32.伝令
街に近付いたという魔獣は、騎士団たちによって誘導され、無事に森へ戻って行った。ロンベルクの街もシャゼルの星型要塞も警告が解かれ、地下にいた私たちもようやく外に出ることができた。一週間ほどの避難生活を乗り切れたのは、使用人たちのはからいと普段からの訓練のおかげだ。
「森に向かった騎士団は、無事かしら」
屋敷の窓から、ロンベルクの森の方角を眺める。
私の心配の種は、森に向かった騎士たち。そしてユーリ様のこと。
戦いの場が街から森に移っただけで、魔獣の危険が去ったわけではない。いつも通りの生活に戻った私たちは、森に入った騎士団たちの伝令を待ち続けた。
そしてもう一つ、私の心に引っかかっているのは、王都に残したお母様のことだ。
魔獣から避難する前、私はヴァレリー伯爵家にいる侍女のグレースに手紙を出した。一週間以上経ったから、とっくに手紙は届いているだろう。しかし、魔獣出没の混乱のせいで、グレースから私宛の返信はまだ屋敷には届いていない。
「今の私には、待つことしかできないのね」
窓際で佇む私の隣に、通りかかったウォルターが並んで立った。
「奥様、ヴァレリー家のお母様はきっと無事です。そしてユーリ様たちも」
「でも、ロンベルクの森からの伝令はなかなか届かないわ」
「大丈夫です。ユーリ様たちは、厳しい戦いを乗り越えてきた屈強な騎士ですから。今回は第二王子もいませんし、誰を守るわけでもなくそれぞれ自由に戦っていると思いますよ」
ウォルターの言葉にはいつも、ちょっとしたブラックジョークが含まれている気がする。第二王子殿下を守ろうとしてケガをしたリカルド様のことを考えているのだろう。もっとも、リカルド様本人は、第二王子殿下を守ったつもりはなかったらしいけれど。
ロンベルク騎士団は無下に魔獣たちを倒そうとはしていない。湖の水を使って彼らを浄化し、命を守ろうとしている。難しい戦いになるだろう。だからやっぱり、私が彼らを心配する気持ちに変わりはない。
もう一度窓の外に目をやると、遠くに何か動くものが見えた。
「ウォルター。あの門の近く……何かしら」
「誰かが来たようですね」
庭園から少し離れた場所にある門のあたりに、馬に乗った騎士が一人見えた。よほど急いで来たのか馬が興奮して落ち着きがない。騎士は必死で手綱を引いている。
(森からの報せ……?)
無事の報せかその逆か。
ウォルターと私は走って屋敷の外に向かい、その騎士に駆け寄った。
「……伝令です!」
騎士から手渡された伝令を、ウォルターが急いで開く。
それを読む前に、騎士は私たちに向かって笑顔を見せた。
「騎士団は全員無事です。魔獣の封じ込めにも成功しました。ただ、ケガ人が出ているので帰還が遅くなります。この庭園に臨時の救護所を設置してもいいでしょうか?」
「もちろんです。奥様、残った騎士に準備をさせましょう! ……奥様、大丈夫ですか?」
私はウォルターから奪い取った伝令に目を走らせた。書かれた内容は、騎士が口頭で伝えてくれたものと同じだ。安心して気が緩んだのか、私の目からはウォルターが心配するほど涙がポロポロとこぼれていた。
「奥様、お疲れ様でございました。もう大丈夫ですよ」
「ありがとう、ウォルター」
伝令を大切に折りたたみ、私は涙を拭った。
手書きで書かれたその伝令の筆跡は、食堂アルヴィラで働いていた時にもらった、ユーリ様からの手紙のものと同じだった。




