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16.リゼットとの出会い ※ユーリside

 リゼットは俺のことを、()()()()()()()()()だと思っているに違いない。

 ……だって、俺ですらそう思う。


 結婚式の日の夜、「君のことを愛するつもりはない」と言ってしまったことを、今は激しく後悔している。月明かりに照らされた彼女の顔を見て、そこにいたのがソフィではないことに気が付いた時には、もう手遅れだった。

 愛するつもりがないという言葉は、リゼットに対しての言葉ではなかったのに。


 こんな事態になってしまった原因は、色んな偶然の積み重ねだ。

 偶然の積み重ねによって、俺は従兄のリカルド・シャゼルに成りすましてこの屋敷に住むことになってしまった。そしてそのせいで、以前から想いを寄せていたリゼット・ヴァレリーに暴言を吐くという愚行をおかした。


 この状況からどうやって巻き返せばいいのか……俺には見当がつかない。


 数年前――騎士学校を卒業した俺は、ロンベルク騎士団に入団した。同期のリカルドやカレンも同じ配属先だった。

 隣国との国境には深い森がある。森を挟んだ両国は、そこに住みついた魔獣の被害に頭を悩ませていた。数年をかけてロンベルク騎士団が魔獣を制圧したが、最後の戦いの最中、たまたま第二王子の目の前に立っていたリカルド・シャゼルが、魔獣の爪で大怪我を負った。


 リカルドに助けられた第二王子が国王陛下に進言したおかげで、彼はロンベルク辺境伯に任命されることになった。


 リカルドは驚いた。


 実はあの日、リカルドはたまたま第二王子の目の前に立っていただけだったのだ。身を挺して第二王子を助けたという話はただの美談で、そんなつもりは一切なかったという。偶然そこにいて第二王子の代わりに魔獣に襲われただけのリカルドは、与えられた任務が重すぎると言って頭を抱えた。


 そもそもリカルドは、騎士ではなく文官志望だった。しかし代々武門の家系であるシャゼル家では、文官となることを許されず、自分の意に反して騎士となったのだった。


 リカルドは自分の名声を落とすために、とにかく女遊びにのめりこんだ。いや、元々女グセは悪かったのだが、タガが外れた感じになった。こうなるともう止められない。

 俺の助言を聞かず、リカルドは仕事を投げ出して色んな女の家……いや、男女構わず恋人の家を転々するようになっていた。


 リゼットと俺との出会いは、リカルドが手を付けられなくなったそんな時期だった。


 リカルドに説教するのにも嫌気がさした頃。長期休暇で王都に戻り、たまたま訪れた食堂で見かけたのがリゼットだった。お年寄りの店主を助けてテキパキと働く姿に好感を持った。

 彼女に会いたくて、俺は一人であの店に通うようになった。話しかけることもなく、ただ遠目から彼女の顔を見るためだけに。


 リゼットへの気持ちがハッキリしたのは、俺の誕生日の日のことだった。


「おい、ユーリ。お前、今日誕生日らしいな!」


 仲間が俺にそう言ったのを聞いていたんだろう。リゼットがテーブルに食事を運んできた時に、俺の皿にだけ小さな花がいくつか飾られていた。


「お誕生日おめでとうございます!」


 リゼットは花が咲いたような笑顔で言った。同じテーブルの仲間たちも俺も、驚いてリゼットの顔を見た。


「あっ、ごめんなさい! 先ほど、今日がお誕生日だと話しているのが聞こえたので……」

「そ、そうか……」

「はい、お誕生日おめでとうございます。そのお花はエディブルフラワーと言って、食べられるお花なんです。ぜひお食事と一緒に召し上がってみてくださいね!」


 その時の彼女の笑顔とペコリとお辞儀をして戻っていく姿に、一瞬で恋に落ちた。ずっとリゼットの後ろ姿を眺めていた俺は、そのあと仲間から随分とからかわれた。


 たかが誕生日を祝われたくらいで……と、事情を知らないヤツらは思うだろう。でも、俺にとって誕生日の存在は他の人よりもずっと大きい。

 妾腹だった俺は、自分の誕生日を家族に祝われたことがなかった。それどころか本妻の子である義兄から、「お前なんか生まれてこなければ良かったのに」と残酷な言葉をかけられた。おかげで自分の誕生日には嫌な思いでしかなかった。俺はなんのために生まれたのか……と、自分を責めた日もあった。


 そんな、一年で一番嫌だった誕生日が、リゼットのおかげで特別な日に変わった。


 忙しく働いていた彼女は、俺の顔など覚えていないだろう。が、どうしても自分の気持ちを伝えたくて手紙を書いた。誕生日を祝ってくれた御礼と、彼女への好意もほのめかした。

 顔も知らない相手からいきなり手紙をもらったら、普通の女の子なら恐怖を覚えるだろう。彼女の負担になりたくなくて、あえて差出人である俺の名前は書かなかった。


 それからも何度か食堂に通ったが、彼女も毎日働いているわけじゃない。その後は一度も会えないまま、俺は再びロンベルクに戻ることになった。

 最後にどうしても彼女のことが知りたくて、食堂『アルヴィラ』の店主に彼女のことを尋ねた。


 店主が言うには、彼女の名前はリゼット・ヴァレリー。「ヴァレリー伯爵様のご令嬢だよ」と言った天主の言葉に驚いた。なぜ伯爵家の娘が、こんなところで働いているのかと尋ねたら、彼女は伯爵の妾と娘に部屋を追い出され、普段から伯爵家の使用人と同等の扱いを受けて働いているのだという。


 そんな辛い立場にあるにもかかわらず、見ず知らずの相手の誕生日を祝う――もしも自分だったら、そんな気持ちになれるだろうか。自分の生まれた境遇に嫌気がさして自暴自棄になっていたことが情けなく、恥ずかしい気持ちになった。


 その頃、さすがの国王陛下もリカルドの素行の悪さに業を煮やし、王都に住む伯爵令嬢を妻として娶れと要求してきた。結婚すれば女遊びも落ち着くと考えたのだろう。


 リカルドの結婚相手を聞くと、なんと、ソフィ・ヴァレリー伯爵令嬢だという。

 俺はその名前に聞き覚えがあった。


 ……アルヴィラの店主から聞いた、リゼットの義妹だ。

 リゼットを追いやった張本人が俺の目の前に現れる。友人の妻として。


 リカルドのこと、そしてリゼットのことを考えた。

 このままソフィ・ヴァレリーをこの地に受け入れ、辺境伯夫人として敬うことなど俺にはできない。いくらリカルドが女好きで仕事もしないダメなやつだとしても、一応あいつは大切な友人であり従兄だ。ソフィと結婚して不幸になるのを、指をくわえて見ていることはできなかった。


 まずはソフィ・ヴァレリーとやらの顔を見てやろう。そんな軽い気持ちで、リカルドの結婚式への参加を決めた。リカルドは式から逃げるために姿を消し、そして俺は伯父に頼まれてリカルドの身代わりを引き受ける羽目になった。


 この選択を肯定すべきか後悔すべきか。

 それは、今の俺にはまだ分からない。

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