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7.辺境伯夫人は恐れられる

 結婚式の翌日から、シャゼル家の女主人としての新生活が始まった。


 昨日はちらほら使用人の姿を見かけたが、なぜだか今日はどこを見渡してもほとんど人がいない。式に参列していた執事の男性のほかに、今日私が屋敷内で見かけた使用人は三、四人程度だ。

 厨房や使用人室をのぞけばもう少し人がいるのかもしれないが、とにかく私の周りには誰も控えていない。


 時折見かける数少ない使用人たちは皆、私を見ると悪魔でも見ているかのような怯えた目で一目散に逃げて行く。


(私ってそんなに恐ろしい外見をしてるのかしら……?)


 それとなく鏡でチェックしてみる。

 どこからどう見ても、普通の二十歳の女性……だと自分では思う。

 スミレ色の髪に、翠色の瞳。お父様に似ていないこの髪の色が珍しくて、恐れられているのだろうか?


(怖く……ないわよね?)


 使用人の人数の少なさをどう思うか、ネリーにも尋ねる。


「……いいえ、使用人室には大勢いましたよ」

「やっぱり?」

「今リゼット様の横にあるそのお花だって、今朝使用人の方が持ってきました」


 鏡の横に置かれた小さな花瓶の中に、まだ朝露に濡れたスミレが飾られていた。


「これをわざわざ持ってきてくれたのに、私にお顔も見せずに帰ったの?」

「はい。なんだかすごく怯えてて、入り口のところで私に花を押しつけて走って逃げました。私が使用人室にいってもみんな避けるんです。変ですよね」


 もしかして、もしかしたら。

 私が旦那様に嫌われ過ぎているから、使用人たちからも煙たがられているのかもしれない!

 そしてネリーは、その巻き添えを食っている……。


 嫁いできたばかりでまだ何もしていないのに、ここまで嫌われるとは。

 やはり私は、無意識に人を苛立たせるような雰囲気を持っているのだろうか。お父様にソフィ、シビルだって、私のことを嫌っている。


 旦那様も、きっとそうなのだ。

 女と見ればすぐに手を出すと有名な旦那様が、私に対しては「愛するつもりはない」と断言するくらいだから。


   ◆


 朝食後に執事のウォルターに屋敷の中を案内してもらった。

 この屋敷は一風変わった造りをしている。上から見ると、星型をしているらしい。廊下の角が直角ではなくて斜めに曲がる感じだ。


 結果どうなるかと言うと……道に迷う。

 とにかく道に迷う。

 方向感覚が全くつかめない。


 昼食の準備ができたらお呼びしますからお部屋でお待ちくださいと言われたけれど、この屋敷では自分の部屋がどこにあるかも分からず戻れない。困り果てた私は、太陽の向きでも見て方角を確かめようと、窓から外を眺めた。


 初めての場所で、新しいこととの出会いが続くと、疲れも溜まるけどワクワクも大きい。

 愛してくれない旦那様、私を避ける使用人たち、迷路のようなお屋敷。

 嫌なことばかりに見えるけれど、これまでと違う環境だって、私の気持ちの持ちようによっては楽しめるはずだ。


 外では騎士たちが訓練をしている最中のようだった。木剣を振るい、攻撃と防御に分かれて練習している。よく見ると、女性騎士もチラホラと見えた。


「女性騎士……かっこいいわ!」


 女性騎士が木剣で相手の攻撃を受け止める姿はとても凛々しくて、彼女たちの真似をしようと、つい手や足が動いてしまう。しばらくそうして外を眺めていると、私のうしろでバサバサと書類が床に落ちる音がした。驚いて振り返ると、そこには()()()が立っていた。


 ……そう。

 私のことを愛するつもりがないと宣言した、旦那様だ。


 今日も今日とて、ひどく狼狽している。

 書類など誰かに運ばせればよいのに、自分で大量に抱えていたようだ。落としてしまった書類を拾うのも忘れて、私を見て固まっている。


(昨日の今日ですものね。さすがに罪悪感でいっぱいかしら?)


 愛するつもりはない、なんて酷いことを言われたけれど、別に私は怒っていない。

 旦那様を安心させようと思い、笑顔を作って旦那様の方に近付いた。


「旦那様、書類を拾うのを手伝いますね」

「ヴァレリー嬢……」

「もう結婚いたしましたので、どうぞ私のことはリゼットとお呼びください」

「リゼット……そうだな、もう結婚したのだった」


 ガチガチに固まっていた旦那様の表情が、ほころぶ。

 私もそれを見て胸を撫でおろした。


 良かった。旦那様の結婚相手がソフィではなく私――姉のリゼット・ヴァレリーであることは、旦那様にも伝わっていたようだ。

 落ちた書類を拾い集めて旦那様に手渡すと、彼は「ありがとう」と小さく呟く。


「旦那様、私のことをお嫌いなのは重々承知の上で一つお願いがございます」

「……べ、別に嫌いというわけでは」


 眉毛をピクっとさせた旦那様は、私から離れようと一歩うしろに下がった。

 私はその距離を詰めるために、旦那様のほうに一歩進む。


「旦那様。実は、道に迷いました……私の部屋がどこにあるのか教えてください」

「ま、迷ったのか?」

「はい……申し訳ありません」

「そうか……確かにこの屋敷は分かりづらい」


 そう言って旦那様は、背中を向けて歩き始める。

 少し行ったところで振り返り、ついて来るようにと私に目配せした。


 途中で別の使用人とすれ違った。旦那様はその使用人に私を案内するように言うと、さっさと立ち去ってしまった。その時、確かに私は見た。彼がその使用人に、見たこともないような優しい笑顔で話しかける姿を。


(あんな表情(かお)もできるんじゃない)


 私に対して冷たく接する旦那様。

 でも、時々優しい笑顔が見え隠れする。


 彼は一体どういう人物なのか。

 それが私には分からなかった。


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