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閑話 花嫁の取り違え ※ユーリside

「ウォルター!!」

「おぼっちゃま、こんな遅い時間にどうされましたか」


 執事のウォルターの部屋に、扉を蹴破らんかの勢いで飛び込んだ。


 なんなんだ、この屋敷は。

 ここまで来るのに三十分は迷ったぞ。


「……ウォルター! 今、ヴァレリー伯爵令嬢の部屋に行ってきたんだが」

「そうですか。奥様はなんと?」

「そもそもあの人は、ソフィ・ヴァレリーじゃない!」

「なんですと? ソフィ様ではない!? それでは一体、あの方は……」


 そう。たった今俺は、嫁いできたばかりのヴァレリー伯爵令嬢の部屋に行ってきた。そして「君のことを愛するつもりはない」と冷たく伝えた。


 しかし、彼女の顔が月明かりに照らされて見えた時、ぎょっとした。

 目の前にいた相手は、ソフィ・ヴァレリーではなかった。ソフィ・ヴァレリーの顔なんて見たこともないので知らないが、あの女性はとにかくソフィではない!


 彼女は、以前から俺が想いを寄せていたリゼット・ヴァレリー。

 彼女は俺の顔なんて覚えていないだろう。俺の勝手な片思いだ。


 部屋に入った時、逆光で彼女の顔が見えなかったから気付かなかった。途中で彼女がリゼットであると気付いた時には、もう手遅れだった。

 愛するつもりがないどころか、愛するつもり満々だったのに――言葉の最後のほうは何とか誤魔化してつくろってみたが、挙動不審な俺の態度を、リゼットには不審がられたと思う。


「おぼっちゃま、それではあの方は間違って嫁いできた方だと?」

「いや、真相は分からん。国王陛下からの勅書はどうなってる?」

「国王陛下からの勅書ですか……確かに、『ヴァレリー伯爵令嬢との婚姻』と記載されております」

「……なるほど。そういうことか」


 ヴァレリー伯爵令嬢は二人いる。妹のソフィと、そして社交界には姿を現さない姉のリゼット。伯爵は、姉のほうをこちらに寄越したんだ。


「しかし、おぼっちゃま。これはもう仕方ありません。新郎が現れないまま、結婚式も済ませてしまいました。このままシャゼル家の奥様として、あの方を使用人一同、快くお迎えいたしましょう」

「いや、それは俺が耐えられない……!」

「そうですか。上手くいくと思ったのですが」

「一旦、今後のことを考える。ウォルターは彼女を丁重に扱って欲しい。それと、念のためほかの使用人はできるだけ彼女に関わらないように配慮してくれるか。多分みんな、新しく来た女主人に嫌がらせする気満々でいると思う。俺からも説明しておく」


 ウォルターは丁重に返事をし、お辞儀をした。

 シャゼル家の執事といっても、ウォルターは貴族。本来は、この俺に対して丁重に接する必要はないのだが。


 この屋敷の主人は、ロンベルク辺境伯であるリカルド・シャゼル。

 国王陛下の命でヴァレリー伯爵令嬢と結婚することになったリカルドは、なんと結婚式当日になって突然失踪した。


 俺は、その間をごまかすだけのただの身代わり。

 リカルドの従弟、ユーリ・シャゼルなのだ。


 リカルドの結婚相手が、リゼットを酷い目に遭わせているソフィ・ヴァレリーであることは聞いていた。どんな顔をしているのか一度見てやろうと思って、リカルドの結婚式に参列しようとロンベルクまで駆け付けたのだが……シャゼル家の屋敷中を探してもリカルドの姿は見つからなかった。

 結婚式の時間を過ぎてからも、彼は一向に現れない。

 リカルドの父――つまり俺の伯父は、途方にくれた。


 今、シャゼル家はリカルドの職務放棄と女遊びの悪評のせいで、取りつぶしの危機にある。今回の国王陛下の命を受け入れ、妻に支えてもらいながら辺境伯としての役目を全うすることが、お家存続の条件だった。


(それなのに、アイツ……!)


 結婚式の日の夕方になって、俺は伯父に呼ばれた。


「ユーリ。お前が騎士学校に入れたのは誰のおかげだ?」

「え? なんの話ですか?」

「騎士学校に入れたのは、誰のおかげだったっけ?」


 伯父の目は血走っていた。

 嫌な予感がした。


「俺が騎士学校に入れたのは、入学を認めてくれなかった父を説得してくれた伯父上のおかげです……」

「そうだろう!? 俺のおかげだな?」


 今度は、伯父の目がキラキラと輝き始めた。

 何かを押し付けられる気しかしない。


「リカルドが戻るまで、ユーリ、お前が身代わりになってくれ!!」

「は……はあっ!? 身代わりってどういうことですか?」

「お前が、リカルドのフリをするんだ!」

「ええっ……!?」


 そんな伯父の無茶な言いつけで、俺は身代わりとしてリカルドを演じることになった。

 仕方がないのだ、伯父とリカルドがいなかったら俺は今頃、どうなっていたか分からない。ここぞとばかりに恩を売ってくる伯父のことはどうかと思うが。


 ソフィ・ヴァレリーは、俺の大事なリゼットをいじめる憎き相手。ちょうどいい。どんな面をしているのか見るだけのつもりだったが、リカルドのふりをして冷たく接してやる。


 俺たちの目的は、ソフィの方から『離婚したい』と言わせること。


 国王陛下の手前、こっちから離婚なんて絶対に切り出せない。ソフィから離婚の申し出をしてくれれば全てが上手くおさまる。ソフィがいなくなった後、ゆっくりリカルドを探せばいい。


 結婚式をすっぽかした時点で、ソフィはきっと傷ついているだろう。

 追い打ちをかけてやる。


 寝室に行って、「お前を愛するつもりなどない」とでも言っておけば、しっぽを巻いて逃げ出すに違いない。早いところ厄介払いしたい。


 こうして俺は、あの晩、ソフィの部屋に向かった。

 ……そして、屋敷の中で道に迷った。


 道に迷ってイライラして、ようやくソフィの寝室にたどり着いた。

 寝室に入った瞬間に、ソフィに冷たい言葉を投げつけてやる! と息巻いて、扉を開けた。


 そして俺は言ったのだ。

 君のことを愛するつもりはない、と。

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