第16話 『死神じゃない』と、どうしても言いたくて
紅族の町『ウォーク』は、町というより集落のような場所だった。あるのは住人の家と、広場、食堂、それに医療施設のみ。
それでも日々離れで書類と家事に追われる流実にとって、全てが新鮮そのものだった。
「ここが診療所ですか。ウォークってとても素敵な場所ですね」
「そうかしら?何も無いところだけどね」
「何故、石壁があるんですか?」
そう言って、目と鼻の先にある石壁を見上げる流実。
ウォークは高い石壁に囲われてる。ずっと前から不思議に思ってはいたのだけど…。
「この先は森と霧の結界が張られてます。石壁は城からの目印でもあり、結界の境界線なんですよ。だから、一番奥にある離れの石壁は低いんです」
「なるほど…」
どうやら、城から見て一番奥が“離れ”らしい。
「この前、森を見てたら興味があれば連れて行ってやると言われたんですけど、流石にクロノアさん仕事忙しそうだし」
「族長が?そんな事をアンタに言ったの?」
「はい」
二人の表情には、はっきりとした驚きが混じっていた。まるで、想像もできないというように。
「そんなに意外ですか?」
「まぁ…。でも最近の族長なら、信じられなくもないわね」
「確かに。以前とは比べ物にならないくらい穏やかに感じます」
「やっぱり流実が良い影響与えてんだろねぇ」
それには首を傾げる。
私が良い影響を与えてる?
確かに最近は一言だが挨拶もしてくれるし、以前より会話も多くなった。それに髪も梳かしている。
だけど、基本的に用事がない時は喋らないし、もちろんプライベートの話だってしない。そんな自分が彼に良い影響を与えているとは思えない。
そもそも、私なんていなくても元々彼は良い人だ。
そんな事を考えつつ、最後に到着した場所は、ウォークの西側にある石壁の門だった。
時刻は夕方近く。日も陰り始め、周囲は朱く染まり始めていた。
門を越え暫く歩くと、突如目の前に広大な更地が現れる。野球場くらいの広さのそこは、手前には人型を模した藁の人形や的などが設置されていた。
「ここは訓練所よ」
「! とても広いですね!」
「ここなら思いっきり動けるしね。何より森の結界で誰も来ないし」
リリィの言葉に、流実は地図を思い浮かべた。
といっても、殆どの地図に紅族の場所は明記されてない。秘匿性が高いかららしい。
「鍛錬は日課なので、皆毎日ここにやって来ます。それ以外案外暇がってますけどね」
「暇、ですか」
ここ数日の地獄のような仕事(主に総主のもの)を捌いてきた靭を思い浮かべ、流実は遠い目をして答えた。もちろん世話係をしている自分だって例外ではない。
あれ、暇な人達にやってもらえば丁度良いのでは?
「クロノアさんは、いつもあんなに大量の仕事をしてるんですか?」
理不尽さに打ちひしがれ、ふと湧いた疑問を口にする。すると今までにこやかだった二人は少しだけ表情を曇らせた。
「さぁ。アタシは族長の事よく知らないから…」
「…私も、紅族に関するものだけなので、正直…」
なんとも歯切れの悪い答えだった。
―――そこで、ようやく当初の目的を思い出す。
「クロノアさんを、城に戻す件はどうなりましたか?」
「それは…」
「……まさか、あれから話が進んでいるんですか?」
この問いには、二人共答えなかった。気まずそうに目線を合わせている。流実はその瞬間、心がモヤモヤし始める。何故?先程雰囲気が良くなったとか、そんな話をしてたのに。
「どうなったんでしょう?クロノアさんがお城に行くなら、私もついていきますので、教えて下さい」
そのしっかりとした声音に息を飲んだのはリリィだった。予想外の反応に驚いたのだろう。
一方のギルバートはそれ程驚いていないものの、やはり気まずそうに俯いている。
こんな明確に自分の意思を伝えた事などあっただろうか?なるべく目立たないように、なるべく人に逆らわないようにと生きてきた自分が、こんなにも強く人に想いを伝えているなんて?
―――それ程、自分は彼と離れたくないのだと初めて気付いた。
「……何故、流実さんはそこまで族長と一緒にいたがるのですか?」
その時だった。
今まで無言だったギルバートがようやく口を開いた。
「……逆に聞きますが、何故皆さんはクロノアさんを避けるのでしょう」
それに質問で返した。
ギルバートだって分かっているはずだ。あの人は無差別にヒトを殺しているのではない。
戦場以外の彼は決して危険ではないのだ。悪いのは「死神」であって靭自身は何も悪くない。
―――なのに、それを考えようとしないなんて。
「もし、ご自分がクロノアさんの立場だったらどうでしょうか?」
ポツリと、こぼした。
「リリィさんは教えてくれました。神憑きは、その神の影響を受けるって。だからクロノアさんは血も涙もない冷酷な性格だと」
「え、ええ…」
「死神って何でしょうか?クロノアさんは望んで神憑きになったんでしょうか?」
「!!」
虚を突かれたように、リリィとギルバートは驚いた表情のまま固まった。
…まるで、言われて初めて考えたようだった。
「死神が憑いてないクロノアさんを知ってますか?」
「っ!」
「―――誰も知らないはずです。…誰も、知ろうとしないからです」
視界がボヤける。
そこで、ようやく流実は自身が泣いている事に気付いた。
―――悲しくて、悔しくて、抑えられない。
何で分かってくれないんだろう?何であの人を知ろうとしないんだろう?話せば良い人なのに。不器用なだけなのに。…私と同じ、誰からも理解されないなんて。
「っクロノアさんは不器用なだけで良い人です!お願いですから、“死神”以外のクロノアさんを見て下さい!」
その時だった。
「―――俺が、何だって?」
コツ、と靴音を鳴らし聞き慣れたハスキーボイスが響く。
ここにいるはずのない声に驚いた流実が咄嗟に振り返ると、白の軍服に身を包んだ銀髪の主が立っていた。
「っ…クロノ…アさん?」
「家に居なかったから探した。こんな所で…」
言いかけて、靭は流実の顔を見た瞬間少しだけ目を見開いた。そして「何故泣いている」と口早に質問した。
それに、まずリリィが目を丸くして固まった。
大体気配もなく急に現れたので驚いた事は言うまでもないが、彼が泣いている世話係にその理由を尋ねるとは思わなかったからだ。
その上わざわざ探しに来たと言う。
彼等が思う“死神”は、例え女子供が泣いていようと関係なく、不快なら『処分』する。そんな男のはず。
一方の流実は彼等の混乱には気付かず、その上先程まで溢れていた感情を整理できずに―――あろう事か、靭に抱きついた。
「……っ」
靭から漏れたのは、驚きとも困惑ともつかないくぐもった声。と同時にピシリと身体が硬直する。
まるで、これ以上どう動けばいいのか分からないと言わんばかりだった。
逆にギルバートとリリィの二人が目の前の光景に「ひっ」と声を上げた。
何度も言うが、彼等が思う“死神”ならば、今この瞬間に流実の首は飛んでいる。…はずなのに、未だ彼女の首と胴は繋がっているし、何なら抱きつかれた死神の方が動揺しているではないか。
「クロノアさんが!普段から無愛想だから勘違いされるんですよ!」
「…は? お前、離れ…」
「嫌です!私はクロノアさんの世話係です。お城だろうが戦場だろうが、離れませんからね!」
その言葉に、更に硬直する靭。
ようやく我に返ったギルバートが慌ててリリィを呼び、流実を引き剥がす。
暫く呆然としていた靭は、やがていつも通りの顔に戻ると眉を顰めた。
「……何だコレは」
「はあ、まあ少し…。すみません」
ぎこちなく目を逸らしたギルバートに、靭は更に不機嫌そうに眉を顰め、溜息混じりに「会議の件で話がある」と言った。ギルバートが頷いた事を確認した靭は、未だリリィの腕の中で泣いている流実に目を向けた。
「少し頭を冷やせ」
「っ…」
「落ち着いたら、帰ってこい」
そう言ってウォークへと戻っていく。
―――“帰ってこい”。まさか、あの族長がそんな事を言うのか。
目の前の出来事は、夢か幻か。
ギルバートとリリィの二人は最後まで信じられないといった表情で顔を見合わせるのであった。




