2 ひっそりとんでもない事態。
同シリーズの前作二つを読んで頂けた方がわかりやすいかも、です。
この国は、今、とんでもない事態に陥っていた。
聖女さまが、聖女でなかった。
それが判明したのである。
それは来賓の他国の王族のお付きのひとが、お目通りした聖女を一目みて。
聖女が恩寵である「癒し」を披露したときに。
「ご冗談を。それ、ただの治療系な魔法なだけですよね?」
と、あっさり。
「え?」と皆が、聖女もまた目を丸くしている中で、お付きの女性はさらにあっさり。
「あ、神さまが「この国、違う子を聖女て勘違いしちゃってるから。もう困っちゃうなぁ」て言ってるんです」
だから今回、知り合いの王族がこの国にお呼ばれしているのについていってくれないかと、神さまに頼まれたんだな、と。
「いや、アンナさん。そういう大事なことは先に教えといてください」
「あ、すみません。私も今聞いて」
だからかー、と女性も驚いてる。
赤毛でちょっとそばかすが目立つけど、王族の隣にいても堂々としているし、不思議と所作が美しい女性だった。
……むしろ堂々というか、怖いもの知らずな雰囲気というか。
「まぁ、あなたが急に外交に連れて行けと言ったときから、何かあるのだと覚悟しておりましたが」
「さすが顔だけじゃなくできる男前は違いますね!」
「……どうも」
道を歩くだけでこの国の女性たちをも虜にした他国の王弟は、すでに慣れているのかため息ひとつで状況把握に切り替えた。
「わ、わたくし……」
聖女と呼ばれていた少女は、他国の王弟がものすごく美形と聞いて、わざわざ出向いてきたのだ。
そして噂以上に美しい賓客に心引かれていた。「是非、我が国の聖女に、いえ私の妻になっていただきたい」なんて言われちゃったらどうしましょうと、今の瞬間まで悩んでいたくらい。
「ああ、あなた、勘違いされただけだけど、ずいぶんと調子乗ってわがまま言っちゃってたのはいただけませんねー」
勘違いされて聖女に祭り上げられた。そこまでは彼女も悪くなかった。
だが。
そこで増長してしまったのがなんとも。
確かに「聖女」ならば大切にしなくては――と。誰もが彼女を第一に行動するようになって。
今日も、他国の王族に逢いたいとわがままを言ってしまうほど。
そのわがままを聞いて、そして国賓を招いての行事の一部に「聖女の癒し」として、パフォーマンスな治療を組み込んだの国のお偉方だが。
どうです、これがうちの聖女さまなんですよ、と。
可愛いでしょう。すごいでしょう。
こんな立派な聖女がいるから、うちの国との取引は安心してくださいね、と。
聖女がいるのは良き国を証しともある。
神が聖女を――その愛し子を与えている国なのだから。
確かに愛らしい顔だちの少女だ。それに確かに治療魔法の腕も良いのだろう。
偶然なのかわざとなのか――まぁ、このために腕をケガした兵士の治療は成功していた。
しかし、それはただの治療魔法であると――。
「ぶ、無礼な! パルスェット王国は我が国を――」
大臣が立ち上がって叫びだした。それはこの大臣が聖女の後見人でもあり、彼女によって今まで様々な権力を振るっていたからで。
しかし彼は続けられた赤毛の娘の言葉に、その内容にじわじわと冷や汗を流した。
「ええ? 神さまは今のところ「癒し」の力持っている聖女は、私だけだって言ってますし?」
私だけ?
それに神さまは?
え、それはつまり?
「アスラン殿、そちらの女性は、まさか……」
この国の王子が尋ねてきたことに、アスランは静かに頷いた。
皆さまのご想像どおり、と。
この国にも伝わっていた。
とある国が聖女に無礼を働き、神により取り上げられた、と。
――そのとある国とは、実は隣国。
その聖女の恩寵は「癒し」。
彼女は死んでさえいなければ、どんな深い傷も、絶望的な病も治せたと。
そして噂にはさらに。彼女は神と会話できるほど、力の強い――今ではお伽話の中にしかいなかったほどの存在だったのでは、と……。
その聖女は何処に行かれたのかと、秘やかに各国は、特に聖女がいない国は捜索をしていた。是非うちの国へきてほしいとあからさまな願望で。
実のところ。この国は捜索に力を入れていなかった国。
むしろそうして探さねばならない他国をちょっぴり見下していた。
何故ならば聖女がいたから。
同じように「癒し」ができる聖女が。
この国がそう、聖女としたのは。その治療魔法にある。
聖女とはそうなのだろうと考えた。
隣の国の存在が、そう、だったから。
聖女とは「癒し」をする存在なのだと。
それは大きな勘違い。
聖女よりさらに。恩寵とは。
「いや聖女それぞれらしいですよ」
などと言われてしまったら。
「うちの国の前の聖女さまは動物との「会話」がお力でした」
と、さらにアスランにも言われてしまったら。
「そういえば、昔いた聖女さまは治療でも無かった。「雨乞い」をされていた……」
さらにさらに、思い出したのだ。自分たちも。
過去、この国にいらした聖女さまは、日照りのときに雨を降らせてくださった。
それは古老の使用人がぽつりとつぶやいて。「あ」と、当然自国の歴史を知る王子も。何十年も昔だから、今は違うのだろうと思い込んでいた。
いつしか、聖女とは人々を癒やす存在だと思い込んでいた。隣の聖女の力がすごすぎて。
しかしそれでも、今まで信じていた聖女さまを、他国の者に、いきなり「違う」と言われても。
後見人の大臣が再び叫ぶように問い糾してきた。自国の王子が止めているのに。
「そ、そもそも! その娘が、本当に聖女だと、どう証明する!?」
そうきたか。
「私の腕でも切り落としますか? くっつけます?」
アンナのかつての凄技をみているアスランがさらっととんでも提案をした。
そんなことをとまわりがざわっとした中で、聖女の娘もあっさりと受け答えている。
「いやいや、私は流れた血の掃除までできませんから。こういう絨毯、高いんでしょう? 良く知らないけど」
「あ、弁償は嫌だなぁ……」
できないとは一言も言わないで。
この聖女は、切り落とした腕すら治せると――今まで聖女扱いされていた少女が、信じられないと目を見開いている。
確かに聖女と呼ばれるように、治療はできる。やってきた。自分にも何とかできよう。血を止めて、切り口を塞ぐことは、何とかできよう……が。
しかしそんなことをしたら魔力をどれほど消耗しようか。
それを、こんなあっさりと……!
そう――神の恩寵とは、魔力などを必要としない。
だからこそ、彼女は聖女ではない証しなのだ。
「うーん……聖女の証明ですか?」
悩んだ聖女は、「あ!」と、ひとつ思いついた。正しくは思い出した。
「アスランさま、王様に……」
ごにょごにょ。
耳打ちされて、アスランはギョッとしたのち、王に内密に提案がと、まずお付きの方に。
「私がうかがおう」
お付きよりも直に話を聞ききたいと、王子が自らアスランに。しかし同じようにギョッとしたのち、いそいそと父親に耳打ちした。玉座に座る王様に。
王様はギョッとしたのち「マジで?」と、目を輝かして聖女を見た。
マジですよ、にっこりと頷いた聖女は、パチリと王様に向かって指を鳴らした。多少は動作が、パフォーマンス的なのいるよね、と気を使って。
「……お、おお……」
その瞬間、皆がやりとりを見守るなかで。
王様は立ち上がり――再び腰をおろした。
何事だと皆がざわめく前に、王様が言葉を――感謝で瞳を潤ませて聖女を拝んでいた。
「この方こそ、真の聖女さまである……!」
人々は口々に「王様は聖女さまにも治せない不治の病にかかっていたのでは」と噂した。
噂にはさらに「真の聖女さまは触れることもなく治してしまわれた」と続く。
アンナはこう提案したのだ。
「私なら、見ることも触れることもなく、恥ずかしい目に遭わせないで治してあげられますよ?」
――と。
「職業病て大変ですよね」
それはアンナがかつていた国の王様も患っていた。平民出の聖女を軽く見ていた国は、アンナにそれも治させていたのだ。まぁ、あっさり治してしまう彼女も彼女であったのだが。
「……まさか、痔」
アスランはひっそりと同情した。大変な病には違いない。
今までこの国で聖女とされていたのはうら若い女性だ。
さすがにその病は、王様も診てもらい辛かったのだろう。
実際、治癒魔法では患部を確認し、手をかざしたり触れたりする必要がある。
「さすがに、少女に尻を見られるのは……」
王様はそんな性癖はなかった。
予備軍になっていた王子もそわそわ。話しは聞いたと、王妃さまもその夜こっそり。
座り仕事の宿業。
「……もし、兄が、うちの王様もなってたら、こっそり治してあげてくれますか」
ひっそりこっそり、頼んでおくアスランであった。兄弟愛。
病に貴賤無く。
そうして再びお目見え、お読みくださりありがとうございます。
ひっそりと強々聖女。よろしくお願いいたします!
……でも、今回の真の主役は彼女じゃないのです。