6.亜麻色の髪の男
「ああ……疲れた……」
その場にいない旦那様への永遠の愛を誓うという前代未聞の結婚式を終え、私はシャゼル家の屋敷に戻ってきた。私の部屋はきちんと整えられていて、暖炉には火も灯っている。
暖炉の前に座ると、花嫁衣裳のまま旦那様を待ち続けた疲れと、冬の風で存分に冷やされた体が解けていくように感じてほっとした。
「それにしても、ひどい結婚式だったわ」
もしかしたら初夜に現れなかったりして……なんて心配していたけれど、まさかその前段階の結婚式にすら旦那様が現れないなんて、誰が想像できただろうか。
想定外の事態。このままいけば、今晩旦那様が私の寝室に来ることもないだろう。
まだ顔を合わせてもないというのに、これは相当嫌われていそうだ。魅力的な浮気相手さんたちに囲まれて、今頃楽しい時間をお過ごしなのかもしれない。
(旦那様のほうから『離婚する』と言ってくれれば、王都に戻れるのな)
私から離縁を申し出ることはできないけれど、シャゼル家のほうからの申し出であれば、お父様も許してくれる――いや、無理だ。お父様にとって、事実がどうであるかは関係ない。上手く旦那様に気に入られなかった私に非があると言って怒るだろう。
やっぱり私はここでやっていくしかない。
本当は私も、新しい家族が欲しかった。望みが薄いことは分かっていても、寂しい気持ちがしないと言えば嘘になる。
「ああ、何だかこの屋敷にいると仕事もないし暇だから、考えごとばかりしてしまうわね」
長旅の疲れか、体が重い。
旦那様は来ないだろうし、早く寝てしまおう。
眠る前に、窓の鍵が壊れていないかチェックする。いつものクセで窓やドアを入念に確認しながら、ふと気が付いた。普通の屋敷では、部屋の鍵が壊されているわけがない。
もう夜中に怯えながら寝る必要がこともないのかも……これは想定外の幸運だ!
旦那様が結婚式に来なかったことは悲しかったけれど、こんな思わぬいいこともあるなんて!
ロンベルクでの生活は幸先よくスタートだ。
そんな幸せな気持ちで、眠ろうと寝台に腰かけたその時――旦那様らしき人が、寝室にやって来たのだった。
扉を開けて入ってきた男は、亜麻色の髪にサファイア色の瞳。
いかにも女好きしそうな風貌の彼から出た言葉は、
「俺は君と結婚したが、君のことを愛するつもりはない」
だった。
「……愛するつもりがないとは、どういうことでしょうか」
「何度も言わせないでくれ。俺は君のことを愛するつもりはな……い……かもよ? 今のところは」
(今のところは……って何かしら。突然どもりはじめたし)
「旦那様、今のところは、と言うと、そのうち愛するようになる可能性があると言うことですか?」
「うっ……と、とにかく、当面君のことを愛するつもりはないから、寝室も別にさせていただく。ゆっくり寝てください。それでは」
そう言って、旦那様は逃げるように寝室を出て行った。
扉がパタンと閉まる。
私は体中の空気が出て行くのではないかと思うほど、深くため息をついた。
『今のところは』『当面』私のことを愛するつもりはない……と。
……どういう意味?!
そんな生殺しみたいなセリフが一番困る。
いっそのこと『一生愛するつもりがない』と言われた方が気持ちはスッキリする。
女好きしそうな麗しい見た目の方だったし、恋のお相手にこと欠かないのも納得できる。
でも、少しだけ見え隠れした丁寧な話し方や態度には、優しさや礼儀を感じた。あの方が本当に、王都まで名が轟くほどの女好きなのだろうか
そうは見えなかったけれど。
(……ダメだわ、リゼット。期待してはダメ!)
男女間の愛なんて、私だけが頑張っても仕方のないこと。旦那様と家族になれたら……なんて期待していたら、あとで傷つくことになる。
だって旦那様は私にしっかりと釘を刺したのだから。
自分の愛を期待するな、と。