3 聖女の被害者家族。
「これが名匠クランの、有名なグローディア家の三姉妹……」
美術があまり得意ではないリラも、素直に、美しい、と思う。
館に入ってすぐ、ホールの先の階段の踊り場に飾られた三枚の肖像画。
それは三百年前の有名な画家が、是非描かせてくださいと、自ら頼み込んで描いた、グローディア家の美しい三姉妹。
中央が長女エリザベス。
その左手側が次女ユージェニー。
反対の右手側が末のイヴリン。
三人とも淡く微笑んでいる――いや、にぃっと唇を三日月の形にした。
始まりは――聖女さまが、聖女でなかったとわかる半年前だった。
「それで、やはり婚約破棄ですか?」
兄が聖女さまの不興を買った。
正しくは兄を慕う――妻となる幼なじみが。
それがエルマー家が転がり落ちた原因だった。
兄のラスタは、妹のリラが言うのもなんだが美形だ。
エルマー家はもとは先祖が戦場で時の王族を護った武功から爵位を賜った家であり。少しずつ手柄を重ねて、今では子爵位まで昇った武家であった。代々騎士を輩出している。兄も当然、騎士となった。
ともに母親似で白っぽい淡い金髪。兄は瞳も母親似で淡い茶色できつめな顔立ちの中、その柔らかい色が印象を優しくしている。
リラは父親譲りで薄い紫色。なので全体的にきつめな印象を人に与えてしまう。
そんな兄が聖女さまに気に入られたのが始まり。面喰いだよね、と聖女さまと同い年のリラたちは察していた。
しかし、兄には愛する幼なじみがいた。
王室が主催した夜会で、彼女が聖女にワインをかけた。
ワインはとっさにかばった兄により聖女にはかからなかった。それによりギリギリで皆、打ち首は逃れた。
何故、幼なじみが聖女にワインをかけたか。
何故、兄がそれをかばえたか。
それは聖女が何度もラスタとダンスを踊ったから。聖女が何度も強請ったから。
その日、ラスタは幼なじみをエスコートしていたのに――ふたりは結婚の約束もしていた。
だが、聖女はお気に入りの騎士であるラスタが今日は騎士服ではないことに。休暇はこのためね。私のためよね、今日はダンスが踊れるのね。と――幼なじみと踊る前に奪い取った。
普通ならば、それは結婚前の挨拶をするためだと解るだろうに。いや、解っていながらなのか。
常日頃から、お気に入りということで約束も反故にされ、ラスタを奪われていた幼なじみは限界だった。
もしこれが結婚後も続くなら――いや、結婚もできるの?
不安に震えたそのとき。
聖女がこちらを見て、にんまりと、笑ったのだ。
――気がつけば、愛しいひとにワインをかけて。皆に、家族に、災いを。
聖女の常識無し――我が儘もあったとおさめてくれる王族の方がいなかったら、エルマー家はどうなっていたか。
その王族はエルマー家は、ラスタは聖女のお気に入りだからと取りなしてくれたし。さらに幼なじみも「聖女さまの不興を買ったのならば、彼女はこれから罰が当たるでしょうから」と、命だけは助けてくれた。
兄は騎士を辞め、辺境へと旅だった。幼なじみを連れて。いや、むしろ辺境へと追放される彼女のために。
その辺りは家族会議の結果だ。家名より、身分より、家族の幸福が大事。そんな家族でよかったと、リラも兄たちの無事を祈っている。
聖女は幼なじみの女だけでなく、お気に入りのラスタまでどうして辺境に行くのかと数日間は騒がしかったらしいが、直にまた新しいお気に入りを見つけてご機嫌だ。
エルマー家はリラが継ぐ――わけにはいかなかった。
兄がやらかしたわけではないが、聖女に無礼を働いたのは後ろ指指されることになる。彼がお気に入りだったときはすり寄って来ていたのに。
それがリラの婚約者のフェルナンドだ。
落ち目になった途端、フェルナンドは聖女さまの新しいお気に入りを身内にもつ、男爵令嬢を傍らに連れていた。
「もともと、リラのことは好きじゃなかったんだ」
「まあ、フェルナンドさまったら」
男爵令嬢がリラをみてくすくす。
リラと違って小柄で胸の大きな女の子だ。
「本当はマリーのような女の子らしい子が良いって、ずっと思ってたんだ」
彼もまた金髪に碧眼の美形だが、彼自身は聖女さまのお気に入りにはなれない。何故ならば……――。
「そもそも、女なのに武芸なんて、野蛮だと思っていた」
いやだから、だったらなんで武家に婚約を持ちかけたんだ。
そう、彼自身はもやし――いや。細い。
美形好きでも、兄のような鍛えられた男前が好みの聖女さまである。
正直に言うと、リラもその辺りは聖女よりであった。
さらに正直に続けると、フェルナンドはまったく好みではなかった。
ただ、家格が合い、是非にと言われたので受け入れた婚約である。別に業務提携などもなかった。そもそも我が家の生業は騎士業だし。
なので、あっさりと終わったのである。これは捨てられた形になるのかな、とは薄ら思いつつ。二年ほどの付き合いで、互いに多少は情はあったかと思えば、フェルナンドの本音も聞けたし。
だがしかし、リラはフェルナンドをちょっぴり見直すこととなった。
さらにさらに正しく続けるならばフェルナンドの親御さんを。
「っていうか、こちらから持ちかけての破棄になるから。ちゃんと慰謝料払うから?」
「え?」
意外とちゃんとしてた。
マリーさんとやらを連れてきたのはどうも、今後の予定を伝えるつもりか挨拶のようだったみたいだ。喧嘩売りに来たのではなかったのかと、リラはちょっと考えてしまっていたのに。
フェルナンド側としては、もう次の予約が入ったから、縋らないでね、としたかったのだが。リラの案外、さっぱりした様子に拍子抜けていた。マリーさんは話違うじゃんと、フェルナンドにベタベタと触れていた手をいつの間にか外している。
「まぁ、君の家が悪いんじゃないって、僕らもさすがにわかってるし。慰謝料かわりにうちが持ってる物件をひとつ、差し上げるよ」
親が持たせてくれたという譲渡書を。
何せリラの家は――抵当に入ったので。
もうすぐ家無しである。
「よろしいのですか!?」
正直ありがたい。
「小さな家だとしても、何でもありがたいです!」
「あ、あは。小さくはないかな?」
「え、そうなんです?」
フェルナンドもマリーさんとやらもにっこにっこと、ずずいと書類を差しだしてくる。
もう手続きは済んでいるから、と。
「古い建物だけど。手入れはあんまりできてないからごめんね。何だったら更地にしても良いから」
「更地に?」
「あ、うん。建物は古すぎて既に価値ないからさ。土地だけにした方が売れるかも……て、やつ」
「まぁ、それは……」
「いやぁ、歴史的には価値あるかもだから、その辺りは君の好きにして?」
鑑定結果に大金がついても、フェルナンド側は文句言わないから、と。
実は家と土地をついこないだみてもらったばかりだから、理解が早いリラ。
「まぁ、しばらく住めれればありがたいです」
「そ、そうだよね。うん、古いけど、うん」
小さく、できるものならと言われた気がした。
「……白蟻でもいます?」
「……いや、たぶんそれはいない」
――まさか白蟻より。
兄を心配させまいと頑張ったのだが。子爵家とはいえ、領地なしの騎士家である。いや、ヘタに領地があったら手続きが大変だったろうから良かったのか。
売れるものは爵位と家くらい。母とリラのドレスやアクセサリーはとっくに質に。
両親は、事情を知った友人が「うちの家業を手伝ってくれないか」と破格のお給料で雇い入れてくれた。
リラはこの婚約者がどうでるかと、連絡をもらってまっていた――まぁ、予想していた通りで。この家の引き取り業者に鍵を渡す役がおわれば、自分もどこかに働きに出るかと思っていたところ。
両親が身を寄せているところからも、娘さんも是非にと誘われていたし。そちらに向かおうかなと考えていたのだが。
しかし、やはり王都にひとりは残りたい。
リラは武家だからな他に、とある事情もあり――身体を鍛えていた。エルマー家が娘もそういうことを好むことを、むしろ応援してくれるお家でよかったと。生まれてすぐ、思いつつ。
そしてその事情により、働きに出ることの抵抗はない。貴族なのに。
ただ気になったのは。
「……でも、恨まないでね?」
フェルナンドが別れ際に言った言葉。婚約破棄のことのあれこれだとばかり思っていたのだが。
もちろん、恨むどころか、慰謝料をくれたことに感謝をしていた。
小さな家だとしても、就職活動する拠点があるのはありがたい。
最悪、売っても良いとまで。
「……ぜんぜん小さくない」
ところが、書類に記載された場所を訪れたら。
慰謝料にもらえるくらいだから、小屋のような家を勝手に想像していた。
「家じゃなくて……館……?」
フェルナンドの家は伯爵家だ。
実は公爵家の方も嫁いで来たこともあるほど。歴史もあるお家。
だからこれは、その方が持参してきた由緒正しいお館だとか。
由緒正しい――幽霊屋敷。
「しまった! 事故物件、押し付けられた……!」
結局、感謝を返せとなったリラであった。現金の方が良かった。
やらかしてた聖女(偽)。
ひっそり、お兄さんと幼なじみの方が流行の小説になりそうだったかな、なんて。お兄さんたちサイドお話はいつかそのうち。
ちなみに辺境で冒険者をやりはじめました。
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