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4.ロンベルク辺境伯領へ

 ロンベルク辺境伯のリカルド・シャゼル様は、数年前から国境近くで出没していたという魔獣征伐で戦果を上げた有名な人物だ。二十三歳という年齢で騎士団を率いて戦い、第二王子を身を挺してお助けしたことをきっかけに、国王陛下から褒章が授与されたと聞く。


 文武両道のリカルド様は騎士道だけではなく医学や科学にも精通していて、学生時代の成績もトップクラス。現・王妃様の縁戚の家系ということもあり、国からの期待の大きさは想像に難くない。


 そんな、エリートコースまっしぐらのリカルド様。


 しかし魔獣との戦いが終息して以降、彼は色んな女性をとっかえひっかえして浮き名を流すようになった。


 国王陛下としては武功を立てた彼を重用したかったのだが、この悪い噂が邪魔してどうにも上手くいかない。そこで、未婚だった彼を適当な相手と結婚させて、とりあえず女グセの悪さを落ち着かせようと考えた。


 白羽の矢が立ったのがヴァレリー伯爵家の令嬢、私の義妹のソフィ・ヴァレリーだ。


 お父様は可愛い娘のソフィを第二王子に嫁がせたかったらしく、社交界での売り込みを欠かさなかった。おかげで国王陛下もソフィ・ヴァレリーの名を知るところになったのだが、それが裏目に出たようだった。


 逆に、使用人と共に働いていた私のことは社交界でもほとんど知られていない。国王陛下はお父様に『娘を嫁がせろ』としか仰らなかったので、ソフィの代わりに私を嫁がせることにしたお父様は、陛下との約束を違えたわけではないとアピールして回っている。


 そうまでしてソフィが嫌がるのが、リカルド・シャゼルという相手だ。一件華々しい経歴の彼なのに、ソフィがそんなに嫌がるほど女癖の酷い方なのだろうか。



 結婚準備を整えてロンベルク辺境伯領に向けて出発したのは、王都に春が訪れた頃だった。

 王国北部にあるロンベルク領に近付くにつれて季節は遡り、数日後には窓の外にチラつく小雪が見えた。

 嫁ぐにあたってお父様が準備してくれたものは何もない。文字通り身一つで嫁ぐ私に、先方が侍女を雇ってくれ、途中の町まで迎えに来てくれた。侍女の名はネリー。私よりも二つ年上の二十歳のお姉さんだ。


 ネリーもシャゼル家で働くのは初めてだという。こんなに遠いところまで来てくれたネリーに申し訳ない気持ちだ。




「ええ、それは酷い噂ばかり聞きますよ」


 そのネリーにリカルド・シャゼルの噂を聞いてみると、彼女の話が止まらなくなった。


「初対面から平気で口説いてくると言いますし」

「はあ……」

「夜会では、必ず女性と一緒に途中で姿を消すそうです」

「あらら……」

「姉妹で手を出された方もいらっしゃるとか」

「へえ……」

「朝と晩で別の女性を連れている姿を見られたことも」

「ほお……」

「ちなみに、男女構わずお相手になさるそうです」

「まあ……」


 出るわ出るわ、浮いた話が。


「魔獣との戦いでよっぽどご活躍なさったのでしょうね。いつも自信満々で、自分の誘いを断る相手はいないと、いつも周りに漏らしているそうです」

「自信も満々……」

「そうそう、女性の好みも幅広く、あ、男性もですけど。隙あらばすぐに誰かれ構わず声をかけるそうです」

「ネリー、それって……」


 そうだ、世の中に上手い話があるわけがない。

 ソフィが断固として結婚を拒否し、お父様が言い訳して回る羽目に陥ったほどの強敵。そこまでの女好き、いいえ、男女好きなのであれば……


「もう既に、お子様の一人や二人いらっしゃるのではないの?」

「どうでしょう? 派手な遊びが始まったのは一年ほど前だと聞きましたから……そろそろその頃のお子様が生まれてるかもしれませんね」

「…………」


 前途多難。困ってしまった。

 私はもしかして……子育て要員として召喚されたのだろうか?


 せっかく人生をかけて嫁ぐのだから、旦那様と仲良くやっていけたらいいなと思っていた。私には血がつながった家族はいても、心までつながった家族はお母様以外にいないから。


 ただ、ネリーの話を聞く限り、旦那様と仲良くやっていくのは夢のような話なのかもしれない。

 それならそれでいい。私にとって一番大切なのはお母様だ。たとえ妻として愛されなくても、いざとなれば使用人の皆と一緒に働いたっていい。むしろそちらの方が気が楽だ。


 妻という立場はあやふやなもの。人の気持ちなんて、いつどんなきっかけで変わるか分からない。

 お父様の心変わりを目の当たりにした私は、それを身に沁みてわかっている。


(それでも、離縁だけは避けなければ)


 お父様の「その時はどうなるか分からんぞ」という言葉が頭を過る。


 もしリカルド様に既にお子様がいらっしゃるようなら、私に子を望む必要もないだろう。ほかの女性の産んだ子の子育て要因だろうが、使用人同然の名ばかりの妻だろうが、どちらでも構わない。私に離縁という選択肢はない。


 そんなことを考えているうちに、私とネリーを乗せた馬車はロンベルク辺境伯領に到着した。


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