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47.切れない糸

「お父様、お食事です。少し体を起こしてもよろしいですか?」

「ありがとう……自分でできるから大丈夫だ」


 国王陛下の前でソフィが裁かれた、あの日から二週間。


 お父様はショックのあまり体調を崩して寝込んでいる。お母様は日を追うごとに元気になり、回復に向かっている。そんな大忙しの我が家で、私は両親の看病に明け暮れる日々だ。


 二人の看病は自分が思ったよりも負担が大きくて、悩みごとをする余裕もないままあっという間に毎日が過ぎていく。おかげで、リカルド様との離婚は後回しにせざるを得ない状況だ。忙しすぎて、もうどうにでもなれという投げやりな気持ちになっている。


 それに、今のヴァレリー伯爵家にはもう一人。ケガ人が滞在している。


 魔獣との戦いで負った背中の傷が開いてしまったユーリ様は、王都に暮らすご家族の元で療養される予定だった。それをリカルド様が止めて、我がヴァレリー伯爵家で客人として療養させろと言ってきたのだ。


 ユーリ様はご両親やお兄様たちとあまり上手くいっていないらしい。

 あんな家族の元に戻ったら治る傷も治らないというのが、リカルド様の主張だ。リカルド様はもちろん今回も国王陛下の名前をちらつかせて、お父様と私に決断を迫った。ソフィやシビルの件で負い目を感じているお父様は、二つ返事でユーリ様のお世話をすることを了承した。


 私の心の中には、もうしっかりと刻まれた。

『リカルド様と関わるとロクなことがない』、と。


 ユーリ様もカレン様も、リカルド様に振り回されながらよく何年も耐えたと思う。私には無理だ、早くリカルド様と離婚したい。それなのにリカルド様に会いにいく時間も、離婚の申し立てのために出かける時間もないほどの忙しさだ。


 リカルド様と結婚しているはずの私、リカルド様の身代わりから解放されたはずのユーリ様。

 奇妙な関係の私たちは今、同じ屋敷の中で過ごしている。


   ◇


「リゼット」

「はい、ユーリ様。なんでしょうか? お水ですか? 薬ですか? 暑いですか? それとも……」

「リゼット!働きすぎだ、少し休んでおいで」


 運んでいたシーツやタオルを私の腕からひょいと奪うと、ユーリ様は私の代わりにお母様の部屋にそれを持って行く。まだ背中の傷が完治していないのに、ユーリ様は療養しようともせず、こうしてちょくちょく手伝ってくれる。他人の家なのに率先して動くユーリ様のほうが、私よりも働きすぎだと思う。


 止めようとして追いかけると、ユーリ様はお母様の部屋にいたグレースにシーツを渡し、私を振り返った。


「侍女たちも頑張ってくれているし、君は少し休んだ方がいい。俺も手伝うから」

「でも、ユーリ様はお客様です」

「君に話があると何度も言っているのに、いつも忙しそうだから困ってるんだ。今日は少し話せる?」

「……ごめんなさい、私今日は少し行くところがあって。ユーリ様こそ、ケガがまだ治ったわけじゃないんですから! 新たなロンベルク辺境伯様に失礼があっては、ヴァレリー伯爵家は今度こそ陛下のお怒りを買ってしまいます」


 先日、ユーリ様は国王陛下に「ロンベルク辺境伯に任命してほしい」と直談判したそうだ。

 背中の生々しい傷とユーリ様の気迫に押された国王陛下はユーリ様の願いを受け入れ、ロンベルク辺境伯に正式に任命した。

 リカルド様が裏で国王陛下と取り引きしていたことを、ユーリ様が知っているのかどうかは分からない。


 表向きにはこう発表された。

 陛下の密命を受けて、国内で発生した貴族の毒殺未遂事件を調査・解決したリカルド・シャゼル様の手腕を買い、ドルン医薬研究所の所長に任命する。

 リカルド様が密命によってロンベルクを離れている間に、魔獣征伐を含めて辺境伯を代理で務めあげたユーリ・シャゼル様を、正式にロンベルク辺境伯に任命する。


 しかし、遠く離れた土地の人事など、王都の民たちにとってはどこ吹く風だったようだ。辺境伯が入れ替わったことよりも、平民の子が貴族の子になりすまして伯爵夫人を毒殺しようとしたという事件の方が、噂の中心になった。


 リカルド様の失踪とユーリ様の身代わり、そしてシビルやソフィたちの計画によって複雑に絡まり合っていた糸は、少しずつほどけていく。


 その中で、切らねばならぬのに繋がっている糸。

 それが、リカルド様と私の関係だ。


 私はてっきり、ユーリ様がカレン様のことを想っていらっしゃるのだと思っていた。でも、それはどうやら私の勘違いのようだ。去年の十一月に私がユーリ様から頂いた手紙が、彼の本心らしい。


(私のことを「愛しく思う」と……)


 手紙に書いてあったその言葉を時々思い出しては、仕事が手に付かないほど顔が火照る。

 ユーリ様は何度も私に「話がある」と言うけれど、二人きりになれば、そういう話になるのだと思う。

 でも、私はそれをどんな顔をして聞けばいいのか分からない。


 実態はさておき、書面上では私はリカルド・シャゼル様の妻のままだ。そんな私がほかの男性と同じ屋敷内で生活していることも良くないのに、二人きりでお話するわけにはいかない。

 ロンベルク辺境伯として華々しいスタートを切ったユーリ様の足枷にはなりたくないのだ。


 リカルド様は近いうちに、ドルンの研究所に向かうだろう。彼がドルンに発つ前に、離婚だけは絶対に済ませておきたい。

 ユーリ様のお気持ちに答えるかどうかは、それから考えるべきことだ。


 今日はお母様も調子がいいし、この隙にリカルド様を訪ねてみよう。

 そう思っていたのだが、なんと向こうの方からヴァレリー伯爵家を訪ねてきたのだった。


全52話で完結予定です。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです!

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