24.ユーリの選択肢 ※ユーリside
リゼットの花図鑑に挟まっていたスミレの調査結果が出たとカレンから連絡が入り、執務室で会うことにした。入ってきた彼女の表情を見るに、きっと良い結果ではなかったのだろう。リゼットにも同席をしてもらおうか迷ったが、連れてこなくて良かった。
母親の図鑑に毒スミレが挟まっていたなんて言われたら、リゼットだって良い気分はしないはずだ。
先日ロンベルクの街に出かけた時の、リゼットの悲しそうな顔が脳裏に焼き付いて離れない。
リゼットが俺のことを好きだと言ってくれたのに、俺はそんな彼女の手を放した。
リゼットのいう「好き」が、俺への恋心だとか――そんな勘違いをしてはいけない。彼女は例え相手が俺じゃなくても、誕生日を祝おうと計画してくれる優しい女性だ。
彼女の幸せを考えれば、俺は彼女に踏み込みすぎてはいけなかった。二人の時間があまりに楽しくて、つい彼女の側に近寄りすぎた。これでは、いざと言う時に離れ難くなってしまうというのに。
(それにしても、カレンの様子がおかしいのはなぜだ?)
カレンは騎士服ではなく、春らしい薄手のドレスを着ている。ロンベルクの春に、その服装は寒くないのか? いつものキリっとした男勝りな雰囲気とは少し違った雰囲気を漂わせている。
仕事の一貫で調査を頼んだのだから、騎士服で来てもらって良かったのだが。
「ねえ、ユーリ」
「……すまない、カレン。ここではリカルドと呼んでくれ」
「二人きりの時もそうなのね。じゃあ、リカルド。かなり歩いたけど、あとどれだけ歩けば執務室に着くの?」
いつもはショートブーツのカレンが今日は珍しくヒールのある繊細な靴を履いている。さっきまで颯爽とカツカツ歩いていたのに、今は足をかばうようにゆっくり歩いている。
(……だから、なんでそんな格好してきたんだよ)
「俺もこの迷路屋敷の中をまだ覚えてないんだ。適当にその辺の部屋に入ろう」
側にあった部屋の扉を開けると、中には誰もいない。うろうろと歩いて執務室を探すより、手っ取り早くこの部屋で話を済ませてしまおう。
部屋の窓は開いていて、使用人が掃除をしたあとの換気の時間のようだ。家具には埃一つ溜まっていないし、椅子もきちんと整えられていた。誰も使っていないはずの部屋なのに、ここまで掃除が行き届いているとは驚きだ。俺はカレンを椅子に座るように促した。
そう言えば、俺がリカルドの身代わりとなった時、使用人たちに「屋敷内にできるだけ入るな」と釘を刺したのだった。わざわざ執務室までいかなくても、ここのような無人の部屋はたくさんあるはずだ。誰が掃除してくれているのかは知らないが、こんなに清潔な部屋がいくつもあるなら、これからは近くの部屋を使うことにしよう。
「大丈夫だ、カレン。ここで話そう」
「ええ、お邪魔します」
カレンはドレスの裾を気にしながら椅子に座り、おもむろにスミレの調査結果と思しき書類を取り出した。書類をこちらに向けて差し出す。
「あなたから頼まれた件よ」
「結果は?」
「普通のスミレじゃなかったわ。ドルン領特有のドルンスミレよ。押し花になっていたからハッキリとは分からないけど、恐らくドルンスミレの毒を強化する加工がされている」
(毒を強化……?)
カレンの調査結果をパラパラとめくる。
リゼットの母親は、なぜそんな花を図鑑に挟んで取っておいたのだろう。ドルン出身というわけでもないのに、わざわざ見知らぬ土地から取り寄せて、その上毒性を強化するとは。
(夫であるヴァレリー伯爵を恨んで、命を狙っていたとか……?)
いや、あの心優しいリゼットの母親がそんなことを考えるはずがない。
考え込み過ぎて頭を抱える俺に、カレンはあきれ顔で言った。
「どうする? この件を更に調べるなら、王都のヴァレリー伯爵家に潜入するしかないわよ。そこまでする? リゼットさんはあなたの本当の妻でもないのに」
「……カレン!」
カレンを制止するのに、つい大声が出てしまった。リゼットが自分の妻じゃないことなんて、俺が一番分かっている。俺が自分のエゴのために、彼女をここに引き留めていることも。
「あなた最近おかしいわよ。このままリゼットさんがここに残ったところで、あなたとは絶対に本当の夫婦にはなれない。あなたの正体がもしも彼女にバレたら、最悪シャゼル家は取り潰しになるわ」
「……分かってる」
カレンはどうせ、リゼットのほうから離婚したいと言わせるように仕向けろと言いたいのだ。俺がリカルドの身代わりだとバレる前に。
カレンはリカルドのことを好いている。だから、シャゼル家が取り潰しになると困るのだ。それに、リカルドが路頭に迷う姿を見たくないんだろう。
(もしリカルドが、今になって現れたらどうなる?)
伯父上はリカルドを説得して、本来の場所に戻そうとするだろう。そうなれば、俺の身代わりとしての役目は終わる。リゼットが夫だと思っていた相手は、ある日突然、別人に変わる。
リゼットを、リカルドに渡すことになる。
リゼットはどう思うだろう。ソフィならいざ知らず、リゼットはシャゼル家の汚点を大っぴらにすることはないだろう。そのままリカルドの妻になるのか、それともリカルドとは離婚してヴァレリー家に戻るのか。
彼女をヴァレリー家に戻したくないのは、俺だ。
再びソフィ・ヴァレリーに虐げられて苦しい生活を強いられるなら、リゼットにはロンベルクに留まって欲しい。たとえ彼女が、リカルドの本当の妻になるしかなかったとしても、あの家に彼女を帰したくない。
リゼットがリカルドのことを受け入れてくれたら、使用人たちを呼び戻して何不自由ない生活をさせてあげられる。リカルドがまた失踪しないよう、俺もここでの仕事を手伝おう。側にいれば、リカルドが女遊びをしないように牽制することもできる。
そうすれば、リゼットは幸せになれるのか?
俺は本当にそれでいいのか?
「あなたがリゼットさんを騙し続けているのは事実でしょう? 今回のスミレの毒の件だって、本当はあなたに無関係よ。首を突っ込む必要はないところに突っ込んで……なぜあなたがそんな目に合わないといけないの?」
カレンは泣きそうな表情で、机の上に広げた書類をかき集めて乱暴に封筒に入れた。




