7 お掃除できるんですか!?
「そのような特殊能力を前世からおもちだったのね」
謎が解けたと、ユージェニーが深くうなずく。
正直なところ古武術やレスリングとやらはわからないが、遠い国の格闘技や護身術と説明されてうなずいた。生粋の令嬢であった彼女らには難しいところだが、ユージェニーだけはレイピアを習っていたから、ふたりより理解はできただろうか。
だから自分たちを見えて、話せるわけかとは、納得はできたが。
――いや、この輝きは、そうなのか?
「しかも自分たちがこの絵に宿っていると、よくわかりましたね」
「あ、はい」
いや、絵に関してはバレバレでしたがとは、何とか飲み込んだ。
悪い存在ではないようだし、とリラは絵を元の位置に戻してあげているところ。
あんな扱いをしてしまったが、傷ついていなかったろうか。
肖像画のなかの三人は淡く微笑む。
後ろにいる三人も。
これが依り代になったのか、それとも付喪神的なのか……あいにく、リラにはそこまではわからない。
お仏壇に遺影を飾っているような? などと考えてしまったリラには。
「でも、不思議……」
リラは振り返り、視界に入るお館のホールを――美しいシャンデリアが輝く、埃のないホールに驚いていた。
先ほど入ってきたときはそれどころではない状況で気がつかなかったが、きれいだ。
掃除がされているという意味でも。
豪華なシャンデリアが広間を飾り、壁にもまた趣向を凝らした燭台が。思えば暖炉も美しい装飾がなされていた。そして、絶妙な配置におかれている花瓶はじめ美術品たち。
さすがに埃一つ落ちていない、というレベルではないが、十分きれいだ。生活に支障が無いほど。
先ほどの応接室も。
三百年ものの埃が積もっていると覚悟をしていたのに。
「どうかなさって?」
不思議そうにしているリラに、絵の角度の調整をしていたエリザベスが気がついた。
「あ、あの。失礼ながらお屋敷がきれいだな、と……」
埃が積もって蜘蛛の巣だらけを想定していましたとは、住人たちには言い辛い。
しかしエリザベスの方が「そうでしょう」と、扇をだして嬉しそうにその影で微笑みを。
何て完璧な淑女の形。
でも続けられた言葉にリラはびっくりした。
「ちゃんと三人で掃除してますもの」
幽霊が掃除。
目を丸くしているリラに、エリザベスは実演してくれた。
「ほら、今ならこんな、シャンデリアも脚立いらず!」
彼女はふわふわと浮かんでいくと、取りだした羽根のハタキで、ささっと……。
「高い窓枠も」
こちらは話は聞いていたとイヴリン。それは雑巾だけを浮かせてキュッキュッと……。
「シャンデリアは繊細ですからね。こうして近くで。でも窓の高いところもこうしてちゃんと水拭きとから拭きを」
雑巾を触りたくない言い訳もあろうが、高いところも見事に。
「モップかけは一番最後にやると良いと、知り合った元メイドの霊に聞きました」
それはユージェニー。
「基本は上から下。そして床やタイルの目にそって」
いつの間にか彼女は銀縁の眼鏡をかけていた。その縁をキリッとあげながら。生前からのご愛用品だろうか。絵のモデルになったときは外していたらしい。
「モップが自走している」
「同時に三本操れるようになるには五十年かかりました」
ユージェニーが操るモップは見事に角を丸くしないで掃除していった。
淑女の彼女らが掃除。自ら雑巾をかけて……いや、淑女だからこそ。埃が積もっていくのが我慢ならなかった。
亡くなって、屋敷から使用人がいなくなって数年。積もっていく埃が気になって気になって。
「ベスお姉様が蜘蛛苦手だから」
イヴリンがくすくす笑う先で、エリザベス嬢がそれとなく視線をそらしている。生前苦手だったものは死後好きになれるはずがない。
「それで蜘蛛の巣もなく」
エリザベスが――公爵令嬢が自ら掃除をすると決意したのは、そういう理由らしい。
自分の肖像画に巣を作ろうとした蜘蛛に悲鳴をあげたから、と。
はじめて掃除をしたときは失敗ばかりだったそうだが、ユージェニーが知り合った元メイドの幽霊からやり方を教わり――
「待って。どうやって知り合ったんですか?」
「あ、ここから三十分くらいのところにある王立図書館で」
「……出歩けるんですか?」
「さすがに日中はご遠慮してますが」
地縛霊ではなかったのか。
元メイドさんは幽霊になったからには、生前から憧れだった図書館に来たらしかった。誰かに見咎められることがなくなってから。
有名な幽霊作品にある、お化けには学校も試験も……を、逆に。お化けになったからこそ、彼女のように憧れだった本に触れられる存在も。
三百年前なら、本も貴重だったし、学校も大変だっただろう。
「彼女は難しい文字が読めませんでしたから、交換に教えてもらいまして」
ユージェニー嬢はそういえば当時の学園で首席であったとか。
――余談だが。王立図書館の七不思議の一つ「本が勝手に借りられて返されている」の正体がこちらのユージェニー嬢である。本好きな妖精がいると勘違いされている。
「三百年、無為に過ごしていたわけではありません」
何て立派な死後を。
状況的には軽くポルターガイストだけども。掃除道具の。
「そういえば花瓶、持ち上げられていましたものね」
ならば掃除道具くらい軽いものか。先ほども絵の角度をご自分たちで直していたし。
入り口で真っ二つになっていた、それ。
「あ」
思い出したと、エリザベスが慌てて飛んでいく。早いなぁ、便利だなぁと、裾を持ち上げリラも続く。
「ああ……わたくしの花瓶……」
真っ二つ。
金貨五十枚だっけと、美術に詳しくないリラも申し訳なくなる。
「いや、そもそもそんな大事なものを使うお姉様が悪いですからね?」
ユージェニーが気にするなとリラの肩を叩いてくれる――触られたと、二人して「あれ?」となった。
「でも、この屋敷にあるもので、逆に価値ないものなんてないわよぉ?」
嘆くエリザベスの声に、確かにと。
「逆に三百年間保存された骨董品、ですか……」
「骨董品て言われるのは何だか癪だけど」
三百年ものの幽霊の三姉妹さんである。
「お姉様、こっちの壺はおいくら?」
イヴリンが元は広間入り口で活躍していた大きな壺を尋ねる。リラの腰ほども高さがあり、かつては立派に花が立てられていただろう。
いまは、空っぽ。
「それは金貨二百ね」
「やっぱり花瓶より高かったんだ」
「入り口に粗末なの置けるわけないでしょう」
金貨五十に金貨二百。
子爵家の一番高い美術品て何だったのだろうと、リラはちょっと遠い目をしかけた。世界が違いますわ。
「あ、世界が違うといえば……」
リラは思い出した。
「金継ぎで直してみましょうか?」
「金継ぎ?」
「はい、漆で修理する方法なのですが……」
前世、寺の、もったいない、な教えで。
祖父がそういった修繕を得意としていて、時々有名な古物商からも頼まれていたようだった。何ごとも経験とリラの前世も習っていた。その経験の一つが叔父に付いてのお祓いだったけど。
脳筋と思われがちだが、リラは手先もわりと器用。
武具の手入れだってできる。そういった店に漆が売っているのもしっている。
見たところ呉須の赤絵のような華やかな花瓶だから、そこにさらに金が混じったら、うん……さらに面白い意匠になるのではないだろうか。美術品には詳しくないから、それ以上の感想はリラには難しいが。
「な、直せますの!?」
「元通りとは行かず、こう……割れ目にそって金の模様が入りますが」
リラの説明を聞いて、考えたエリザベスはうなずいた。想像して、同じように面白くなるかもと思ったようだ。
「武具の手入れ道具屋に漆が売っているのを見たことありますし。金箔か金粉が手に入れば」
「金箔ならございますわ!」
あるんだ。さすが。
「幸いきれいに真っ二つですし――」
リラが提案したことに、ちょっと待ってと止めたひとがいた。次女のユージェニーだ。
「待って。武具とか……貴方、先ほどエルマーと……騎士の家の方、と?」
「数日前から元がつきますが?」
どうしたんだろうとリラが首を傾げると、ユージェニーは顔を赤くして悲鳴をあげた。
「姫の騎士ラヴェンダーの!?」
「あ、ご先祖さまをご存じで?」
きゃー! と、さらに悲鳴をあげられた。
幽霊なのに顔が赤くなるんだなと、リラはまたそこにも驚いていた。
ちゃんとしている三姉妹。
ちなみに、当方も金継ぎがちょっと趣味でして。