22.苦境でも
体調が戻り、私と旦那様は気分転換のために、二人でロンベルクの街に散歩に出かけることにした。
ロンベルクに来てから、結婚式を執り行った教会に行った時を除いて、外に出るのは初めてだ。街の景色はとても新鮮で、心が弾む。王国北部にあるこの場所では、王都より春の訪れが少し遅い。ちょうど今が春爛漫といった様子で、街中にも花が咲き乱れ、空気も暖かく、人々の足取りも軽い。
「旦那様、今日はどこでお昼を食べますか? せっかくなので、私はロンベルクの郷土料理を食べたいです!」
「前々から思っていたが、リゼットは意外と食いしん坊なんだな。毒から回復して目覚めた時も、第一声が『お腹がすいた』だった。そんな人は見たことがない」
旦那様は声を殺して笑っている。
「食堂で働いていましたので。食べ物には少々うるさいんです。旦那様なら美味しいお店をご存じでしょ? 数々の女性を口説いて、食事にお誘いになってたでしょうから」
「リゼット……その話はやめてくれ」
旦那様は眉間にしわを寄せて苦笑する。
旦那様の浮気相手は、一体どこにお住まいなのだろうか。ここに嫁いでから二カ月近くが経つのに、旦那様は浮気相手の家に入り浸るそぶりを見せない。ソフィが結婚を拒否するほどの女好きだというから、覚悟はしていたのだけれど。
(朝に晩に、とっかえひっかえ女性に手を出していると聞いたのに)
直接、旦那様に尋ねればいい。そんなことは自分でも分かっている。
でも、噂で聞いたことよりも自分で目にしたことを信じたいという気持ちもあって、浮気相手のことを旦那様には詳しく聞けていない。
私から見た旦那様は、少し照れ屋で奥手で真面目な人だ。私のことを嫌っていると思っていたけれど、最近はむしろ大切にしてくれているような気がしている。でも、それを直接旦那様に確認するのは怖い。だって私は最初に、「君のことを愛することはない」って釘を刺されたのだから。
愛されなくたって平気だとか、浮気相手さんが何人いても気にしないとか――そう思い込もうとしたこともあったけれど、本心を言うと、私はやっぱり旦那様の家族になりたい。
お母様が寝たきりになってからずっと一人だった私の、大切な人になって欲しい。
(旦那様がそれを望んでいないことは分かっているのにね)
隣を歩く旦那様の顔を見上げる。私の視線に気付いた旦那様は、優しく微笑んでくれた。
自分の気持ちを否定しようとしても、もう無理だ。私は旦那様に惹かれている。
旦那様のオススメだという食堂は、貴族が訪れるような高級な雰囲気ではなく、食堂『アルヴィラ』を思い起こさせるような小さなお店だった。赤と白のストライプのアーケードがとても可愛らしい。
店に入り、興奮しながらメニューを眺め、出てきたランチに舌鼓を打つ。
これ以上の幸せがあるだろうか。
「ふわあ、美味しい!」
「リゼットは本当に幸せそうに食べるな。高いものじゃなく、一般庶民向けの大衆料理だぞ」
「旦那様。私は貴族のパーティで頂くお食事なんかより、こういうお料理の方が好きなんです。伯爵令嬢らしくなくて、申し訳ございません!」
私は椅子に座ったまま、仰々しくお辞儀をする。
もちろん、ちょっとした皮肉をこめて。
「そうだな。俺も子供の頃は貧しかったから、こういう食事の方が気を遣わずにすんで好きだ」
「貧しい? 旦那様はシャゼル家のご令息なのに……」
旦那様はハッとした顔をした。名門シャゼル家の一員である旦那様が、貧しい生活などするはずがない。不思議に思っていると、旦那様が観念したように口を開いた。
「実は、俺の父はものすごく倹約家なんだ。お金はできるだけ使わなかった、というか……節約してたのだったか……な?」
「まあ、そうなんですね! 実は私も、節約が大好きなんです!」
「節約が……好き……?」
「はい。母が病気になってから、私はヴァレリー伯爵家で使用人として働きながら暮らしていたんです。母の診察代を父がきちんと出してくれるのか不安で、節約してお金をためていたんですよ。でも、もしも私が伯爵令嬢として何不自由なく暮らしていたら、こんなに美味しい食事を頂くこともできなかったはずです。色々辛いこともあったけど、こうしてパクッとお食事を口に入れた瞬間、ああ幸せだなって思いますよね!」
旦那様がポカーンとしている。
……しまった。旦那様が貧しい生活をしていたなんて言うから、ついつい自分の貧乏生活のお仲間のように接してしまった。シャゼル家が節約しながら送る生活と、ヴァレリー家を追い出された私の生活が、釣り合うわけがない。
失礼なことを言ったかもしれないと慌てていると、旦那様がまた笑った。
「リゼットを見てると、悩んでた自分がどうでも良くなるな」
「そうですか?」
「気持ちが軽くなるというか、楽になると言うか。俺が色々と考えすぎていたんだなと思う」
「もしかして旦那様もお金に困ってるんですか? 私、節約術をお教えしましょうか?」
お腹を抱えて笑う旦那様の声が、店内に響く。
私は笑いが止まらない旦那様を横目に、こっそり旦那様の食事のお皿にも手を伸ばした。




