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50歳まで子育てに専念していたユリ。それから解放されたときに感じた恋心。

SNSの時代に家から出なくても出会いはたくさんある。そんな時代の恋の予感。

『恋をしている』そう思った。

 そんな年頃になった、我が息子と娘たちのことでは無く、その3人の母親で今年50歳の私。

そんなことを言えば「あぁ、不倫って言うやつやな。今の時代はいくらでも出会いの場はあるし、みんな真面目な顔をしてても、何やってるのかわからんからなぁ。でも、まあ、人生楽しんだらええやん」などと軽くいなされそうだけれど、そんなんじゃなくて、純粋に恋をしている。

 何をしていても、彼のことを想ってしまう、そして心に通うものが熱を帯び、それが手足の先の隅々まで運ばれて、この身体全体をどうしようもなく火照りさせる。この有り様を恋と呼ばないで、なんと言い表せるのだろう。

 なぜ、純粋な恋なのか? 彼にはまだ実際に会ったことがないから……。ただ、想いだけが募っている。『そんなのが恋?と呼べるの?』とまたまた反論されそうだけれど、今のこの自分自身の状態を、それ以外では説明のしようがない。

 そう、きっかけは、家事の合間に、手にしたスマホで何気なく見ていたネットの、とある広告が目についた。テレビでも先日取り上げられていた最近話題のジモット。ちょっと覗いてみた。

 先ずはジャンル分けされてて、メンバー募集とか助け合い、バイトやイベントなどかぁ。『猫の子をもらってください』とか『近々、出産予定。ベビーベッドを格安かタダで譲っていただける方』から草野球やサッカー仲間募集の体育会系や、写真や文学系好き集まれとか、YouTubeを一緒に始めませんか、バンド仲間募集などなど、ありとあらゆる物のやり取り、か。ま、昔は喫茶店やたこ焼き屋など、日常に人の往来のある場所の壁に貼られていた掲示板やん。個人では、カフェ巡りをご一緒にどうですか、眠れないので暇つぶしに話せる人など、ちょっと出会い系っぽい、今時の若い子らの交流の場って感じかな。と1行のタイトル文字の下に、募集文章の触りの部分が少し見えてるので、軽く目で追いパラパラとスクルールして「まあ、こんなものかな……と興味も薄らいできたので、近々行きたいと思っている、スヌーピーのピーナッツ展のサイトに移ろうかと、人差し指が画面に触れかけた時、そのタイトル文字の下にある募集文章に視線を惹きつけられ、微妙にズレたそのタイトルをタップしていた。

『少年少女時代に見た夢の中に、今のあなたは居ますか?』こんなタイトルで、何を募集してるん?と、読み進む。『自分もサッカー選手を夢見て、ボールを追いかけていた少年時代だけど、今は全く違う世界にいます。でも、振り返れば充実した良い人生だった。自分の人生に満足しているし、いつの時代に戻りたい?なんて質問されても、やっぱり今が一番良い……』って、へえ、良い人生だったんやね60歳のおっちゃん。それから?下ネタ嫌いやねんて、まあ、こんなの口だけで、牙を隠してるのかもしれないけど、なんか誠実感があるし、面白そう。

 生まれ育った和歌山の遠浅の海辺で、少女だった私は、砂に埋もれかけた貝殻を拾い上げ、耳にそっと当てた。まだ見ぬ遠く離れた所に住んでいる誰かから、いつか出会うであろう、私に向かって放たれた言葉を聞こうと、目を閉じて息を潜めて、耳を澄まして貝殻の奥に想いを巡らせていた時に、頬を撫でていく潮風の中に、確かにそれとは違う声を聞いた様に。あるいは、あの頃に部屋中を探しに探しても見つからず、もうすっかり諦めて忘れていた物が、なんの気もなく引き出しを開けたら、もう随分前からそこにあったかの様に、目の前に現れた時の、自分だけにしかわからない、小さな喜びではあるが、今見ているスマホ画面の中で、指先でなぞれば、次々出てくる掲示板のタイトル文字、ほとんどは黒色のそれらの文字列の中で、その段だけがなぜか色彩を帯びて特別のものに見えた。

「初めまして、もし、よろしければお話相手になっていただけませんか……ユリ」書いちゃった。まあ「もし、会話が合わないと感じたら、いつでもメールはやめていただいても結構です。それ以上は、こちらからしつこくメールはしませんから、一度気軽にメールをお待ちしています」と書いているし、どんな会話になるのか?わからないけど、やっぱり、そこらへんのおっちゃんやって、ことになったらやめたらええし。

「初めまして、ユリさん。メッセージをありがとうございます。仕事も忙しくしているので、それほど頻繁にはメールを書けませんが、のんびりとよろしくお願いします。コウイチ」来た来た。

世間話から始まり「この週末は花散らしの雨になるかなぁ、今年の桜の見納めになるかもね。花見はどこかで楽しめましたか?」と言う彼に「子供たちの幼ない頃には、お弁当を持って近くの川沿いの桜並木の下で、よくお花見をしましたが、3人の我が子も、もう二十歳前後になって、それぞれに楽しんでいるようで、その土手を桜の花が舞う中を軽くウォーキングをして楽しみました。でも、雨は嫌ですね。憂鬱になって……」「そうですねぇ。春から咲いた花は、これからの時期に降る雨で実をつけるので、人には鬱陶しい雨でも、恵みの雨なんでしょうね。僕が子供の頃に『雨が小粒の真珠なら、恋はピンクの薔薇の花』なんてロマンティックな歌があって、心の持ち様で雨も嫌じゃなくなるかも」。へぇダテに年取ってないなぁ。彼のメールの返事は心の冷めた水溜まりに、一滴の甘い水滴が落ち、それによってできた、悦びと言う波紋が幾重にも広がる様に満たされる想いがした。

「若い頃から写真が好きで、今でもコンデジ散策写真を撮ったりしてるんです」って、送ってきたのは、自宅の近辺を散歩してて撮った、用水路の水面に映り込んだ夕焼け雲や花などの写真。綺麗やん。有名な観光地なんかじゃなくても、こんなに綺麗に撮れる、そんな目でいつも彼自身が見ている景色は、その心の有り様?60のおっちゃんが、毎日をそんな風に生きてるのって良いなぁっと思った。まだ、夜明け前のベランダに1人座り、彼の住んでいる大阪の街の方を眺めながら、メールを読んでいたら、いつの間にか彼のそばにいる私は、気ままに遊んでいるその姿を眺めているような感覚になっていた。

「50歳の時から物書きになりたくて、60歳で新人賞を取るぞ!なんて目標を立てていたけど、60歳になってしまったので、70歳で新人賞を目指しています。」ホントかなぁ。え?鉛筆で手書きのイラストにエッセイを書いてるの。そんなに上手いって言う様なイラストや文章ではないけど、ずっとそんなことをやってるんや。ええ歳してなんか面白い人。

 和歌山で生まれ育った私は海が好き、もちろん一日中でも水に浮いてられる。富士山に何度も登っている彼はカナズチで海が苦手。

 ネットで探し出した、綺麗な海の写真付きの彼からの、おはようメールで1日が始まる。生活の中での細々とした悩みや苛立ち、楽しかったことや嬉しかった思い出話を、メールに書くことで人生を振り返り、過ぎ去った時間の燃えかすが、心からサラサラと舞い出て、キラキラとした春の光に包まれている様な心地良さを感じる。2人の間を行き来するメールは、大きさの違うたくさんの歯車が、噛み合いながら軋むことも、止まることもなく回り続けて、まるで私の生きる時間を作りだしてくれている機械の様だった。

 彼からのメールを待ち侘びて、それに返事を書く喜びの日が1ヶ月経ったが、なぜか物足りなさを感じ始めている。なぜなんだろう?楽しくて楽しくて仕方のない会話が続いているのに、私をお茶にさえ誘おうともしない。そして、気づけば、彼からの誘いを待ち望んでいる自分がいた。

 『どんな男性なんだろう?会ってみたい。その声を聞いてみたい。その表情を見たい。視線を感じたい。。。。できればハグしてほしい』きっと、このメールが途切れたら、かなり落ち込むだろう。いや、もっと大切なものを失った喪失感に心にぽっかりと開いた穴を冷たい風が吹き始めるだろう。

 たまに顔を合わせて、日常の愚痴などをとめどなく話して、ストレス解消をしていたナオミは学生時代からの悪友で、久しぶりに梅田でランチをした。

「なになに?出会い系で知り合ったオジサンに、子育てを終えた主婦、いい歳をした50女が恋焦がれてる?うぅぅん。まあ、よくある話やん。」とそっけなく断罪されてしまった。そして「一ヶ月経っても、誘ってもくれない? そんなのわからないの?彼はもう男じゃないって。わかる?抱けないの。そんなつもりはないって。普通の男と女なら、なんだかんだと綺麗事を並べても、結局はそうなるやん。でも、あんたの周りの男、60の、大体それらをみたら、みんな似たり寄ったりで、たまたま彼は話し上手で、もしかしたら、若い時には女をよりどりみどりにモテて、年老いてもどう言えば女は喜ぶか、なんてことは身体に染み付いてて、でも体がいう事聞かない。でも、自分の身体がそんなんでも、やっぱり異性と知り合いたいやん。よく言うやん、もう年老いて杖を突いてボチボチ歩いているようなご老人でも、公園のベンチに座って、頭の中では目の前を歩く女性を裸にして、舐め回してる。って。紳士淑女に見えても、頭の中は何考えてるかわからんで。純粋な恋や、って綺麗事言うてるあんたも。だからメールしたんやし、って、そんなところちゃうか。そんなに会いたいなら、こっちから、お茶でもランチでも軽く誘ってみたらええやん。うまいこと言って、上手してパパにでもなってもらったら?ハハハ」「そんなんちゃうわ」「そうかなぁ、愛想して、美味しいもの食べに連れて行ってもらって、それとなく、欲しいものを言えば買ってくれるんじゃないの。まあ、役立たずの男にはそれなりのリップサービスをしないとあかんやろうけど」「ん……怒」


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