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34.お父様には言わないで

 妹のソフィが、王都からロンベルク辺境伯領までやって来た。


 従者も連れずたった一人、ボロボロの汚れた格好で。

 髪の色は銀髪から黒髪に変わり、つい数か月前に私をヴァレリー伯爵家から送り出した姿とは別人のような姿になっている。


 ソフィは常に何かに怯えている様子で、ちょっとした物音にも過敏に反応して苛立った。

 私が使用人の前で彼女を「ソフィ」と呼んでしまったので、みんなソフィの正体に気付いたようだ。彼女が、元々このロンベルク領に嫁いでくるはずだったソフィ・ヴァレリーであることに。


「ソフィ、きっと王都にいるお父様が心配していると思うわ。無事にロンベルクに到着したことを、お父様にお知らせしましょう」

「……嫌よ、絶対に言わないで!」

「詳しい事情は知らないけれど、私ではなくソフィがリカルド様に嫁ぐべきだとお父様に言われたんでしょう? これだけの長旅だもの。お父様はきっと、あなたが無事にロンベルクに到着したか心配しているはずよ」

「やめてよ、おせっかい! お父様には知らせなくていいって言ってるでしょ!」


 金切り声を上げたソフィは、お茶が入ったままのティーカップを壁に投げつけた。近くにいた使用人が私を守ろうと盾になり、ソフィを睨みつける。


(ソフィ、どうしちゃったの……? 何があったの?)


 興奮しているソフィの気持ちをこれ以上逆なでしては、使用人たちにも危険が及ぶ。ロンベルク騎士団の怪我の治療も急務の中、ソフィに手を取られるわけにはいかない。今はまだ、ユーリ様もカレン様も屋敷に戻っていない。トラブルが起こらないようにソフィを落ち着かせなければ。


 私の前に立った使用人に下がるよう指示し、私はソフィの手を取った。


「ソフィ、分かったわ。お父様には連絡しない。まずはその格好をどうにかしましょう」


 ソフィを入浴させて体と髪をきれいに洗い、私のドレスを貸すことにした。

 それにしてもおかしい。ソフィとお父様はあれだけ仲が良かったのに、ロンベルクに到着した知らせを拒むとは。


(お父様との間に何かがあったのかしら。ソフィの髪色が変わったことと関係があるの?)


 お父様が私を嫌っていた理由は、私の髪がスミレ色だったからだ。

 ヴァレリー家は代々銀髪の家系だが、私が両親に似ても似つかない髪色をしていたことで、お父様はお母様の不貞を疑った。


(でも、ソフィの髪が本当は黒だったなら?)


 ソフィの母親のシビルは赤毛だった。ソフィの髪が銀髪でないなら、ソフィこそお父様の実子ではない可能性も出てくる。

 ソフィの髪を櫛で梳かしながら考えあぐねていると、ソフィがピシャリと私の手をはたいた。櫛がカランと音を立てて床に落ちる。


「お姉様、何を考えているの? 身なりを整えたら、さっさとリカルド様に会わせてちょうだい。私が直接リカルド様に説明するわ。花嫁になるべきはお姉様ではなく私だって」

「ソフィ、貴族同士の結婚というのはそう簡単にはいかないのよ。それに今はロンベルクの森の魔獣が……」

「うるさいわね!」


 ソフィは立ち上がると、私の頬を力いっぱい平手打ちした。

 ヴァレリー家にいた頃のように。


「お姉様は王都に戻っていいわよ。あとは私がちゃんとやる。むしろ早く戻ったほうがいいわよ。あなたの母親が目を覚ましたんだから」

「えっ……お母様が!?」


 驚いた私は、そのままフラフラと後ろによろけた。ちょうど部屋に戻ってきたネリーが、私が倒れる前に背中に手を添えて支えてくれた。


「ソフィ、どういうことなの? お母様は無事なの?」

「だから、お姉様は早く王都に戻りなさいよ! 私がここで暮らすから!」

「ねえ、教えて! お母様は……」

「言った通りよ。早く出て行って! 二度と来ないで!」


 私とソフィが言い合いになっているのをなだめるように、ネリーが私の耳元で囁いた。


「奥様、魔獣のことも落ち着きました。あとは騎士団が戻るのを待つのみですが、全員の無事が確認できております。奥様はお母様に早く会いに行かれてください。ソフィ様のことはお任せを」

「ネリー、ありがとう。そうね……準備をするわ」


 苛立つソフィのお世話をネリーに頼み、私は自分の部屋を出た。


 一度王都に戻れば、もうロンベルクとはお別れになるだろう。でも、この状態のソフィを屋敷に置いていくわけにもいかない。本物のリカルド様は不在だし、ユーリ様だってソフィのことを迷惑に思うはずだ。


(ソフィをどうするべきかしら……?)

 

 ロンベルクを去る前に、きちんとユーリ様にお別れを伝えたかった。だからユーリ様の帰還を今か今かと待っていた。今ここを出たら、もうユーリ様にお会いすることはないかもしれない。


(あ、そうだ。グレースからの手紙!)


 誰もいない廊下で、私は隠しておいたグレースからの手紙を取り出した。


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