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眼鏡屋の独り言 -Ⅱ

 ドリップしたコーヒーを共に、一人クッキーをかじる。

 クッキーを数枚頂いただけで、すっかり口の中が甘くなった。なので三杯目のお代わりはコーヒーを淹れる。

 わざわざ手製のクッキーを贈ってくれた本人と一緒の時は、紅茶を飲んだ。彼女のリクエストが紅茶だったからだ。コーヒーは苦くて飲めないらしい。それでも遠慮したのか『新淵さんに合わせます』とは言っていたけれど、そこは大人である自分のほうが譲った。

 どちらかと言えばコーヒー党だけど、紅茶も好きだった。緑茶も、ココアも、店では飲まないけれどアルコールも。

 長く生きていて嗜好品に凝った時期もあるので、大方なんでもいける口だ。バックヤードにはある程度の種類を揃えてコーヒー粉や茶葉を備えてあるが、大半が簡単に淹れられるものにしている。ここは喫茶店ではないし、最近はこだわりがなくなって、そういう気分の時期が来たかななどと思う。


「でももうちょっと、若い子が好きそうなのを置いとこうかな」

 若い茶飲み友達ができたのだから、と思いつつもう一口クッキーをかじる。

 出来のいいクッキーを厳選したとかで、量は二人で分けたら少ないくらいだった。

 作りながらたくさん食べたから、という言い分で少女はずいぶんと遠慮をした。クッキーは贈り物だからという想いだったのだろう。その想いを汲んで、多めにもらった。少女が帰ったあとも、残った数枚を一人で食べている。

 噛み砕くと、薄い飴の破片が口の中を小さく刺した。もちろん口内を痛めるほどではなく、さくさく崩れるクッキー生地とは違った触感と味わいが面白かった。

 最後の一枚は、飴の窓ガラスが嵌った三角屋根の家。

 小さな小さな窓から、店の窓ガラスを覗く。

 銀の月眼鏡店。

 少女がつけてくれた、新しい店の名前。

 ずいぶんと幻想的な名前だと思うけれど、自分にはない感性が微笑ましかったので当分この看板を掲げることに決めた。


「にしても、もともとどんな店名にしてたっけなあ……」

 コーヒーをすすりながら、久々に古い記憶を紐解こうとする。

 あまりに長い時間を生きてきた。

 人間の体は三百年以上も生きる設計にはなっていないから、脳の容量はとっくに限界を超えているに違いない。

 だから記憶の取捨選択をして。不要な情報や後生大事にとっておくまでもない思い出はどんどん消去するか、日々の営みの邪魔にならないように記憶の奥深くに封じておくか。

 そうやって自分の海馬だか記憶の受け皿だかは、活動を維持しているのだろう。

「やっぱり、忘れちゃったな」

 思い出せない記憶に見切りをつけて、クッキー最後のひとかけらを飲み込んだ。

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