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幽霊と幽霊と幽霊と令嬢。  作者: イチイ アキラ


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25 「あらまぁ、ケガ? どこを?」


「お待ちを!」


 市場の警護が間に合った。彼らはついていた。

 たまたま、その人が市場の近くに来てくれていたから。


 この場でもっともついていた――幸いであったのが、この破落戸青年たちであったとわかるのは……。


「あ、ブルーノ伯爵」

 リラの知り合いでもあった。

 いつぞやリラがブルーノ伯爵の乳母であった女性を助けたことがあり、それ以来何かと気にかけてくださっている方だ。


 この世界に貴族の知り合いがいることがどれだけ大きいか、子爵家に生まれて今平民なリラは、よく理解していた。


 まさに、今も。


 彼はリラがドワーフの姉妹と一緒とはいえ、女の子たちだけであの幽霊館を管理していると聞いて、余計に心配してくださってもいる。彼自身が二人の女の子の父親でもあるからだろう。

 彼はリラを心配して、恩返しに住み込みの就職も提案してくれたくらいだった。彼の家でその娘たちの侍女にならないか、と。

 もしもリラが幽霊たちからの頼みごとを先に聞いていなければ、その提案にうなずいていたかもしれない。


 ブルーノ伯爵は乳母を助けてくれた少女を調べ、それが武門のエルマー家の娘だったことまで。本音を言えば、護衛もできる侍女として本気で雇いたかった。

 彼女の現状。

 聖女の不興を喰らったが故に長男が家を出て、そしてお取り潰しに近いかたちになっていた。


 彼はそれよりも身内を助けてくれた事実を信じた。リラの人となりを。


 そもそもエルマー家の者たちが悪くないのは明らかに。聖女のわがままの被害者である。

 国のためには聖女が必要だから、彼女を優先しなければならないが――昨今は少しばかり疑問視されていた。

 聖女を優先する王族や、大臣。

 けれども聖女の「被害者」の方がそろそろ――聖女による恩恵より。洒落にならない数となり。


 そんなところに。

 他国から「聖女ではない」と突き付けられ。


 王族は箝口令をしいているが、すっかり漏れていた。


 ならば聖女の「被害者」たちは、なんのために。


 ブルーノ伯爵もそれを聞き、近いうちにリラに会いにかの幽霊館を尋ねようとしていたところ……――。


「話しは聞いた! この場はブルーノが預かろう!」


 騒ぎを聞いて、そして市場の人が警備隊を呼びに行ったのにも行き合い、一緒に駆けつけた。たまたま王立図書館に本を借りに行くところだった。乳母もそうだが、彼自身も本好きで、自宅にはない本を求めてきたのだ。

 そんなところに、騒ぎが起きていると馬車の御者から。そして慌てて走る警備隊に話を聞けば。

「リラさんが騒ぎの中心だと聞いたら……」

 近いうちに会いに行こうとしていた借りがある少女が厄介に巻き込まれていると聞いてきたら、ところが事態はそれどころではなく。


 貴族の青年たちが他国からの旅行客にちょっかいをかけたのも問題ではあるのだが。


 相手は他国の王族。


 むしろ、少女が国賓を護ったことで――国の貴族として、また彼女に借りが増えたと。


 伯爵はリラにうなずいて、貴族の青年たちに向き合った。


「彼らを捕縛しなさい! 私が責任をとる!」


 そして警備隊に指揮を。自分が後ろにいるから、貴族の子供たちでも遠慮することはない、と。

「な、ふざけるな! こんな、ケガさせといて――!」

 しかし仲間を、腕の骨をやられたと。彼らはまだ頭に血がのぼり、収まる様子はなかったのだが……。


「あらまぁ、ケガ? どこを?」


 不思議そうに赤毛のお姉さんが首を傾げている。にぃっと口は笑みのかたちにして。


「どこをだと、貴様! この腕が……腕、が……あれ?」


 痛みが無くなった。

 一瞬で。

 痛みがないと蹴られた彼らも不思議そうに首を傾げてしまっている。


 リラも不思議だ。

 確かに手応えはあったのだから。


「……治したんだ」

「……証拠隠滅だね」


 後ろで少年少女がこそこそ何か話している。


「さ、詰め所で話を聞こうか」

 少しばかり不思議なことが起きたが、彼らは警備隊に連行されることになった。

「な、俺は子爵家の――あ!?」

 彼らは美少女からの圧と言われたことを、そしてリラが「ブルーノ伯爵」と呼んだことに、さすがに己の状況を理解したらしい。

 如何に貴族の家の子供に生まれようと、爵位を継いでいる者とただの子供では、明らかに地位も存在価値も違う。

 青年たちは状況を理解できたようでおとなしくなった。


 リラは伯爵と連行される青年たちを見ながらほっと肩の力を抜いた。

 

「お世話かけます、伯爵さま」

「いや、リラさん……よくやってくれました」


 伯爵は他国の王族であると判明した少女たちをちらりと。

 確かに今この国に来ている使者である王弟殿とよく似ている。色彩からその美貌まで。


 リラはため息をついた。改めて。

 本当に、肩の荷が降りた、と。


 リラは声をひそめて、伯爵に説明した。

「……あの少年、躊躇いなく殺せるひとの目をしてます」

「……ああ」

「たぶんだけど、女の子とお姉さんが危険になったら、の……躊躇いなくでしょうが……」

 だから一応、首輪はついているだろうが。


 伯爵はリラが割って入ってくれたことの意味を察した。彼らの親の子爵家たちには「お前の息子はむしろ助けられた」としっかり話さなければ。

 この場で御手打ちの可能性の方が高かった。名乗ったことも問題だ。これはまた直ぐに報告しなければ。

 リラに逆恨みなんてしたらとんでもない。むしろ感謝させなければ。


 王族の護衛がたとえ子供だとしても、ただの護衛であるはずがない。

 それに少年だけではない。

 少し離れたところにいる、同じく旅行客の御婦人たち。彼女らのスカートの中から、何やら鎖が擦れる音が。まさか鎖鎌をそのスカートの下に仕込んでいらっしゃるとは、さすがに皆さま信じないだろうか。

 また近くのカフェのパラソルの下。珈琲を飲んでいる片足が悪そうな初老の紳士の杖、実は業物が仕込まれていたりだなんて……まさかまさか。


「なんか、今日の市場……すごい……」


 リラはそわっと背中が震える気がした。

 そんな彼らが実はおもしろそうにリラの立ち回りを見ていたのは彼女も気が付かず。彼女もまだまだ。


「……でも、良かった」


 良かった、のだ。

 リラは連れられていく青年たちに、小さくうなずいた。

 いや……青年たちの、その後ろに。


 その半透明の老女。


 リラがこの騒ぎに介入した理由。

 子爵家の青年には、彼の亡き祖母が憑いていた。

 その祖母がリラに頭を下げている。

 彼女がリラを呼んだのだ。

 騒ぎをなんだなんだと、市場の皆さまと同じように見ていたリラと、彼女こそが目が合って。


「孫が悪事に巻き込まれてしまいました。どうか、お助けを……っ!」


 孫が、せめて命だけでも助かったことを。半透明で泣きながら彼女はリラに感謝する。

 

 ――その、悪事とは。



 ひっそりとあちこちにいた、どこかの海の街の凄腕の方々。

 

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