそうな場所だった。

皆、慣れているようで早速荷解きをしていく。流実は邪魔にならないように隅っこで待機していた。


そこへ、現地で調査を行っていた靭が帰ってきた。

調査という事で目立たぬようローブを纏っているらしいが、端正な顔に長い銀髪、そして均整の取れた長身が目立ち過ぎている。

だが彼が纏う空気はピンと張り詰め、普段とは全く雰囲気が異なっていた。

彼の空気が伝染するように、皆も緊張で身を硬くしていく。流実もその異様な雰囲気に飲まれるように強張った表情で靭を見つめた。


「皆武器の手入れを行い戦闘に備えろ。夜に闇方軍の連隊が到着する。そこで会議を行うのでそれまで体力を温存しておけ。以上」


それだけ言うとローブを翻し、出口に向かって行く。

皆が靭の指示に従い武器の手入れを始めた時、扉近くにいた彼に「世話係!」と突如呼ばれてビクリとする。

まるで別人のように冷たく感じる靭にドキリとしながら、慌てて彼について塔を出ていった。




◇◇◇



駐屯地の中央にある塔の一角。

中に入るとガダ中佐と、その隣に白衣を着たとても美しい黒髪のヒトが立っていた。


「クロノア様、こちらが例の世話係で?」

「ああ。コレはふむると連絡が取れる。一応顔を覚えておけ。―――お前もな」

「は、はい!流実と申します」


靭の言葉に、流実は慌てて頭を下げる。

そして次に白衣の女性に視線を向けると、


「救護室に置く。良いように使え」


それだけ言うと、サッと踵を返しガダ中佐と去っていった。


(……靭さん、いつもと…全然違う)


ヒヤリと感じる空気に流実は何も反応できず、ただ別人のようになった彼の後ろ姿を目線で追った。

あれが……戦場での『総司令官』なのだろうか?それとも、無理矢理付いてきた私に怒ってるから?

あんな冷たい雰囲気で私の事を「世話係」と呼ぶなんて。……まるで、敢えて距離を置かれたようで、心が軋むように痛くなる。


「さあ、貴方はこちらへ。私は寧楽(なら)と言います」

「! あっ……ど、どうぞよろしくお願いします!」


ふと、隣に来た白衣の――“女性”の声に、流実は物思いも全て吹き飛び、一瞬動きが止まりかける。

“彼女”は艶やかな黒い長髪に紫の瞳の、とても美しいヒトだった。

驚いたのは、女性にしては低い声と、背の高さのせいだった。

まるで男性のような……いや、こんな美しい女性、男性だなんて失礼な。


「“同じ猫族同士”仲良くしましょう」


動揺している流実をよそに寧楽と名乗った女性は、ニコリと笑って先を歩き始める。

どうやら、彼女の下で働くようだ。



◇◇



救護室は大きく分けてA〜Cあり、入り口からCが重傷者室、Bが療養室、Aが手当てをする部屋になっていた。寧楽は説明しつつ、その内のB室へ流実を招き入れる。

中は病院の診療台のようなベッドがいくつもあり、白衣を纏った数人が忙しく動いていた。


チラリと奥を見れば、数人がベッドの上で治療を受けている。

―――戦って、怪我をしたヒトが。


そう思った瞬間、初めて鳥肌が立った。今更だが、ここは普通の病院ではない。“戦”の結果、治療を受ける場所なのだ。


「致命傷を負わない限り、基本的に術で傷は塞げます。白衣を着ているのが猫族の術者で外傷治療の専門部隊です」


致命傷。

平然と言い放つ寧楽に、ゾワリと背筋が冷えるのを感じながら言われた事を覚えていく。猫族は『術』を使う医者らしい。

ふと、白衣の術者の近くで薄緑色の作務衣のような服を着たヒト達が目に入る。流実の視線に気付いた寧楽が、「これから流実さんは彼らと同じ仕事をしてもらいます」と言った。


「彼らは医療スタッフで、術者のサポートをしています。とりあえず服を着替えましょう。こちらへ」

「は、はい」


部屋を出て直ぐ右手にもう一つ扉があり、中に入るとリネン室のようだった。寧楽はそこから薄緑色の服と、三角巾を流実に渡した。


(……え?)


流実は戸惑った表情で寧楽を見つめる。渡された三角巾は、つまり頭を覆うものだが誰もつけていなかったように思う。

何故自分がこれを渡されたのか……嫌な予感しかしない。

寧楽は、固まったまま動かない流実に首を傾げながら、次の瞬間とんでもない事を言った。


「医療スタッフは走り回ります。“人間”の貴方は耳を隠さないとバレるでしょう?」


さも当然のように言われた言葉に、頭が真っ白になった。

ドクリと心臓が鳴りこめかみに汗が流れる。―――なぜ“人間”とバレているのか。どうしよう、バレちゃ駄目だと言われてたのに…?なんで、初対面の女性が知って―……。


「…その様子だと、どうやらクロノア様は伝えてないようですね」

「……え?」

「貴方が人間である事は猫族の者なら知ってますよ。総司令直々の伝言です。安心して下さい」


「へっ」と言った自分の声が、間抜けに聞こえた。思わず力が抜けて息を吐く。

……そういえば、自分はこの世界では“猫族”という事になっている。だいぶ前にふむるさんが猫族に裏を取ってるって言ってたような…。

でも不特定多数に人間だと知れ渡ってるのだ。大丈夫なのだろか?

不安そうな流実に考えが読めたのか、寧楽が美しい顔で微笑んだ。


「心配いりませんよ。猫族は秘密が多いんです。秘密は結束を強くする…。あなたも“猫族”なんですから、安心して下さい」


そう言って唇に人差し指を当てる寧楽。

彼女の言わんとする事は分かるが、それで信用しろと言われても…。


(……でも、バレてる以上、信用するしかない…)


何より、靭さんが信用してるなら――きっと大丈夫なのだろう。私は彼を信用してるんだし。

流実はグッと拳を握り一つ息を吐くと、渡された服と三角巾を身につけて業務に取り掛かるのであった。



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