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第17話 初めて彼が私に向けた冷たい目


「大体クロノアさんも悪いんですよ。喋らないし、無愛想だし!これじゃ分かってもらえなくても仕方ないですよね!」

「そ、そうね…」


あれからリリィ宅に隔離された流実(るみ)は、何かのスイッチが入ったように溜まった鬱憤をぶちまけていた。

普段からは考えられない姿に、リリィも困惑しながら聞き役に徹している。


「そもそもこの世界の事分からないのに世話係なんて!家事だって本当は私の仕事じゃないのに!ご飯美味しいって言わないし!」

「それは酷いわね」

「何なんですかあの書類の山は。やってもやってもふむるさんは次々持ってくるし!」


文句は次第に日々の仕事のストレスに変わっていく。


「総主は闇方(やみがた)軍総司令官をどれだけ酷使する気なんですか?当の本人は寝ずに仕事してるし。ああ、だからいつも眉間に皺が寄ってるんですね、あれは職業病だったんですよ!」

「そ、そんなに忙しいの?」


本当に初めて知ったらしい、リリィが動揺した声を出す。

流実はそれを無視して更に続ける。


「仕事ばっかしてるからそれ以外全て無頓着になるんですよ。私が梳かさないといつまで経っても髪はボサボサのままだし!そのくせちょっと梳かすだけでサラッサラになるし!羨ましい!!」

「……ちょ、ちょっと!?髪梳かしてんの!?」

「私のご褒美です!」

「……何だが色々と付いていけないんだけど…」


流実は止まらない。

ここ数日あまり寝ておらず、何だかイライラしていた。人は睡眠を取らないとここまで攻撃的になるらしい。

むしろ、ここまで言って初めて自分がどれだけ張り詰めていたのかにも気づいた。


リリィはぶちまけられた内容があまりにも衝撃的過ぎて、ついて行けないようだった。


「アンタ、族長の髪触れるの?」

「お城でもそういう人居たはずですよね?」

「居ないわよ。そもそも族長が触らせないでしょうよ」

「そんな…普段は自分でできる人だと…?」


言った事とは全く違ったところでショックを受ける流実を見て、リリィは「…ホント、凄いわ」と引き攣りながら呟いた。

彼女のドン引きした顔を見るのはこれが初めてかも知れないが、今の流実に気にする心はない。


「折角綺麗な髪なのに、手入れしないと勿体無くて…」

「…綺麗な髪ねぇ。……流実はあの銀髪を綺麗だと思うのね」

「? キラキラしてとても綺麗だと思います」

「何だがアンタの話を聞いてると、族長が“普通”のヒトに見えてくるわ」

「普通…より酷いと思います。家にいるクロノアさんはいつも部屋着でボサ頭ですから」

「―――!それは想像できないかも」


思わずプッと吹き出したリリィに流実も笑った。


「あの人は、本当に良い人なんです。何で皆さんがこんなに避けようとするのか……私には分かりません」

「……確かにね」


リリィは落ち着いた声で返す。

その言葉に、流実は思わず顔を上げて彼女を見た。

―――初めての、肯定的な返事だったからだ。


「何だか今まで族長を恐ろしがってたのが、馬鹿らしく思えて来るわ」

「!!」

「ほんと、流実の言う通りね。アタシ達は族長の事をよく知らなかった…。知ろうとしてなかったんだと思う。今回の事でよく分かったわ」

「……リリィさん」


胸がジン、と温かくなる。

まさかそんな事を言ってくれるなんて……初めてではないだろうか?とても嬉しい。


「さっきの話。あれを、考えてみたの」


首を傾げる流実に、リリィが苦笑する。


「自分が族長の立場だったらどうかって話」

「!」

「アンタが言うように、勝手に眷属にされて戦争に駆り出されたら?って。他の神憑きは兵役を免除されてるんだけど、闇の眷属は違う。北國の為に戦う義務があるの」

「えっ…」


初めて聞いた。

他の神憑きは戦わなくても良いのに…。靭だけは、義務だなんて。


(やっぱり…好きで戦っている訳じゃなかったんだ)


流実の脳裏には、狭間の森で「好きで死神じゃない」と呟いた少年姿の靭が思い浮かんだ。そう思ったら、更に胸が苦しくなる。


「責任があるから逃げられない。でも功績を挙げたら皆には怖がられ、腫れ物を触るように避けられる訳でしょ?……誰だって病むわよ」


「アタシだってそうなるわ」

リリィはどこか遠くを見つめながら、そう言った。

まるで自分の発した言葉の意味を、噛み砕いているようにも見える。


「……皆にもう一度話してみる。流実に対する族長の態度を話せば――信じてくれるだろうから」


そう言ってウインクしたリリィは、先日見たあの時のような暗い表情は一切無かった。


「アタシ達に任せて。城の件は何とかするわ」

「リリィさん…ありがとうございます」


安堵と嬉しさで再び目を潤ませる流実。


リリィはこれから―――初めて、彼と向き合ってくれるのかも知れない。そう思ったら、途端に安心して涙が出てしまうから困る。

リリィは、そんな流実の頭をポンポンと撫でた。


「もー、泣き虫ね。……アンタと話してると、族長の態度も分かる気がするわ」

「え?」

「何でもないのよ。さ、そろそろ離れに行きな?送ってあげるわ」

「直ぐ近くですし大丈夫です。今日は本当にありがとうございました」


そう言ってペコリと頭を下げリリィ宅を出た。


――外に出ると、既に真っ暗になっていた。

もちろん街頭もないのだが、数多の星が夜空を彩り明るい。


つい流実は美しい夜空を見上げたまま離れへと歩いていった。

もうすぐ離れに着くかという時、流れ星が流れる。


(……!いい事ありそう)


今日は色々あったが、良い日だった。

リリィ宅では言いたい事を言ってとてもスッキリしたし、靭と紅族の関係も上手くいくかもしれない。それが、とても嬉しかった。流実は顔を綻ばせながら、なんの疑いもなく離れの扉に近付く。

……その時だった。


ガサッと、近くの茂みが動く音。

流実はピクリと肩を震わせ、直ぐさま音の方向へ目を向けた。


(……何?)


目線の先の庭木は真っ暗で何も見えない。

だが、今度は茂みが揺れる音と共に、何かが動く気配がした。


そして―――その茂みから出て来たものを見た瞬間、流実は恐怖で腰が抜け、カクンと座り込んでしまった。


流実の前に現れたのは、大きな犬だった。

大型犬よりも一回り大きい黒い犬――正確には、辺りが暗いせいで黒っぽく見える犬は、底光りするような瞳を流実に向け、近付いてくる。


「……あ」


離れの玄関は直ぐそこだった。

なのに、精一杯振り絞った声は小さ過ぎて、助けすら呼べなかった。


その場から動けない流実の恐怖が極限になった時だった。


少し先でガチャリと扉が開く音。と同時にビクリと犬の足が止まり、踵を返すとそのまま走って逃げて行った。


(た、助かった…?)


「あれ?流実さん?そんなところで何してるんです?」


離れの玄関から出てきたのは、ギルバートだった。

彼は扉の前で座り込んでいる流実を見て不思議そうな顔をする。


「い、犬が…」

「犬?」

「―――何だ?」


きょとんとした表情のギルバートに被せるように部屋の奥からハスキーボイスが聞こえてきた。

そして、やって来た靭が座り込んでいる流実を見つけると、眉を顰め呆れたような表情になった。


「……そんなとこで何してる」

「は、はは…」


流実は苦笑いを浮かべ、取り敢えず立ち上がろうとして……立てない事に気付いた。腰が抜けたままだったらしい。


ようやく流実の異変に気付いたギルバートが駆け寄る。そして――何の前触れもなく抱き上げるとお姫様抱っこをした。


「!? え!!」

「立てなかったようなので。それよりどうしたんです?震えてますよ」


予想外の出来事につい硬直する。


(―――勘弁して欲しい!恥ずか死ぬ!!)


先程の恐怖も吹っ飛び、内心パニックになる流実。

心の中で降ろして欲しいと叫ぶのに、恥ずかし過ぎて声も出なくなってただ身体を縮めた。

その間にも紳士なギルバートは心配そうな表情で流実を部屋に運んでいく。


そして―――部屋の中に来て、ふと顔を上げた先の靭がこちらを見ている事に気付いた。


その瞳は、凍てつくような、死神の目だった。


「っ!?も、もう大丈夫なので!」

「え?部屋までお送りしますけど」

「良いです本当に!!」


ギルバートは気付かない。

彼の背後にいる靭の冷度が増している事に。

何故だろう、一刻も早くギルバートと離れた方がいい気がするのは?何で…何でギルバートは気付かないのか!?


「本当に大丈夫です!すみません、ありがとうございました!」

「そ、そうですか…。そこまで言うのなら」


あまりの必死さにギルバートは若干引きつつ流実をソファに降ろす。すると、彼の冷度がピタリと止まった。


(や、やっぱり、離れて正解だったんだ)


「では族長。明日はよろしくお願いします」

「…ああ」


最後まで靭の異変に気付かなかったギルバートが敬礼をして離れから出て行く。取り残された流実は、彼と目を合わせられずに俯いた。


(……お、怒られ…る?)


だが、そんな心配をよそに、靭は音もなくスッと二階に行ってしまった。


「……助かった…?」


ポソリと、気の抜けた声が出る。と同時に緊張していた身体も力が抜けていくのが分かった。

先程の刺すような冷たい目といい、ピリっとしたオーラといい、間違いなく不機嫌だった。でも、なぜ?

先程、あの訓練場で会った時はむしろ優しかったのに。 


突然の変化に流実は戸惑ったが、恐らくギルバートと仕事の話をして芳しくない話題でも上がったのだろう。


初めて自分に向けられた本気の冷たい視線だった。


流実はそれを――深く考えたくなくて、虫の居所が悪かったのだ、と思うことにした。


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