15.スミレには毒がある
「旦那様、あれがきっとアルヴィラです! 花図鑑に載っていたものと同じです。花の周りの空気がキラキラ光っているように見えませんか?」
先ほどの休憩場所に馬を繋ぎ、私たち四人は歩いて湖までやって来た。
湖の周りの岸には、数えきれないほどのアルヴィラが一面に咲き誇っている。早春に咲くと聞くから、今まさに開花したばかりなのだろう。瑞々しいその花は、自ら光を発しているのではないかと感じるほどに煌めいている。
あまりの感動に、つい旦那様の服の袖をぐいぐいと引っ張っていた。旦那様は立ち止まり、額に手を当てて悶えている。それに気が付いて、私は旦那様の袖を慌てて放した。
「旦那様、申し訳ありませんでした」
「いや、俺こそすまない……ちょっと刺激が強くて……」
「刺激? 私、そんなに強く引っ張ってしまっていたんですね。すみません……!」
旦那様に頭を下げてから、もう一度アルヴィラの花畑に視線を移す。染物に使われると聞くが、摘むのが申し訳ないくらいの美しさだ。
アルヴィラの花は白一色。この白い花から金や銀の染物ができるのは、とても不思議だ。その場にしゃがんで花を観察していると、辺りを見回っていたカレン様とハンス様が湖のほとりまで戻ってきた。
「リカルド! 特にこの周辺に異常はなさそうなんだけど……」
カレン様が不安そうな顔を見せる。
「カレン、何か気になることでも?」
「ええ、魔獣については問題ないと思うわ。だけど、この湖の反対側に、アルヴィラの花がごっそり抜かれている場所がある。染物に使うために大量に必要なのは分かるけど、ロンベルク騎士団以外の人間が、ここまで侵入してきているってことよ」
「そうか。湖の反対側なら、ロンベルク領というよりもドルン領に近いんじゃないか? ドルンから人が入っているということか」
「そうね。まあアルヴィラは毒性もないし、染物くらいにしか用途がないはずだから。気にしすぎかもしれないけどね」
旦那様たちのお仕事の邪魔をしないように、私はそっとその場を離れた。
アルヴィラの花を見てとても感動はしたけれど、この花はこの場所でしか育たない。染物に使うほど大量に摘むのは気が引ける。迷った私は三輪だけ摘んで、今朝旦那様に頂いたスミレと一緒に押し花にした。
スミレほどの香りはしないけれど、どこか懐かしいような香りが鼻腔をくすぐる。
「……持って帰って、食事の皿にでものせるか?」
いつの間にか、私のうしろに旦那様の姿があった。お仕事の話は終わって、もうこれから屋敷に戻るらしい。
「旦那様もエディブルフラワーをご存じだったのですね! 毒性がないのなら、今日の夕食のお皿に飾ってみたいです」
「リゼットの好きなスミレと一緒に飾ったらどうだ?」
「そうですね。とても可愛らしくて素敵です。でも、スミレには毒が含まれることがあるので、少し気を遣いますね」
「スミレに毒?」
「ええ、種や根に毒が。でも、花には毒性はありませんので大丈夫です。でも、食べる時には少しだけ注意をしています」
君は花に詳しいんだな、と言って、旦那様は笑った。
夕食用に、二人で何輪かアルヴィラを摘んだ。
木の根が複雑に絡み合う地面で私が躓かないように、旦那様はそっと手を差し出してくれる。馬を繋いでいる場所まで、少しだけ旦那様と手を繋いで歩いた。




