17 大金こわい。
「……竜金貨じゃない? これ?」
「……はい?」
ラーソンさんの手のひらの中の金色の輝き。
確かに普通の硬貨よりちょっと意匠が凝ってるなとは思っていた。金貨だからすごいのかな、と。
表面にある竜の図。
リラはてっきり、三百年前の旧硬貨かな、と思っていて……。
「竜……金貨……?」
「リラちゃん、気がついてなかったのかい?」
だって、金貨だって触ったことありませんもの。まだ十五歳だぞ。
ふらりと倒れかけたが、ガッと根性で踏ん張ったリラはさすがの筋力だと思われ。鍛えていたのはこういう時のためじゃないけど。
内心で思う。
昨日今日、屋台で使わなくて本っ当に、良かった。
ついでに持ち運ぶの一枚だけにして良かった。こわ。
今現在、統一された貨幣の種類は。
金銀銅とある。
それぞれに小貨と大貨がある。そのうち、庶民が一番よく使う銅貨には中貨というものもある。
小銅貨、中銅貨、大銅貨。
銀貨と金貨はそれぞれ大小だが――金貨はさらに上がある。
王金貨と竜金貨だ。
「……大金貨のさらに、上」
「リラちゃん、さらにさらに上だから」
「うわぁ……」
ラーソンさんはリラがこの金貨をただの大金貨だと思っていたことを察してあげた。いやそれでも大金だが。
「しかもこれ、話を聞けば三百年前の、か……いやこれ僕の親父殿たちのもうちょい上世代のだな」
三百年より、もう少し前の時代らしい。造られて流通するまで、この国に、公爵家に来るまでも時間はあったのだろう。
統一された貨幣をどこが作っているかというと、まさにドワーフの国だ。国々の話し合いにより、そうなった。
一番よい貨幣を造れるのは彼らの技巧にて。
贋金対策も、ドワーフたちの技をたくみに。
「ざっと見たが、この傷も劣化もない保管状態。当時の、この竜金貨は今は造られてないから、値段にさらに三割りはおまけつくね……」
「さ、三割りも……」
やっぱり付加価値ついちゃった。
しかも普通の金貨よりも上とあり、もともとの製作数も少ないとか。
歴史的な価値もある。
ドワーフの国に持っていったら、お偉い様たちも親父殿たち時代の技量をみたいと――さらに値をつり上げるかも。
ラーソンはますますリラが嘘を言っていないと信じた。
ドワーフの鑑定眼は、この竜金貨も本物だと見抜いた。
「……リラちゃん、ちょっと本腰いれてお話、しようか?」
「……お願いします」
ラーソンさんはこの国にきて長いが、さすがに三百年前のひとたちは知らない。さすがにドワーフとはいえ、彼もまだ生まれていない。
エルマー家と仲良くしているので、祖先に有名どころな騎士なひとがいるのは聞いていた。
ラーソンさんは幼少期に左手を負傷して、長時間力を入れ、握ることができない。幸い利き手でなかったとしても、鍛冶を主にするドワーフとしては致命的。
だから彼はドワーフとしての知識を持って、この国に来た。
そうして故郷の仲間が作った武具を始めとした作品を売ったり、紹介する道を選んだのだ。
ちなみにちょっとした修繕などもできるのもこの店の売り。彼もその程度は出来る。ちゃんと工房もあるのは彼もまた、ドワーフの性分。物作りを無性にしたくなるときもあるから。
そんな彼に、リラは館の修繕や確認の手配を頼めないかと。水道とか井戸とか、ライフラインを、まず。
「あと、魔石も売って欲しいです」
「それは構わないけど……」
道具屋だから魔石も取り扱いはある。
「それで諸々、お支払い……それで足りますか?」
「……むしろお釣り用意する、時間、くれる?」
「……そんなに?」
「……そんなに」
足りすぎて、お釣りの方が大変なレベル。
大金こわい。屋台で使わなくて本当に良かった。
話を一通り聞いて、ラーソンさんは改めて髭を撫でた。
二人は店先で話さない方が良いと、ラーソンさんの居住区の居間に。ドワーフサイズだから机や椅子は低いが。お店は休憩中の札を。
「まぁ、リラちゃんがいれば祟りなさそうだけど、ドワーフの修繕屋の方がよかろうね」
確かに。人間の修繕屋さんに頼んだら、幽霊屋敷だからと断られてしまいそう。リラもそう考えていた。
それに、あれこれしがらみない方が良いだろう。
「実はちょうど僕の従兄弟の子供たちが、仕事探してるから頼んでみるよ」
「従兄弟さん? の、お子さん?」
「うん、ちょっと訳ありで国に居づらくなったらしくて、こっちに来ていてね」
「……訳あり」
リラが何だろうと首を傾げると、ラーソンさんは慌てて「ごめん」と続けてくれた。リラはそんな気なかったのだが、今まさに居づらくなって出て行ってる身内がいました。はい。
「その子らも別に犯罪行為とかしたわけじゃなくてね……美人すぎて」
ドワーフの世界にも、やはり色恋はある。
ラーソンさんはまだ若いドワーフのイメージ。人間換算では30になったばかりくらい。前向きな人だから、国から出てきた。