9 「それは駄目ですわ」
話は、ユージェニーがリラの家のものを買い求めたい。
そう提案されたことから。
そして、そもそも。
「何で成仏……えぇと、天に召されていないのですか?」
一番尋ねなくてはならないことはこれだった。
今更ながらようやく気がついた。
けれど、三姉妹たちも困ったと頬に手を当てる。
死因はその流れで判明した。
きのこ、気をつけよう。
死因を聞けば、毒殺でも呪いでもなく。
ある意味ただの事故死だったとは。
三百年前なら、そんな姉妹そろって一緒に亡くなったとあれば。そりゃあ呪いだと騒がれるだろう。毒には近いかもしれないし。
「だからわたくしたちも、天に召されたくないわけじゃあないの」
「三人そろって。お姉様たちと逝けるなら別にいつでも」
「私はもう少しリラさんとお話しが……」
でもここに居座っているのは行く当てが他にないからと、やはり本来は彼女らの家だからだ。
彼女らの死後、親戚が住んだりする予定だったらしいが……やはり、そんな同日に三姉妹が亡くなった館。怖がって、親戚たちは「どうぞどうぞ」と押し付けあい「では、私が」と名乗り出る者がいないまま数年間。
その間に彼女らは自分たちで掃除することを決意し、覚えて。
嫌がらせ的な心霊現象も始まりは泥棒対策であったし。それがますます人を遠ざけてしまうのは仕方なかった。
引き受けたエマルシア家にしてみたら、困った物件。亡くなった三姉妹も近縁で親しくしていたから哀れとは思うが。
そう、親しくしていたから、なおさらに住みづらくて。
中にそれなりに美術品が残っているのは知っていたが、エマルシア家も裕福で別に蒐集家もいなかった。百年以上経っても持て余し。押しつけるように嫁に行く娘に付けて、他家に渡し――そして、今こうしてリラのものに。
だから彼女らはリラが持ち主になったと聞いて、正統な主ならば追い出すこともないと、本当に話がわかる方たち。ほっそい男は、あれは駄目。当時は持ち主の息子だったとしても、女連れの不法侵入者枠だ。
決してリラのお焚きあげに怖くなっただけでなく。
「それ、公表しても構いませんか?」
それ。つまり死因。
少しはお館の怖い噂が減るかもと期待して。
「別によろしいですけども、どうやって?」
「え?」
「幽霊に話を聞きましたって、あなたが頭のおかしいひとあつかいされるのではなくて? 大丈夫? 平気?」
それは、まさしく。きっと。
まさか幽霊側に心配されるとは。
「ああ~……」
文字通り頭を抱えたリラに、三姉妹は心底から同情した眼差しを。
「でも、わたくしたち、どうしてこうしているのかしらねぇ?」
「気がついたらそれぞれ屋敷に戻ってきてましたものね」
「そうそう、一度はふわぁと……」
臨死体験を聴かされているようだ。
やがて肖像画が一番落ちつくと、宿ることになさったらしい。
さすが後の世の名匠の作品。込められた想い的なものが強かったのだろうか。
「では、本当に未練や恨みもなく?」
顔を上げたリラに尋ねられ、エリザベスとイヴリンはこっくりとうなずく。
「私は未練できましたが。今日。さっき」
ユージェニー嬢のはさておき。
「謎ですねぇ……」
彼女ら本人たちにも解らないとは。
三姉妹と家主になったばかり四人で首を傾げる。
……ぐぅ……。
「あ」
緊張が解けてしまったからか。
リラの腹がなった。
脳筋寄りではあるがさすがに年頃な少女ではあるので、リラの顔が赤くなる。
「あらあら」
エリザベスは可愛らしいと微笑んだ。お姉さんの笑みだ。
「仕方ありませんわ。あなたは生きているのだし」
「そうそう、時間的にもう昼過ぎでしょう」
ユージェニーやイヴリンも気にするなと。良いひとたち、いや良い幽霊たちだ。
「すみません。少し食事をしても?」
「ええ。食堂に案内しますわ」
「食器などもまだ使えますよ」
三百年前の、それらもまた最高級骨董品。
そちらも暇つぶしに掃除したり磨いていたとか。三百年は長過ぎて。
「あ、でも食べ物はさすがに買ってこないと……」
しかしありがたいその申し出をリラは断った。
何故なら持参していたから。
「大丈夫です。持ってきてますから」
「あら、そう?」
「はい。こちらを」
リラはちょうど入り口に置いていた小さな鞄から――幽霊三人の目が丸くなった。ちなみにその鞄がリラの今の全財産と着替え入り。
「何それ」
リラが取り出したのは乾し肉に乾いたパン。
「え、家に残ってた軍糧食の残りですが」
前述とおり騎士に連なる家であったエルマー家。軍糧食も保存食もそれなりにあった。父が職場で試供品をもらってきたり、兄が趣味で自作していたり。
お家の片づけをして売れるものは売ったが、さすがに食べ物までは売り切れず。辺境に旅立つ兄がだいぶ持っては行ったのだが。
ここ数日、リラの主食だった。
「そう、軍糧食……」
現世の兄の趣味はミリメシ作り。仕事にも関わっていたし、この乾し肉は燻製もされてなかなか美味いんだが。乾パンも。ただ口の中の水分がめちゃくちゃもってかれる。
聖女様のわがままに振り回されて、夜中にぶつぶつとつぶやきながらパンを捏ねてストレス解消していた兄の……。
「それは駄目ですわ」
「え」
食べようとしたらエリザベスに止められた。
あ、立ったままて行儀悪いかな。すぐ食べて話の続きがしたかったのだけど、さすがに公爵家の方たちにはびっくりされたろう……と、リラは思ったのだが。エリザベスはそうではなかった。
「いえ、軍糧食を貶したいわけではないのですが、それはだめでしょう」
「だめ……」
「あなた、十五とおっしゃいましたね? ならばまだまだ子どもです!」
この国では十八くらいからが成人だ。彼女にしてみたらリラもイヴリンとそう変わらない。
まだ子どもじゃないか。
エリザベスの顔がお姉さんになっていた。
「ちゃんとしたものをお食べなさい!」
肉、魚、野菜。バランスよく。
妹たちも姉の後ろでうんうんとうなずいている。
実は食べることが大事と家訓であったグローディア家なのだ。
「人間の身体は口にし、食べたものでできているのですよ」
……皮肉にもその食べ物で命を落としたが。
お兄さんの趣味は実は料理。騎士になるからその方面の研究食も。その幼なじみさんは良き理解者で、食べる係。いっぱい食べるきみが好き。
ジャンルにまた悩みつつ、中盤と終盤に恋愛要素を予定しておりますので、どうぞそれまでお付き合いお願いします。