12.カレンと旦那様
「……カレン!」
私とカレン様が話をしていると、旦那様がサロンに飛び込んできた。
一体今まで何をしていたのだろうか。まだ春先だというのに薄手の上着一枚、しかも汗だく。額にも汗がにじんでいる。
結婚してから数週間が経つが、これが旦那様との直接対面の三回目。
厨房での遭遇が何かの間違いであれば、だけど。
「お邪魔してるわ。 今、こちらの方とお話していたのよっ……(むぐっ)」
カレン様が立ち上がって話しかけた途端。旦那様は彼女の元に走り寄って、その口元を手で覆った。
その密着度ったら……!
カレン様の腰を左腕でがっちり抱いて、右手はカレン様の口元に。うしろに倒れそうになった彼女の体を支えて床に踏ん張る旦那様の足は、カレン様の両足の間にガッツリ踏み込んでいる。
……なんだか卑猥だ。距離が近すぎる。
さすがは女たらしの旦那様。
「…………リゼット」
「はい、旦那様」
旦那様はカレン様の口を塞いだ体勢のまま、私を振り返って言った。
「ちょっと席を外してくれるか」
「あ……はい、申し訳ございませんでした」
私はペコリと礼をして、二人の方を見ないようにして部屋を出た。
旦那様が色んな女性と浮名を流していることは知っていた。毎日姿が見えないから、浮気相手のところに行っているのだろうと察してもいた。カレン様が来た時も、もしかしたら過去に関係のあったお相手かもしれないと思った。
でも、こうして実際に目の前で密着した姿を見せられては、流石に衝撃が大きい。
生々しいにも程がある。
数回しか顔を合わせていない旦那様だけど、時折のぞかせる優しい笑顔が素敵だなって思っていた。毎朝早起きして、私のためにスミレを摘んでくれているのかもしれないと思うと、心が騒いだ。
私も旦那様と家族として歩み寄れるかもしれないと、期待していたのかもしれない。
でも、蓋を開けてみればこれだ。旦那様は女グセが悪いという、噂通りの方だった。
自分の部屋に戻ろうと廊下を歩く。旦那様とカレン様の姿が、いつまでも脳裏から離れてくれない。
「奥様」
背後からウォルターの声がした。
彼は、私のことを怖がらない数少ない使用人の一人だ。
「ウォルター、ごめんなさい。あなたの忠告を聞けば良かったんだけど、勝手に動いてしまったわ」
「そうでしょうね」
ウォルターは言葉少なに答える。
きっとウォルターは、旦那様とカレン様の過去を知っていて、私を遠ざけようとしたのだろう。
「ウォルター」
「はい、奥様」
「私の部屋はどこ?」
「……はい、お連れいたします」
こんな時にまで屋敷内で道に迷ってしまう私。格好悪くてちょっと恥ずかしい。
部屋に戻って一息ついて、お茶を飲んで。一時間くらい経った頃。
私の部屋の扉をノックする音がした。
扉を開けると……そこに立っていたのは旦那様だった。




