33.黒髪のソフィ
ロンベルクの森から、騎士団の帰還が続く。
既に全員無事だという報せは受け取った。それでも、ケガをした騎士が臨時の救護所に運び込まれていく光景を目にするたびに不安が募る。
ユーリ様の無事については、ほかの騎士から聞いて既に確認が取れている。何より、ユーリ様直筆の伝令も受け取った。あとは彼の帰還を待つだけだ。
不安に思うことなど一つもないはず――それなのに、やはりユーリ様の顔を見るまでは安心できない。
騎士が到着するたびに屋敷の外に出て、戻って来た騎士たちに声をかける。
すると、屋敷のほうからウォルターが私を追って駆け寄ってきた。
「奥様、王都からの郵便が届いたそうですよ」
「ウォルター、それは本当? グレースから私宛の手紙もあるかしら!」
郵便の配達係は、いつも使用人専用の裏口に手紙を届けてくれる。
ウォルターの返事を聞く前に、私は屋敷の裏口に向かって駆け出した。
配達係に声をかけて、その場で手紙を確認する。王都のヴァレリー家にいるグレースからの手紙も見つかった。
(早く読みたいわ!)
私が裏口の扉の取っ手に手をかけた、その時――背後から小さな悲鳴のような叫び声が聞こえた。
「お姉様……!」
(え?)
聞き慣れた声に、体が固まった。
私はその場で振り返る。裏口から少し離れた場所、木の陰に、ローブを羽織った一人の女性が佇んでいた。
その女性がローブを外すと、長い黒髪が彼女の体に垂れた。一歩一歩フラフラと、私に向かって近付いてくる。
(誰?)
あの女性は私のことを「お姉様」と呼んだ。しかし、私には黒髪の妹はいない。私の妹と言えるのはソフィ・ヴァレリー、お父様と同じ銀髪をした妹だけだ。でも、確かにあの声は……!
「お姉様、私です。ちゃんと見て!」
目の前まで来ると、彼女は私の両手を取って顔を覗き込んできた。間近で彼女の顔を見て確信した。髪の色は違うが、彼女は間違いなくソフィだった。
「……ソフィ? どうしてここに?」
「お姉様、やっと気付いてくれたのね! お姉様にはまだ連絡がきてないと思うんだけど……実は、リカルド・シャゼル様へ嫁ぐべきはお姉様じゃなくて私だろうっていう話になってね。それで私、ここに来たのよ」
「リカルド様に嫁ぐって……今になって何を言ってるの?」
よく見ると、ソフィが羽織っているローブの下のドレスは、土や埃で汚れていた。腕や顔にはうっすらとアザが見え、とても誰かに嫁ぐためにやって来たとは思えない格好をしている。
王都はそろそろ初夏。それなのに、こんな冬用のローブを羽織ってきたのはなぜだろう。まるで、誰かから身を隠そうとしているようだ。
「ソフィ、落ち着いて。元はと言えば、あなた自身がここに嫁ぐのを嫌がったのよね?」
「そのことは本当にごめんなさい! もう一度ちゃんと考えたわ。私こそがリカルド様の妻になるべきよ」
「だから、今になってそれを言われても……。それにその格好はどうしたの? まずは着替えをして、少し休みましょう」
「ありがとうお姉様! ねえ、お姉様の部屋に連れて行ってくれる? 早く行きたいの!」
私の手をつかむソフィの手に力が入る。肌に爪の跡が付くのではないかと思うほどの強さだ。痛みを感じて手を引こうとしたが、彼女の力は強くて振り払えない。
ボロボロの服、アザだらけの体、乱れた髪。そして、この明らかに焦った様子。
どう考えても普通じゃない。何かに追われているような様子にしか見えない。実の妹に対して恐怖すら感じてしまった私は、誰かいないかと周りを確かめた。
「誰かいる!? ネリーを呼んで、お願い!」
「お姉様、別にいいのよ。お姉様が案内して? 辺境伯夫人ぶらなくたっていいわ。この家の女主人になるのは私だって言ったでしょ」
ソフィは私を睨みつけると、舌打ちをして屋敷の扉に手をかけた。




