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36.屋敷への帰還 ※ユーリside

 ようやくロンベルクの森を抜けた。

 シャゼルの屋敷の門が視界に入った瞬間、それまでの緊張が一気に解ける。


 魔獣にやられた背中の傷は応急処置をしただけの状態で、俺の上半身は包帯だらけだ。その包帯の上から上着を羽織り、なんとか一人で馬に乗って戻ってきた。馬が地面を踏みしめるたびに背中の傷にズキズキと痛みが走るので、思うように勧めない。騎士団が森を出るまで、俺は随分と足手まといになってしまった。


 カレンは俺のケガの責任を感じているのか、馬を俺の隣につけて並走している。


 ロンベルクの森の中で、カレンは背後から魔獣に襲われた。馬に乗った状態では、うしろからの攻撃をかわしづらい。たまたまカレンのほうに馬を向けていた俺のほうが動きやすく、応戦した。

 それなのにカレンは、俺が身を挺してカレンを守ったと勘違いしている。ケガを負い、カレンにそれを否定するだけの体力も気力も残っていないのが残念なところだ。


 カレンが俺に罪悪感を感じる必要などない。「たまたま俺がカレンの前にいたからケガをした」くらいに思ってくれたらいい。

 今なら、第二王子を身を挺して守ったと言われたリカルドの気持ちが分かる気がする。別に、カレンを守ろうとしたんじゃない。そこに魔獣がいたから、ただ反射的に体が動いただけだった。


「ユーリ、大丈夫? シャゼルの屋敷が見えたわ。着いたらすぐに包帯を換えよう」

「……ああ」


 体力を消耗し、一言返事をするのがやっとだった。


 ロンベルクの森の中では、市街に魔獣が出ていかないように慎重に進行した。それにもかかわらず、数頭取りこぼしてしまい、街に残った騎士団も戦いに出たと聞いた。


(リゼットは無事か……?)


 全員無事だという報せは受けている。が、あの暗い地下シェルターで何日も過ごすのは、慣れた者でも苦労する。ここに来てまだ数か月しか経っていないリゼットにとって、大変な日々だっただろう。彼女の無事を、早く自分の目で確認したい。


 それに、リゼットとはまだ大切な話が残っている。


「ユーリ、肩を貸すわ。あの救護所まで歩ける?」

「……すまない、カレン。できれば別の騎士を連れて来てくれないか?」


 力の入らない重い体を、女性のカレンに預けられるわけがない。それくらい、カレンだって分かっているだろう。


「ユーリ、私があなたを助けたいの。体重をかけてくれても構わない」

「俺はカレンをかばってケガをしたわけじゃない。罪悪感など持つな。あそこにハンスがいるから呼んできてくれ」

 

 数日前、ロンベルクの森の中でカレンと言い合いになった。

 昔、俺は自分がカレンに惹かれていると思っていた。しかし、カレンがリカルドを選んだ時、あっさりと諦めることができた。それは何故だったのか――色々と遠回りして、やっと分かった。


 リゼットから誕生日を祝ってもらった時、俺は体中が幸せで満たされた。自分が特別な存在になれたんじゃないかという気がした。

 リゼットに惹かれ、彼女を守りたいと思ったのはもちろん、自分の存在自体も大切にしようと思えた。自分の境遇や運命を憂いていたネガティブな感情も、リゼットのことを考えると軽くなる。


 本当に好きな相手のことを想うと、自分のことも愛せるのだと気が付いた。


 リゼットがリカルドの妻になることが、彼女の幸せだと思っていた。辺境伯夫人となれば、これまでヴァレリー伯爵家で受けていたような扱いをされずに済む。

 しかし、こうして自分が魔獣に襲われケガをして、もしかして死ぬのかもしれないという場面になって改めて考えた。今このまま死んで、俺は後悔しないのか?――と。


 幼い頃に母が亡くなり、俺はシャゼル家に引き取られた。平民だったはずが、ある日突然貴族になった。それで、俺は幸せになったか? 貴族の身分や金に困らない生活は、俺を満たしてくれたのか?


 答えは否だ。

 リゼットだって同じはずだ。


 伯爵家から虐げられ、使用人と同様の苦しい生活を強いられる中でも、食堂アルヴィラで働く彼女は明るく朗らかで幸せそうだった。俺とロンベルクの街に出て食事をした時も、屋敷で食事を共にするときの何倍も楽しそうに見えた。


(彼女の幸せは、辺境伯夫人という地位じゃないんだ……)


 俺は自分に自信がないあまり、リゼットと共に生きたいと言えなかった。カレンがリカルドを選んだ時と同じように、リゼットが俺を選んでくれるわけがないと思っていた。


 でも、今は違う。

 カレンと言い合いになった時、怒りに任せて本心が口から飛び出てきた。「リゼットをリカルドに渡したくない」と。彼女を、()()幸せにしたい。そして俺も、リゼットの幸せな姿を見ていたい。リゼットを誰にも渡したくないと言えたのは、初めてだった。


 俺は、彼女と共に生きる道を探したい。気持ちを伝えることすらできないまま、彼女の幸せを遠くから願うだけなんて耐えられない。

 気付くのが遅かったことは、自分でもよく分かっている。だから今はケガのことなんてどうでもよくて、一秒でも早く彼女に会いたい。


 救護所の中で横たわった俺の元に、ウォルターが駆け付けた。


「ウォルター、みんな無事か?」

「無事です。街の人も含め、誰一人ケガはありません」

「……リゼットは? リゼットはどこにいる?」


 ウォルターは首を横に振る。


「ユーリぼっちゃま、今はそのケガを治すことに専念なさってください」

「そうよ、ユーリはもう休んで。ねえ、ウォルターさん。彼は私をかばってケガをしたの。お願いだから私に看病させて」


 カレンが話の間に割って入った。俺はそれを手を上げて制止し、ウォルターに向けて体を起こす。


「ウォルター、リゼットを呼んでくれないのか?」

「ぼっちゃま、リゼット様は王都に戻られました」

「え……なぜ……?」


 背中に再び激痛が走る。

 リゼットが王都に戻ったと?

 しかもウォルターはなぜいつものように、()()と呼ばない? ()()()()()とはなんだ?


「ウォルター、なぜ彼女を王都へ戻した!あそこがリゼットにとってどんな場所か、伝えただろう?」

「ユーリ、傷が開くから無理しないで!」

「……うるさい!!」


 魔獣の角で引っかかれてパックリと開いた傷から、背中を血が伝う感覚がした。カレンが悲鳴を上げながら俺の腕を引く。


「ユーリ、落ち着いて! 傷が開くわ」


 カレンの言葉は、途中までしか頭に入ってこなかった。

 俺はウォルターの胸元をつかんだまま、あまりの背中の痛みに気を失ったのだった。



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