１０．旦那様の同僚騎士
最近になって少しずつ、旦那様の一日の行動が分かるようになってきた。
とりあえず、私の部屋の隣室で寝ていないことは確かだ。人の気配が全くないし、明かりが付いているところも見たことがない。きっと、どこか別の場所に私室があるのだろう。それがこの屋敷の中にあるのか、もしくは浮気相手の家に入り浸っているのかは分からない。
早朝に庭園に出て、スミレを摘むのが日課らしい。
朝食は、私とは別々に取る。執事のウォルターは「旦那様はお忙しいので、執務室で召し上がっています」と言うけれど、これも真偽不明だ。
なんと言っても、私自身が目撃してしまったのだから。旦那様が厨房で大口を開けてパンを食べている場面を。
朝食の後は執務室へ入り浸って仕事をするか、騎士団の皆様と一緒に訓練をする。ここは間違いない。先日私が旦那様にバッタリ会った場所は、執務室の近くだった。大量の書類を抱えて執務室から出てきたところに、ちょうど私がいて遭遇したのだと思われる。
夕食も私とは共にしない。そして、寝る場所は不明。
つまり、私と旦那様が顔を合わせることは、まずない。
使用人ともほとんど顔を合わせない。厨房に行っても恐れられるので行きづらく、とにかく私の毎日はヒマ、ヒマ、ヒマ!!
……ということで、メイドに変装してお屋敷の大掃除をするのがすっかり私の日課となった。
今日は思い切って、正面入口を入ったすぐのところにあるロビーの掃除をしようと思っている。お客様をお迎えする時に最初に通る大切な場所だ。誰も咎める人はいないから、お屋敷の正面扉を思い切り開けて、空気の入れ替えをしよう！ ロンベルクの澄んだ春の空気を、屋敷いっぱいに取り込みたい。
「こんにちは……誰かいますか？」
（んっ？）
誰もいないと思って油断していた私の背後で、女性の声がした。慌てて振り向く。
「あ、メイドさん！ ごめんね、扉が開いてたから勝手に入っちゃったんだけど……なんでこんなに人がいないの？ もしかして、リカルドって留守？」
その女性は、空気の入れ替えのために開いた正面扉から入ってきたらしい。
少し赤みがかった茶色の髪は頭の後ろで高く一つにまとめられ、シンプルなドレスを着ている。背が高くてスラっとした体に、黒いショートブーツがよくお似合いだ。
「申し訳ございません、お客様。リカルド様はおそらく、お屋敷内にはいらっしゃるとは思うのですが、どこにいらっしゃるかは分からなくて……」
「ああ、そうなの？ アイツまたフラフラしてんのね。私、王都からここロンベルクに配属替えになったの。それでリカルドに挨拶しようと思って。あ、アイツは騎士学校の同期なんだけどね」
そう言って肩にかかった髪を後ろに払ったその人は、とても凛々しくてきれいだ。
……もしかしてこの方も、旦那様に食われちゃったりしたのかしら。
（ダメダメ、想像しちゃ）
旦那様はこういう方がタイプなのだろうか。それなら、私のことを「愛するつもりはない」と言ったのも頷ける。だって私はとてもじゃないけどこんなに知的なクールビューティータイプではないのだから。
（……あ！ もしかして私がこの方みたいな知的な雰囲気にイメージチェンジしたら、愛するようになってくれるのかしら。それなら、「今のところは愛するつもりがない」って言ったのも分かる。そのうち私がクールビューティーに化けることがあるかもしれないという可能性に賭けたの？）
初夜の日の、旦那様の言葉の真相が、分かってしまったかもしれない！
色々考えながら百面相する私に、クールビューティさんが私の顔を覗き込んで話しかけてきた。
「……ねえ、頭痛いの？ 大丈夫？ ちょっとだけ中で待たせてくれるかしら。リカルドを探して来てくれると助かるわ。もちろん、不在ならまた日を改めるから」
「承知しました。それでは、まずサロンにご案内いたします。失礼ですが旦那様にお伝え致しますのでお名前を伺ってもよろしいですか？」
「カレンです。カレン・ゲイラー」
カレン様。旦那様の騎士学校の同期の方。
承知しました。
……さて、ここからサロンへはどうやって行けばいいのかしらね。
