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20.思い出のスミレ

 旦那様の髪の色が変わり、しばらく経って――原因調査をお願いしていたカレン様が、調査結果を持って屋敷を訪ねてきた。


「過去の文献も漁ってみたんだけど、髪の色が変わったのはアルヴィラの影響で間違いないと思うわ」


 テーブルの上に書類や本を並べながら、カレン様が言った。

 アルヴィラを食べてから二週間ほど経った頃、旦那様の髪の色は自然に元に戻った。今は銀髪がほとんどなくなり、ほぼ以前の亜麻色の髪に戻っている。


「このロンベルクではあまり知られていなかったようだけど、隣のドルン領では染物が盛んで、アルヴィラをよく使うでしょ? ドルンの昔話に、アルヴィラを使って髪色を変える話が残っているみたい。驚きよね」


(髪色を変える昔話?)


 カレン様が持ってきた本の束の中に、ドルンの昔話の本もある。あとから読んでみようかと、その本を手にしてパラパラとめくった。


「カレン様、ありがとうございました。原因が分かってよかったです。ストレスで旦那様の髪の色が変わってしまったんじゃないかと、ドキドキしていました」

「ストレスか……俺も色々あるからな」


 旦那様は、宙を見て大きなため息をつく。

 ストレスの原因は、私でしょうか?

 浮気相手のところにご自由に行っていただいても、文句を言うつもりはないのだけど。


 カレン様はそんな旦那様を見てクスクスと笑う。そして、私に向き直った。


「そうだ、リゼットさんも!」

「私が、何か?」

「そのスミレ色の髪! ドルンではアルヴィラの成分とスミレを掛け合わせて、髪の毛をスミレ色に染めることもあるんですって! もしかしてあなたも、そんな特殊なスミレを食べたことがあるんじゃない?」


 カレン様は興味津々な顔で私を見つめた。

 研究職の腕がなるのだろう。でも、私ではお役に立てない。


「私は生まれつきスミレ色の髪だったそうなので……おそらく、その特殊なスミレとは違います」

「そうなのね。もしもリゼットさんの髪がアルヴィラの色だったなら、素敵だなって思って。ロンベルクとのご縁も感じるじゃない? おかしなこと言ってごめんなさいね」


 ドルンから王都までは、物理的にとても離れている。なかなかそんなスミレが王都まで伝わってくることもないだろう。

 もしかしたら、あの花図鑑には載っているかもしれないが。


 カレン様と旦那様はこのまま騎士団の訓練に向かうという。私は一人、部屋に戻った。部屋に戻る前に、屋敷の中をウロウロと歩く。道に迷ったんだけど。

 そう言えば、最近なんだか使用人の増えているような気がする。以前は屋敷の中で道に迷っても誰にも会えず困っていたのに、今日は何人もすれ違う。しかも、みんな私に優しく声をかけてくれるようになった。


「奥様、どうなさいましたか?」

「奥様のお部屋はこちらじゃないですよ」

「今日のドレスも素敵です」


 旦那様と初めて夕食を頂いた時の給仕の方は、私のことを恐れていたのに……あの日、私が旦那様と大笑いをしていたから、みんな私のことを怖がらなくなったのだろうか?


 とにもかくにも、こうして少しずつ、この屋敷は私にとって心地よい場所に変わっている。


 今までずっと一人で生きてきた。それなのに、旦那様や屋敷の皆様と打ち解けて、このロンベルクが私の故郷になっていく。こんなに離れがたくなってしまって大丈夫だろうか。もし旦那様がストレスに耐え切れなくなって私と離婚すると言い始めたら、その時はここを離れなければいけないのに。


 その日の夜。眠る前に、私は母から受け継いだ花図鑑を開いた。


 旦那様に頂いたスミレを押し花にしたページ、ロンベルクの森の中でアルヴィラを摘んで押し花にしたページをゆっくりとめくる。


 スミレの載ったページを見ても、カレン様が話していた特殊なスミレのことは記載されていなかった。よく考えてみれば、ドルン領だけで使われる特殊な花が図鑑に載るわけがない。何気なくパラパラとページをめくっていると、二枚のページが糊のようなものでくっついている箇所があった。破れないようにそっと、ページをはがす。


「これは……!」


 そこには、私が挟んだ覚えのないスミレの花が、押し花になって挟まっていた。

 花から茎、葉や根までキレイに残っているが、色はもう茶褐色に変色している。相当古い押し花のようだ。


 元々はお母様のものだった、この花図鑑。

 ヴァレリー伯爵家の自室を追い出される時に、シビルとソフィにお母様のものはほとんど処分されてしまったけれど、この図鑑だけはこっそりと持ち出した。きっとこの押し花は、お母様のものだ。


「……親子って、変なところで似るものね」


 お母様も私と同じように、この図鑑を押し花を作るために使っていたのだと思うと、つい笑いが込み上げた。もしかしたらお母様も、お花を食べたりしていたのかも。


 スミレの押し花に、お母様の匂いが残っていないだろうか。そんなことを考えながら、押し花に鼻を近付ける。懐かしいお母様に頬ずりをするように、私はそのスミレに頬をくっつけた。


 その夜、私は図鑑を抱えたまま、いつの間にか眠ってしまっていた。


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