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17.二人で夕食を

 ロンベルクの森の視察を無事に終え、私たちは屋敷に戻ってきた。カレン様とハンス様をお見送りしてから、私たちも屋敷に入った。


 森の中で繋いだ旦那様の手は、ゴツゴツしていたけど大きくて温かかった。木の根や岩で歩きづらい場所で私がつまづくと、それとなく手に力を入れて支えてくれた。

 お母様が寝たきりになってしまってからというもの、こうして誰かと優しく触れ合うことは一度もなかった気がする。

 屋敷に戻ってからも、前を歩く旦那様の手のひらを目で追っている自分に気が付いてハッとした。


(私……ちょっとおかしいわね? 旦那様は仕方なく私の手を取ってくれたのであって、私のことを嫌っているのに)


 カレン様に気持ちを煽られて、混乱しているのかもしれない。


「旦那様、奥様。お帰りなさいませ」


 執事のウォルターが私たちを出迎える。

 旦那様はウォルターに、手に持っていた小さな紙の包みを渡した。


「ウォルター。これを夕食のプレートに飾ってほしい」

「夕食に? これは、花ですね?」

「ああ、頼む」


 旦那様はぶっきらぼうに言って、立ち去ろうと歩き始める。

 すると旦那様の背中に向けて、ウォルターが言った。


「それではせっかくですので、今日はお二人一緒に夕食を召し上がって頂けるようにご準備いたします!」

「えっ?」


 ギョッとした顔で振り返った旦那様は、しばらく目を泳がせて、それから私を見る。

 私が無言で頷くと、旦那様はウォルターに一言「分かった」と言って足早に去った。


「というわけなので、奥様。本日は旦那様と一緒にご夕食を」

「ウォルター、旦那様は私と一緒の食事を嫌がってらっしゃるかもしれないわ」

「いえいえ。それに、旦那様もたまにはゆっくりお食事されたらいいんです。いつも慌てて掻き込んで終わりですから。さあ奥様、お着替えを。ネリーを呼びます」


 ロンベルクに嫁いできてからというもの、一度だって旦那様とお食事を共にしたことがない。ウォルターのはからいで、いきなり旦那様と二人の夕食とは……どうしよう、緊張する。


 森での土や埃を入浴して落とし、いつもよりも上等なドレスに着替えた。薄いブルーのドレスは、いつも着ているものとは比べ物にならないほど高価なものに見える。


「ねえ、ネリー。このドレスは一体……」

「これは、シャゼル家が用意したものです」

「こんなものを頂いていたの? 全然知らなかった。お礼もお伝えしてないわ、困ったわね」


 そのドレスは、今朝届いたばかりという。

 ネリー曰く、「きっと結婚式のあとに注文なさったのだろう」とのことだった。日程的にはそれで間違いなさそうだが、あの最悪な初夜の日を経て、そのあとに私のドレスを発注しようなんて考えるだろうか? ますます旦那様のことが分からない。


 先に夕食のテーブルについて、旦那様を待つ。

 旦那様は本当に来てくれるのだろうか。


「ウォルター、旦那様はまだなのね」

「そうですね……呼びにいってまいります」

「いえ、いいのよ! もうしばらく待つわ。それでもまだ来ないようだったら、お食事を旦那様のお部屋に運んで差し上げて」


 サラダのプレートの横、テーブルの上の花瓶にアルヴィラが飾られている。

 さすがのウォルターも、私たちがアルヴィラの花を食べようとしているとは思わなかったようだ。

 白い花びらは、角度によっては金色にも銀色にも見える。どちらかと言うと、銀に近いだろうか?


 食い入るようにアルヴィラを見ていると、しばらくして息を切らせた旦那様が部屋に入ってきた。


「……すまないっ……遅れてしまった」


 肩で息をする旦那様。お仕事が忙しい中、もしかして走って来てくれたのだろうか? 約束の時間からは四半刻ほど過ぎている。


「旦那様、お仕事は大丈夫ですか? お忙しいのに一緒に夕食なんて……申し訳ありません」

「いや、こちらこそ遅れてすまない。とにかくこの屋敷は道に迷ッ……じゃなくて、とりあえず座ろう」

「はい。あ、旦那様。ドレスをプレゼントして頂いたようで、本当にありがとうございます」

「……似合っている」


 また私から目線を逸らし、無言で俯く旦那様。「似合っている」という言葉に照れたのかもしれない。自分の目で見る旦那様は、やはり噂とは違う。純粋で可愛らしい人のように思える。


 初めてとなる、夫婦二人での夕食が始まった。

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