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第16話:朝が来るのが、怖い。

精神的支配と依存が、日常をじわじわと侵食していく朝。

何も変わらないふりをして、すべてが壊れていく話です。

※R15+心理的に過激な描写を含みます。閲覧にご注意ください。





 朝の光が、カーテンの隙間から滲んでいた。


 白かった。

 ひどく、過剰なほどに。

 まるで夜の痕跡を押し潰すような、祓いの白さだった。



 夜を通してまとわりついた熱や濁りを、無理やり塗り潰すような、そんな光。

 シーツの乱れ。肌に張りつく汗。かすかに残る体液のにおい――それらすべてを、朝の白さは「なかったこと」にしようとしていた。


 僕がまぶたをうっすらと開けたとき――すでにミオは、起きていた。

 いや、違う。たぶん、彼女は一晩中、眠っていなかった。


 僕が寝返りも打てないほど搾られたあと。

 そのあともずっと、ミオは僕の上に跨ったまま、ぼんやりと天井を見上げていた。

 僕が朦朧とした意識のなかでかろうじて気を失っているあいだ――彼女は、朝になるのをただ待っていたのだ。


 「おはよう、ユウ」


 その声は、まるで何もなかったかのように澄んでいた。

 一睡もしていない身体とは思えないほど、滑らかに、明るく、演じられた声だった。


 僕は目をそらした。

 彼女の言葉にどう反応すればいいのかわからなかった。

 頬がひりつく。あれは、唇を何度も塞がれた跡か、それとも眠れないまま過ごした夜のせいか。


 食堂へ向かう廊下。

 ミオは終始、軽やかだった。

 職員に笑顔で挨拶をし、隣の入所者に「おはよう」と声をかける。


 その笑顔は、完璧だった。

 言葉の抑揚も、目元のゆるみも、頬の傾け方も――まるで台本をなぞるように、何一つ乱れがない。

 誰が見ても、だった。


 けれど、僕には分かっていた。

 その笑顔の奥には、静かに渦巻く“何か”がある。


 ミオが一口、味噌汁を啜ったとき。

 その指先がほんのわずかに震えていたのを、僕は見逃さなかった。


 「……ユウも食べないと、また怒られちゃうよ?」


 笑って、そう言って。

 ミオは僕の茶碗をそっと押し出した。

 その手の動きに、優しさはあった。……けれど、それ以上に“支配”が滲んでいた。


 ――これが、彼女の“通常運転”なのだ。


 誰よりも笑って、誰よりも正しく振る舞う。

 でも、それは彼女の“本音”ではない。

 その内側には、昨夜僕を貪ったあの執着と、深く湿った恐怖と――“取り返しのつかないもの”が、じっとりと沈んでいる。


 (怖い)


 心のどこかで、そう思った。

 でもその感情も、すぐに麻痺していく。


 ミオが笑っている限り、何も壊れていないような錯覚に包まれてしまう。

 まるでその笑顔に、“現実の矛盾”がすべて吸い込まれていくようだった。


 (……嘘だよな、これ)


 けれど僕は、黙って味噌汁を啜った。

  笑わなければならない。

 ここでは、笑うことが“無事”を意味する。

 だから僕は、ミオの笑顔の動きに、ほとんど条件反射のように顔を引きつらせた。



 その瞬間――


 ミオが、にこっと笑った。

 唇の端だけが上がった、不自然な笑みだった。

 けれど、その目の奥には、何の感情もなかった。


 それは、“夜の延長線上にある朝”だった。


 朝になっても、何一つ終わってなどいなかった。


 食堂の空気は、いつもと変わらないはずだった。


 規則正しく並べられた白いプレート。淡い湯気を立てる味噌汁。誰かの笑い声。テレビの音。ステンレスのカートが軋む音。


 けれど僕の中で、それらの音はどこか遠く、膜の向こう側にあるように思えた。


 ミオは、隣に座っていた。

 いつもの席。いつもの距離。

 手を合わせ、「いただきます」と小さく囁く。

 姿勢も整っていて、箸の持ち方も完璧だった。

 看護師が見れば、誰もが安心するだろう。

 “ちゃんとしている”。“回復している”。

 そう思わせるには十分な振る舞いだった。


 そして、その“正しさ”に、僕も並ばされる。


 ミオが味噌汁をひと口飲めば、僕もそれに倣う。

 ミオが鮭に手をつければ、僕も箸を動かす。

 まるで、タイミングを外すことが“違和感”になるような空気があった。


 そして、予感どおり。

 一人の看護師が、ミオの肩越しに微笑みかけてきた。


 「最近のミオさん、本当に落ち着いてきたね。顔色もいいし、よく食べてるし」


 ミオはにこりと笑った。

 ほんのわずか、柔らかく、完璧な角度で。


 「……ユウのおかげです」


 その声には、冗談めいた明るさが混ざっていた。

 まるで恋人との他愛ないやりとりのように。


 看護師は楽しげに笑いながら、僕の方にも目を向けてきた。


 「そうそう、綴木くんも。すっかり“彼氏さん”って感じね。

 ふたりで一緒にいるの、なんか微笑ましくて安心するなあ」


「ふたり、ほんとにお似合いだよ。カップルそのものって感じ」


 その言葉に、僕はぎこちなく笑った。

 口角だけが上がっていく。

 感情は止まっているのに、表情だけが反射で笑っていた。


 ミオが、僕の袖をつまんだ。


 さっきまで器用に箸を動かしていたその手が、今は僕の袖にしがみついている。

 誰にも見えないように、机の下で、そっと。


 指先が、震えていた。

 怒りではなかった。嫉妬でもなかった。

 ただ、そこには“安心を繋ぎ止めたい”という切実な欲望があった。


 僕の袖を掴むその手は、まるで“リード”のようだった。

 ミオはチラリと周囲を見渡し、皆が“私たち”をどう見ているかを確認しているようだった。

 その視線には、“この構図は壊させない”という、静かな警戒が宿っていた。

 離さなければ、彼女は安定する。掴まれていれば、僕は黙っていられる。


 それは、表面上はただの“恋人のしぐさ”だった。


 でも、その内側では、ミオが僕を“安定装置”として扱っていることが、はっきりと分かっていた。


 (……道具みたいだ)


 そう思った瞬間、自分の中にある“罪悪感”が警告音のように鳴りはじめた。

 “そう思うことすらいけない”というブレーキ。

 ミオは僕を必要としている。だから、僕はそこにいる。

 それ以外の選択肢なんて、もう残っていない。


 「ほんと、お似合いのふたりよね」


 他の患者が、笑いながらそう言った。

 「うらやましいくらいだよ。ふたりとも若いし、仲いいしさ」

 その声に、食堂の空気がやんわりと緩む。

 数人がそれに同調し、また笑い声がこぼれる。


 僕は、ひとつ、息を吐いた。


 笑っている。皆が、安心している。

 “うまくいっているように見える”この状況に、誰も疑いを抱いていない。


 けれど、僕の心にはじんわりと冷たいものが滲んでいた。


 逃げられない、と思った。


 この空気、この期待、この“理想の二人”という構図。

 それらすべてが、僕を檻の中に閉じ込めていた。

 看護師も、患者も、きっと主治医でさえ――僕が“彼女を支えること”を前提にしか物を見ていない。


 (もう、“ユウ”として扱われていないんだ)


 僕はただ、“ミオの彼氏くん”で。

 彼女の安定を支えるパーツで。

 誰もが、それを“美談”として受け止めている。


 笑って食事をするミオの横顔が、妙に滑らかに感じられた。

 感情のひとつひとつが、すでに彼女の中では“演じる対象”になっているような気がした。


 口角、まばたき、喉の動き――

 どこを見ても、“違和感がないように調整された顔”だった。


 その完璧さが、僕の息を苦しくさせた。


 (このまま、ずっと続くのかな)


 気づけば、スプーンを持つ手がかすかに震えていた。


 でも、誰も気づかない。

 ミオも、看護師も、他の患者も。

 僕がいま、どれほど“ここにいられなくなってきているか”に、誰ひとり気づいていない。


 いや――もしかしたら、ミオだけは、分かっているのかもしれなかった。


 だからこそ、ずっと袖を掴んでいる。

 まるで、“その予兆”から僕を逸らすために。


 「ユウ、これ、半分食べる?」


 ミオが微笑みながら、焼き鮭の一切れを僕の皿に乗せてきた。


 「昨日よりちょっと脂のってる。おいしいよ?」


 その声に、思考が途切れる。

 笑顔が、音もなく僕の内側を満たしていく。


 “こうしていればいいんだよね”

 “今日もちゃんとやれてるよね”


 そんな言葉が、聞こえてくる気がした。


 僕は、ゆっくりと頷いた。

 それが“唯一の正解”のように感じられたから。


 ♢


 昼下がりの病室は、曇りがかった光に包まれていた。

 この部屋は、いつから“彼女の生活圏”になったんだろう。

 ベッド、クッション、カーテンの留め方――気づけば、すべてがミオのやり方で整えられていた。

 僕はその違和感を、もう違和感として感じられなくなっていた。


 カーテン越しに届く柔らかな光が、床にぼんやりと影を落としている。壁の時計は午後二時を指していた。静かだった。ナースステーションの声も、廊下を歩く足音も遠い。


 その静けさのなかで、僕はふと、ミオの視線に気づいた。


 彼女はベッドに腰掛け、スプーンを持ったまま、僕の顔をじっと見つめていた。笑ってもいない。怒ってもいない。ただ――“何かを測る”ような目だった。


 「……さっきさ、食堂の近くで話してた子、誰?」


 唐突に、そう聞かれた。


 声色はやわらかかった。疑うようでも、責めるようでもなかった。


 ただ、日常会話の延長のように、何気なく――でも逃れられない“問い”だった。


 「え? ……ああ、たぶん、看護師さんが……」


 答えると、ミオはほんの少しだけ頷いた。


 「そっか。……知らない女の子かと思った」


 その一言に、喉の奥がひくりと揺れた。


 冗談なのか、それとも本気なのか。判断がつかなかった。


 でも、彼女の瞳は笑っていなかった。感情の膜を張ったまま、じっとこちらを見ていた。


 「私の話、ちゃんと聞いてた……?」


 少しして、ミオがぽつりと続けた。


 僕の返事が遅れたのだろうか。相づちのタイミングが、ずれていたのかもしれない。


 「……ごめん。少し、ぼーっとしてて」


 そう言うと、ミオはゆっくりと笑った。


 「ううん、いいんだ。ユウ、疲れてるもんね」


 優しい言葉だった。だからこそ、怖かった。


 その“優しさ”の裏に、何が沈んでいるのかが、僕にはもう分かりすぎるほど分かっていた。


 「でも、疲れてても……私の話だけは、ちゃんと聞いてね?」


 まるで、それが“契約”であるかのように、静かに告げられた。


 それ以降、ミオは僕の“行動”を確認するようになった。


 「今日、廊下に出たの何分くらいだった?」


 「朝、看護師さんに何話してたの?」


 「ユウって、誰かと話すとき、そんな声出すんだ?」


 一つひとつは、日常の会話だった。


 けれど、確実に“検閲”だった。


 気づけば、僕は考えるようになっていた。


 この言葉を選んだら、ミオはどう感じるか。

 誰かに笑顔を見せたら、あとで彼女は不安になるんじゃないか。

 今、無言でいると、「聞いてなかった?」と問われるかもしれない。


 会話の間の間合いさえ、すべて彼女の反応を基準にして選ぶようになっていた。


 自分の意志で喋っているはずなのに――

 そのすべてが、“ミオにとっての正解かどうか”で構成されていた。


 ある夜、歯を磨いていると、ミオが背後から声をかけた。


 「ユウ、今日わたしと話してるとき、ずっとよそ見してたよね」


 鏡越しに彼女を見ると、笑っていた。


 けれど、視線だけが真っ直ぐだった。


 何も言えなかった。


 「……そっか、ごめん。無意識だったかも」


 ふと気づけば、鏡の中の自分が、ミオの表情を真似ていた。

 口元の角度、目の伏せ方――全部、どこかで見たような仕草。

 それが“癖”になっていることに、今さら気づいた。


 そう答えると、彼女は歯ブラシを置いて、僕の手をそっと取った。


 「大丈夫。私が、ちゃんと見てるから」


 それは、優しさの言葉だった。


 でも――“見てる”という言葉が、まるで“監視”のように聞こえた。


 その夜、布団に入ったあとも、僕はなかなか眠れなかった。


 隣で眠っているミオの指が、僕のシャツの袖を握っていた。


 いつものことだった。


 でもその夜だけは――その指先が、まるで“鍵”のように思えた。


 逃げられない鍵。

 見張られている鍵。

 ――すべてを、閉じ込める鍵。


 僕は、ミオの視線を通して、自分を“編集”するようになっていた。


 ♢


 その夜、ミオはなかなか寝つかなかった。


 毛布の中、彼女の呼吸は浅く、瞼の裏を小刻みに揺らし続けている。

 まるで夢と現実のあわいを彷徨っているような、うわごとのような吐息。


 僕は眠ったふりをしたまま、微かに開けた目で彼女の背中を見ていた。


 「……だいじょうぶ。大丈夫だから……わたしがいるから……」


 その囁きが、静寂の中で空気をかすかに振動させる。


 ミオは、僕に向かって話しているのではなかった。

 その声の調子は、どこか“誰かに返事をしている”ような響きを含んでいた。


 「……ううん、ユウは悪くないよ。わたしが……わたしがちゃんとするから」


 その瞬間、背筋に冷たいものが這い上がる。


 誰かがいる――ミオの中に。


 彼女の手は、自分の胸元をぎゅっと握りしめていた。

 震える声で、虚空に向かって微笑みながら、何度も“なにか”に語りかけている。


 僕は身体を固くしたまま、それ以上は見ないように、目を閉じた。


 ――けれど、数分後。ふと気配に気づき、再び瞼をわずかに持ち上げる。


 ミオの姿が、ベッドの中にない。


 不自然な静けさのなか、ふと音が聞こえた。

 カツ、カツ、と素足で床を歩くような小さな足音。


 そっと身体を起こすと――ミオは、部屋の隅の鏡の前に立っていた。


 小さな卓上鏡。そこに映る自分自身と、会話をしていた。


 「うん……わかってる。ね、大丈夫。誰にも取られないから……ううん、ユウはもう……私の中にいるから……」


 その言葉は、まるで他人を“安心させる”口調だった。


「……ねえ、わたし、ちゃんとできてるよね? もう大丈夫だよね……?」

 その声は、自分に言い聞かせるようでもあり、“誰か”に褒めてほしがっているようでもあった。


 笑っていた。

 鏡の中の自分に向かって、ゆっくりと微笑んでいた。

 それは優しい笑みだった。

 けれど、その“優しさ”の奥に、得体の知れない何かが潜んでいた。


 「ねえ、ユウは、もう私から離れないって……そう言ってたでしょ?」


 誰も聞いていないのに、答えてもいないのに、

 ミオは静かに頷いていた。まるで、鏡の中の誰かから返事をもらっているように。


 そして――突然、鏡の前で動きを止める。


 次の瞬間、彼女がゆっくりとこちらを振り返った。


 灰色の瞳が、薄暗がりの中で微かに光を帯びる。

 その視線が、まっすぐに僕の目を射抜いていた。


 「……ユウ、起きてるの?」


 声は、いつも通りだった。

 でも、僕の心臓は跳ね上がった。


 「……ううん、起きてないよ」


 そう答えると、ミオはすうっと近づいてきた。


 「そっか。じゃあ……もうちょっとだけ、一緒に寝よっか」


 ベッドに戻ってきた彼女が、僕の胸元に顔を埋めてくる。

 その身体はほんのりと冷えていて、

 まるで“向こう側”から帰ってきたようだった。


 彼女の手が、僕の手を探る。

 絡めてくるその指先は、どこか確かめるような触れ方だった。


 僕はただ、目を閉じた。

 心の奥にひっかかった“異常”を、「気のせいだ」と思い込むように。


 けれど、鏡の前で微笑んでいたミオの姿は――

 まだ、まぶたの裏に焼きついて離れなかった。


 病室の灯りが落ちると、空気の質が変わった。


 静寂が部屋に沈殿し、まるで時間までもが、ゆっくりと粘り気を帯びて溶けていくようだった。

 ベッドの中、僕は身動きひとつ取らずに横たわっていた。


 ミオが、僕の胸元に顔をうずめている。


 その呼吸は穏やかで、安らいでいるようにも思えた。

 けれど、そのぬくもりの奥に、決して眠らない“何か”が潜んでいるような気がしていた。


 「……ユウがいてくれて、ほんとによかった」


 ぽつりと、囁くような声が落ちてくる。


 ミオの唇が、僕の肌をかすめた。

 やわらかな感触。それ自体には痛みも、熱もない。

 けれど、その“無害さ”がかえって怖かった。


 「こうしてるとね、なんか夢みたいなの。全部、嘘みたいに穏やかで……」


 ミオの声には、微笑んでいる気配があった。


 でも、そこに込められた“穏やかさ”は、どこか脆かった。

 触れたら崩れそうな、冷たい硝子のような声。


 「でも……ユウって、ほんとはすぐどっか行っちゃうでしょ?」


 唐突に、声のトーンがわずかに沈む。

 言葉の意味に引っかかりを覚えた僕が、息を吸った瞬間、

 ミオの腕が、少しだけ強く僕の背中を抱き寄せてきた。


 「……私、朝になったら……ユウがいなくなっちゃいそうで、怖いんだよ」


 彼女の囁きには、言葉より先に“願い”があった。

 問いかけではない。確認でもない。

 それは、“自分の手で世界を閉じてしまいたい”という祈りだった。


 その声は震えていなかった。

 でも、逆にそれが、何よりも深く胸に染み込んだ。


 “朝”という言葉に込められた、“終わり”の予感。

 今日の夜が、最後になるかもしれない――そう思ってしまうほどに、ミオの声は切実だった。


 「ねぇ……ずっと、このままでいられたらいいのにね」


 彼女の指先が、僕の背中をなぞる。

 指の一本一本に、何かを刻みつけるような重さがあった。


 まるでこの瞬間を“固定”しようとしているみたいに。


 僕は、言葉を返せなかった。

 ただ目を閉じ、ミオのぬくもりに身体を預ける。


 その熱はたしかに心地よくて、

 でも同時に、“逃げられない檻”のようでもあった。


 (朝が……来るのが、怖い)


 それは、彼女の言葉ではなかった。

 僕の中から、こぼれた本音だった。


 目が覚めたら、すべてが変わってしまうような気がしていた。

 ミオの不安も、執着も、夜の優しさも――

 全部、夜の中にしか存在できないもののようで。


 僕たちはただ、目を閉じたまま静かに寄り添っていた。


 互いの輪郭を確かめ合うように、

 何も語らず、何も壊さず、ただ夜に身を沈めていく。


 ――そのまま、朝が来なければいいと願いながら。

 ――それでも朝は、きっと、また来る。

 その光は、ただ無垢な顔で、僕たちの罪と沈黙を見下ろしていた。



こんばんは。

本日もここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

第16話『朝が来るのが、怖い』は、タイトルの通り「夜の終わり」と「日常への回帰」に潜む静かな恐怖を主題に書きました。


“何もなかったように始まる朝”ほど、怖いものはありません。

心をすり減らしながら耐えた夜の出来事が、まるで存在しなかったことのように、白い光に塗り潰されていく――そんな喪失感と、世界との乖離を、ユウの視点から描いています。


この話では、ミオの” 「完璧な演技」と、ユウの「麻痺していく感覚」が中心軸です。

彼女の支配はもはや明確な暴力ではなく、優しさという名の“檻” ”に変わり始めています。

表面的には回復しているように見える彼女の姿と、その裏にある“祈り”のような執着。

それを鏡の前で囁くシーンに、全ての本質を込めました。


そして、「逃げたいけれど逃げられない」というユウの感覚。

周囲の誰もが理想のカップルと信じて疑わない中で、彼だけが感じている違和と恐怖。

それは恋愛ではなく、共依存という名の同調圧力なのかもしれません。


この物語の登場人物たちは、きっと誰よりも「愛されたい」と願っているだけなのに、

その願いの形が、少しずつ歪んでいく。

その過程を、これからも丁寧に描いていけたらと思っています。


もし、少しでも胸に残る何かがありましたら、ブクマや感想・レビューなどで伝えていただけると、とても励みになります。


次回も、どうか静かにお待ちいただけたら嬉しいです。


霧野ルイ

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