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45.張りつめた糸

 謁見の間の入口扉がギイと小さな音を立てる。


 数人の騎士に付き添われて歩いて入ってきたのは、ソフィだ。黒に戻ってしまった髪を隠すようにストールを頭にかけ、恐る恐る周りを見渡した。


 私と目が合った瞬間、彼女の顔はみるみる紅潮した。


(お姉様、裏切ったのね……!)


 彼女の口の動きから、そんな言葉が聞こえてくるようだった。ソフィから見れば、私がソフィの居場所を伝えて王都に引き戻したようにしか思わないだろう。

 ソフィの後ろから、シャゼル家執事のウォルターが続く。リカルド様の指示で、ウォルターがソフィを王都まで連れてきたのだ。


 そしてウォルターが入って来てから少し間をあけてからもう一人、別の男性が現れた。

 見覚えのある亜麻色の髪。背中をかばうように少し丸めて、歩きづらそうにゆっくりと入って来たその人はーー。


(ユーリ様だわ! ユーリ様がなぜここに……!)


 ユーリ様は、私の顔を見て目を丸くした。そしてそのまま前方にいるリカルド様の方に視線を移し、鋭い目で睨みつける。ここが国王陛下の御前でなければ、今すぐリカルド様のところに飛び掛かっていくのではないかと心配になるほどだ。


「ソフィ……! ずっと探していたんだぞ、どこにいたんだっ!!」


 ソフィに駆け寄ったお父様が彼女を抱きしめた。その勢いで、ソフィの頭からストールがはらりと落ちる。ストールの下から現れたのは、私がロンベルクでソフィと再会した時と同じ、長い黒髪だった。お父様はソフィの背中に流れる髪を手に取り、わなわなと震え始める。


「ソフィ……これは?」

「お父様、誤解なんです……!」

「銀髪は、私の娘の美しい銀髪はどこにいったんだ……?」


 震えるお父様の肩を、リカルド様がポンポンと叩いた。


「ヴァレリー伯爵、これが証拠です。あなたにとっては髪色が全てなのでしょう? 完璧な証拠ではありませんか。ソフィはあなたの娘ではありません。ドルンでシビルと黒髪の夫との間に生まれた子です。今までずっと、アルヴィラという花を使って髪の毛を銀髪に染めていたのです」

「……そんなバカな! 花で髪の毛が染まるなんて、そんなことあるものか!」


 混乱するお父様は、国王陛下の前にいることを忘れてしまったのか、大声で叫びながらソフィを突き放した。よろけたソフィをウォルターが咄嗟に支える。お父様は近くにいた騎士に腕をつかまれてソフィから離された。


「国王陛下。既にご報告の通り、ここにいるソフィとその母親のシビルは、偽りの主治医を使ってヴァレリー伯爵夫人にドルンスミレの毒の投与を継続的に行っていました。そして伯爵夫人の意識がなく拒否できないのをいいことにソフィは伯爵の養子となり、姉のリゼット・ヴァレリーを追い出したのです」


 リカルド様の言葉を聞きながら、ソフィは涙を流す。

 この謁見の間に入る前に、ソフィ自身も自分の罪状を読んだはずだ。国王陛下に対して申し開きをしないということは、ソフィも罪を認めたということだろう。


 これまで私に酷い仕打ちをしてきたソフィ。

 私はソフィのことを妹なのだと信じてきた。彼女のことを好きにはなれなかったけど、この世界で唯一の姉妹だと思って彼女を尊重してきた。


(それなのに……)


 リカルド様から真相は聞いていたけど、こうしてソフィ本人が罪を認める姿を目の当たりにして、改めて色々な思いが蘇る。私は、お母様のことを害する目的でヴァレリー家にやって来たソフィを、疑うことなく家族として受け入れた。ヴァレリー家の正式な娘となって私を使用人室に追い出した彼女たちと、向き合って戦うこともなく。

 私は、お母様に対して合わせる顔がない。私の弱さがお母様を危険に晒したのだから。


 ソフィは泣きながらお父様に向かって話しかけている。お父様は床にくずおれたままだ。


「ソフィ・ヴァレリー。罪状にあった内容を読んだであろう。自らの罪を認めるか」

「…………陛下ぁ! 私はヴァレリー伯爵夫人に毒を盛っていません。盛ったのは私の母と主治医なんです。私は何もしておりません!」

「母親と主治医が毒を盛ったことを知っている時点で、そなたにも罪があるのだ。ソフィ・ヴァレリーと母親のシビル、医者だと偽ったニールの刑については後日伝える。ヴァレリー伯爵は、ソフィ・ヴァレリーとの養子縁組の解消について検討しておくように」

「国王陛下! せめて私の夫となるリカルド・シャゼル様に会わせてください、私を助けてくれるかもしれません!」

「ソフィ・ヴァレリーよ。リカルドならそなたの目の前にいるではないか」

「え?」


 国王陛下は、ソフィを一瞥して謁見の間を出て行く。ソフィはリカルド様の顔を見て、わなわなと震えた。


「アンタが、リカルド様なの……?」

「アンタとは酷い言い様ですね。貴族のフリをするつもりだったのなら、マナーも身に着けるべきだったのでは? リゼット嬢のように」

「リゼット嬢って……そっ、そうだ、お姉様なら助けてくれるわ。お姉様!!」


 懇願するような目で、ソフィが私を見る。


「ソフィ……」

「リゼットお姉様なら分かってくれるわよね! 髪を染めただけで罪に問われるなんておかしいわ。ねえ、お姉様から国王陛下に伝えてくださらない!?」


 ソフィはずっとこうして、お父様にも可愛らしい態度ですり寄っていたのだろう。

 でも、もう騙されてはいけない。私が守るべきはソフィではない。私のことを大切にしてくれるお母様やグレース、ロンベルクの騎士団や使用人たち、ウォルター、そして……ユーリ様だ。


「ソフィ。あなたは髪を染めただけだと言うけれど、そのせいでどれだけ多くの人が苦しんだか想像してほしいの。あなたに愛情を向けたお父様は、真実を知って傷付いたわ。それに私だってずっと、ヴァレリー家の娘として扱われず苦しい思いをしてきた。それに――」

「お姉様……イジメたことは謝る! もうしないわ」

「そんな簡単なことじゃないの。分かるでしょう? 貴族は、自分たちのことだけ考えてはダメ。治める領地や領民、そして国に対しても責任を負うわ。あなたにはできない。罪を認めて、償うことに力を注いでほしい」

「お姉様ぁ……!!」


 泣き叫ぶソフィ、絶望して床に突っ伏したままのお父様。

 しばらくして、騎士たちがソフィを連れて行き、この場は解散となった。


 お父様はこれから、ソフィと縁を切らねばならない。ソフィは平民の、主治医とシビルの子に戻る。


 私のことを不義の子だと疑い、突然現れた銀髪の少女を実の娘だと心から信じて可愛がったお父様。でも私はお父様のことを責めることはできない。だって私もまたソフィやシビルを疑うことなく、彼女たちと戦うことを避けてロンベルクに逃げたのだから。


 お父様と私は、これからお母様にどんな顔をして会えばよいだろうか。

 立ち尽くす私の後ろから、私の肩にそっと誰かの手が触れた。

 振り向くと、ユーリ様が立っていた。


「リゼット……大丈夫か?」

「…………」


 ユーリ様の声を聞いて、張りつめていた糸がプツンと切れたように、私は大声を上げて泣いてしまった。ユーリ様は私の頭をご自分の胸にそっと押し付け、私が泣き止むまで何も言わずに一緒にいてくれた。

 

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