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49.向き合う覚悟

 ロンベルク辺境伯に任命されたユーリ様の着任の日が近付いてきた。


 リカルド様の身代わりとして、ユーリ様はこれまでも全ての任務をこなしてきた。だから今さら着任も何もないのだが、いつまでも王都に留まると任務をこなすにも限界がある。背中のケガも日常生活に問題ないほどに回復したので、いよいよ近日中にロンベルクに戻ろうということになったのだ。


 リカルド様がドルンに発った後も、私は両親の看病で忙しく、ユーリ様と二人きりで話す時間は取れないままだ。


「奥様……じゃなかった、リゼットお嬢様。私はロンベルク辺境伯に雇われている身ですので、来週ユーリ様と共にロンベルクに戻らねばなりません」


 寝る前に、私の着替えを手伝ってくれていたネリーが言った。ネリーがロンベルクに戻ることもとっくに分かっていたことなのに、改めてそう言われると急に寂しくなってしまう。


「明日は新しいお医者様が来られて、丸一日診察とリハビリになります。使用人たちが全て対応しますので、リゼット様の出番はありませんよ。ユーリ様とお出かけなさって来てください」

「ユーリ様と?」

「これまで、お二人でお話する時間が取れなかったではありませんか。明日は屋敷もバタバタしますので、お外に出て頂かないと逆にみんなが困りますよ」

「……そうなのね」


 ソフィの身代わりとしてロンベルクへ嫁いだ私と、リカルド様の身代わりとして旦那様のフリをしていたユーリ様。色々なすれ違いや誤解もあったけど、私は彼の辺境伯の地位や家柄に惹かれたわけではない。

 私の好きな花を毎日早起きして届けてくれた優しさや、私が困らないようにいつも陰で思いやってくれるところに惹かれたのだと思う。


 はっきりとは聞いていないけれど、カレン様との関係が私の勘違いなのであれば、多分ユーリ様も私のことを想ってくれている。

 それなのに、ユーリ様と向き合う覚悟ができなかったのは、私のせいだ。


 国王陛下の前でソフィの罪状が読まれた時、私はシビルやソフィからお母様を守れなかったことを心から悔いた。お母様に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 いくらユーリ様について行きたくても、お母様への罪悪感がある限り、ここを離れる勇気がない。

 そんなことをしたら、私は一生お母様に対して顔向けできない気がするから。


「リゼット様。もしご自分のお気持ちがハッキリ決まっていないのなら、ぐちゃぐちゃのままユーリ様にぶつけたらよいのですよ。何でも一人で解決しようとしないで良いのです。私はここを離れますが、伯爵夫人のお世話はグレースさんがしっかりなさっていますし、ヴァレリー伯爵様ももうお元気です。伯爵ご夫妻がこれからどうなさるかは、お二人がお決めになることです」


 私の髪の毛がスミレ色になった理由を、リカルド様はお父様にも説明してからドルンへ発った。お父様は、お母様や私へどう接していいのか分からないのだろう。お母様が目覚めた後も、まだ一度もお母様の部屋を見舞っていない。


 お父様とお母様は、もう一度夫婦としてやり直す選択をするのだろうか。


「……駄目よ、ネリー。やっぱり私には心配ごとが多すぎて、ユーリ様に自分の気持ちをお伝えできないわ」

「では、心配ごとを洗いざらいユーリ様にお伝えになってください。いつまでも逃げていると、だんだん周りもイライラしてきますからね。とにかく明日は絶対にお二人で! では、お休みなさいませ」


 言いたいことだけ言ってネリーが去った後、私はベッドに入っても寝付けず、テラスに出た。


 ネリーは、ぐちゃぐちゃの気持ちをそのままユーリ様にぶつけろと言った。ユーリ様は受け止めてくれるだろうか。何の結論も出ていない私を許してくれるだろうか。


 ユーリ・シャゼルとリゼット・ヴァレリーとして、二人きりでゆっくりお話するのは明日が初めてだ。身代わり夫と身代わり花嫁という関係ではなく、ちゃんと本物の自分同士、向き合って話し合おう。


 夜空には雲ひとつなく、明日は綺麗に晴れそうだ。良い結果になりますようにと星に向かって願いをかけた。


   ◇


 翌日――新しく来てくれた主治医の先生に念入りに本物かどうか確認してからご挨拶をして、ユーリ様と私は街に向かった。


 雲一つない青空の下、私たちが向かった先は、食堂『アルヴィラ』。

 そこは、私とユーリ様が初めて出会った場所だ。私は出会った日のことは覚えていないのだが、ユーリ様は初めて会った日のことも、誕生日のお祝いをした日のことも全部覚えていると言って照れ笑いをする。


「……おばあちゃん!」


 食堂の裏庭で畑作業をしているおばあちゃんの姿を見つけ、思わず遠くから大きな声で叫んだ。おばあちゃんは私の声で体を起こし、笑顔を浮かべる。


「リゼットじゃないか、ロンベルクへ行ったんじゃなかったのかい? もしかして旦那様と一緒に……あら、あなたはあの時の……」


 私の後ろにいたユーリ様とおばあちゃんが、顔を見合わせる。ユーリ様もこの食堂に時々来ていたというから、おばあちゃんと顔見知りなのかもしれない。


「ご無沙汰しています」

「あら、そうかい。貴方がねえ……」


 私の知らないところで、ユーリ様とおばあちゃんの話が通じているのが不思議だ。ユーリ様はよっぽど常連さんだったのだろう。


 その日は食堂は休業日だったらしく、おばあちゃんは私とユーリ様のために店を貸し切りにしてくれた。私たちは窓際の席に、向かい合って座った。

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