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6 鍛えてますから。


「テラ?」

 聞き慣れない言葉に三姉妹は首を傾げるが、言葉には何やら不思議な気持ちになる。そわそわするような、ぞわっとするような。幽霊なのに――幽霊だからか。

「はい、寺です。この世界でいう、神殿のようなものと思っていただければ」

 正しくは違うかもだが。

「まぁ……」

 神殿。それでこの感覚かしら。

「なので、霊的な存在などにも覚えがありまして……」


 生前。

 リラの生まれた寺は「本物」だった。


 本当に、霊的な存在を認め――相手をする。

 遠方よりも噂を聞き、助けを求めてくる人々がいた。


「悪霊の言葉には耳を貸すなが第一の教えでしたので……」


 三姉妹のやったことはまさに、悪霊の心霊現象だったから。


 だから――速攻した。

 以前の叔父もよくそうしていたし。

 寺生まれの叔父。彼がメインでそういうものの対処をしていた。「破ー!」と気合い一閃で。

 そして叔父が見るには生前のリラにも素質があると。

 しかしリラは別の目標があったのでそちら方面はさわりだけ。少しのお手伝いで。でも、彼女たちを相手にできたのはその経験から。

 進路も、高校もその目標で決めたほど。家族たちも応援してくれていた。


 こんなこと――生まれ変わり、輪廻転生というものが本当に――なら、もっと叔父の仕事を見学しておくべきだったと、今なら思う。

 祖父と父は本職の寺の仕事を。時に叔父の代わりに出るときもあったが、叔父のようにはなかなか。

 この寺は武道場も併設していた。

 先祖が開いたそれは古武術を。昨今では近隣のお子さんなどの心技体を育み、護身術にと。

 しかし武道場の仕事は三人とも関わっていたから、身体を動かすのが心底好きだったのは血筋だろう。祖父が師範代で父や叔父よりも強かった。生涯現役。見た目は小さなおじいちゃんなのに。

 叔父は若い頃、中学からは柔道部に所属し、古武術の技をさらに現代向きに昇華させていたほど。

 リラの前世は、この叔父をたいそう慕っていた。

 そして寺は年の離れた弟たちが継ぐことになっていた。そして弟たちもまた、道場でころんころんと受け身をして転がっていた。


 そう、育った寺もまた、武闘派だったのだ。


 生まれる前から鍛えてました。


 それを現世の兄に稽古をつけてもらっているときに思い出した。


 エルマー家は女の子であれど、素質があるならば何かしら武芸を習わせるのが家訓。武家の家であった。

 そこでリラは前世もまた、武道場で鍛えていたことを思い出したのだ。いや、現世もまた鍛えることができてよかったと、まず思った。


 兄からまずは無刀での護身術を……と。リラには何が向いているだろうか、と――調べている、まさにその時。


 この国には今まで無かった投げ技をくらって目を回している兄には悪いことをしたが。

 兄は当然、その技に興味を示し……そうなると、リラは説明のために前世のことも話すことになった。彼がそのまま、技の練習相手になってくれたのは嬉しかったし。でも、前世など信じる人はいるだろうかと兄妹で悩み、ふたりだけの秘密にしていた。


 そこまで古い歴史がある寺ではなかったので、僧兵の伝統があったわけではないが。それでも武道場もまた、由来がある。それがもしや叔父の仕事理由だったのかもしれないが、まだそこまでは聞いていなかった。もしもリラの生前が興味を示していたら、もう少し成長したら、詳しく教えてくれるつもりだったのかもしれないが。


 が、それは今は省こう。

 そう説明していたら三姉妹さんが気を悪くされたから。

「悪霊相手ですって?」

 三姉妹さんが顔を見合わせる。

「まぁ、失礼な。わたくしたちはただの善良な霊でしてよ。その、天に召されていないだけで」

 それを成仏できていないと、リラの前世ならば言う。

 善良な霊も、いないわけではない。守護霊などがまさに。

 地縛霊も、条件によってはその土地の守り神にランクアップするときもある。

 彼女らはまだ、そうは見えないけれど。

「そうでしたか。失礼しました」

 頭を下げたら「よろしくてよ」と許してくださった。

 そして三姉妹は気がついた。

「おまちになって。前世ということは、貴方も亡くなった……ことが、あるの?」

 当然な質問であろうか。

 そして幽霊という存在になっていた彼女らは、信じてくれたようだ。


 生まれ変わりという、存在を。


 リラは話していたうちに甦った記憶にしんみりしていたところ。

 強烈な記憶に一瞬だけ、身体が痛くなった。

 それは死んだときの記憶。


「はい、享年十五歳でした」


 今の年齢と同じだったと、ふと気がついた。


「信号無視をした車から近所の子をかばい……ええ、馬車のようなものに轢かれて」


 鍛えていても、猛スピードで突っ込んできた鉄の塊には敵わなかった。

 歩道の方に突き飛ばした子が無事そうだったのが、最後の記憶に。その子は実家の道場に通っていて懐いてくれていた子だから、自分の死がトラウマになっていないと良いのだけれど。


「ま、まああ……」

「なんて……」

 享年十九のエリザベスと十七のユージェニーが痛ましいと目を伏せる。

「なんて、ご立派な……」

 十三で亡くなったイヴリンも、子供をかばってとのことに、敬意をと目を潤ませる。

 リラも思い出し、悔しいと――拳を握り締める。


「ええ、やっと憧れのレスリング部がある高校に入学したばかりだったのに……」


 ――……?


「レスリング」

 とは?

「はい、憧れでした。霊長類最強の方が」

「霊長類、最強」

「近隣の中学には女子レスリング部がなくて。高校からやっと学べると楽しみにしてましたのに、たった二カ月で……」

 三姉妹が、なんだそのすごい――力強い響きはと、目を丸くしていることにリラは「いけないいけない」と咳払い。兄にも良く注意されていた。


 リラは生前、家の流派の武術も好きだったが、オリンピックで見たレスリングに憧れを持っていた。


 それが、進路理由。将来の目標。


 だが、家の近くには習えるところもなく。叔父が寝技を教えてくれることで練習かわりにしつつ。分野外のタックル練習も付き合って受け止めてくれたことに感謝も。祖父にタックルしたら投げられた。

 高校は自宅からは遠かったが通えない距離ではなく。むしろ自転車での通学が良き鍛錬になるとわくわくしていたのに。

 ちなみに、ジョギングで通学しようとしたらさすがに祖父にも父にも、叔父にも止められた距離だった。学生の本分の勉強する時間はどうする、と。

 幼い弟たちに「お姉ちゃん、ぼくらと遊ぶ時間は?」と来られたのが決まりて――それもあり、現状のリラは子供に弱い。年下に。イヴリンが十歳を超えていて良かったのは内緒。


「まだ、基礎もぜんぜん教われて無かったのに……!」

「ま、まあ、おかわいそう、に……?」

「夢はオリンピック! いつか、憧れの女神にサインと握手を! だったのに!」


 くぅっ、と唇を噛む少女の様子に、だからこんなにもまぶしいのかしらと、幽霊の三姉妹は顔を見合わせて頷く。

 本当にまぶしい。

 だいたいわかった。身体を鍛えているからこそか。そしてまっすぐな精神。


 「寺」生まれとか、そういうことよりも。もっと大事なことだ。

 そう、生命力。そして意思。

 人間を何より輝かせるもの。


 わかった。


 ――絶対敵わない、と。



下地がないと、生まれ変わっても急に強くはなれないと思ってしまい…。(そして、憧れ…

リラさんの設定にツッコミどころ満載かもですが、ご安心ください。そういうツッコミ役キャラが後々登場予定です。


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